死神の初陣
「私が九班をまとめているリグレス・アスフィールドだ。配属早々大変なことになったな」
「九班の副班長、シス・ベア」
班長と副班長の挨拶が終わると全員の挨拶は終了。
他の班は少なくとも二十人いるのにも関わらずこの班は俺とシャルを入れて四人だけ。
それだけでこの班がどういう所なのかすぐにわかった。
「二人の想像通りだ。この班は髭オヤジの騎士長が気に入らない連中を一纏めにしている。だから君の態度に笑いが止まらなかったよ。ククク」
あの時噴き出したのは班長さんか。
「シャルは知っているらしいが、ウォルのために説明しておこう。この九班の任務は周囲の偵察。ヴィーグに近づいているプリクトの兵を発見し、騎士長に伝え撃退する。後は町の外にいる魔獣や魔人の退治だな」
「要は面倒なことを任されてる」
うわぁ……、危険しかない班だ。
死んでもいいというよりも、死なせることが目的みたいな班だな。
そりゃあシャルも止めてくれるよ。
「シャルごめん。俺のせいで面倒事に巻き込んじゃったみたいで」
「いいんです。不当に立ち向かわないと『聖騎士』の名折れですから」
ほほ笑むシャルが眩しい。
『聖騎士』専用装備よりも純白で眩しい。
「その言葉、どこかの聖騎士様に聞かせてやりたいよ」
あの騎士長って『聖騎士』なのか。
シャルと同じ職業なのにこうも違うんだな。
所詮はガチャってことか、俺も残虐じゃないのに『死神』だしな。
「さて、それじゃあ早速任務に取り掛かるか。先頭は私で最後尾はシス、今日は道案内しながら行くけど、少しでも違和感があったら教えるように」
ヴィーグのすぐ近くにあるアルキマイトの森に入る。
プリクトとの国境になっている森で、戦争になっているため整備もできずに自然のままになっているらしい。
こんなに見通しが悪いと巡回は必要だよな。
その辺りには人が隠れられそうな茂み、青々と茂る木々が太陽を隠しているから視界もあんまりよくない。
こんな中に少人数ってのはいいのかわからないな。
「ウォル、ちょっと聞きたいんだけど。この灰みたいになってるのは君のせい?」
「そうですね。触れたら問答無用で命を吸い取るらしいので」
俺の後ろにいた副班長が、おそらく草だったものの灰を手に持っていた。
気にしないようにしていたが、俺が通るときに触れた草花は全て灰へと変わっている。
さっき騎士長に切りかかられた時に気付いたけど、即死判定は俺の体全体らしい。
俺が通った道は実にわかりやすく灰が散らかっている。
「それって私が君に触れても死ぬ?」
「試したことはないですけど、おそらく」
「それなら別行動がいいね。君は今日私達から少し離れてついてきて。しっかり道を覚えるように」
「わかりました」
そうなるよな。
俺も前の人に触れたら死ぬ状態で歩きたくない。
何かに気付いて止まられてぶつかったら死亡する、そんな状況はごめんこうむりたいし。
俺が列の全員が確認できる限界の位置で進む。
こうまで離れてしまうと、なんかストーキングしている気分になるな。
九班の全員が綺麗な人だし、なんだかいけないことしている気になる……、あれ? 前を歩いていた三人が一斉にこっちに全速力で走ってきた。
「ウォル逃げるぞ! 熊の魔獣だ!」
三人がかけてくる後ろに三メートルを超える大きさの熊がいた。
魔獣の特徴である穴の開いたような黒い目もある。
熊の手が逃げ遅れたシャルに向けられる。
助けなきゃと頭が考えても体は突然現れた魔獣に対して咄嗟に動かない。
「早く走れ!」
そんな中班長だけは叫び、シャルを守るように盾を構える。
盾を地面に差し必死に耐えようとするが、いともたやすく班長の体は吹き飛ばされ、先を走っていた二人を巻き込んで倒される。
「ウォル、お前だけでも逃げろ」
「逃げません」
俺は熊の魔獣に立ち向かい振り下ろされる爪を受け止める。
それと同時に魔獣の体は寿命を迎える。
触れた爪から灰へと変わり風に削られ魔獣はこの世から姿を消した。
†
「すみませんでした。助けなきゃって思ってたのに体がすぐに動けなくて」
熊の魔獣が灰に変わった後、怪我をした二人に頭を下げる。
俺が動けていれば二人は傷を負うことはなかった。
「初陣であんなのに遭遇したんだ、足がすくむのは仕方がないさ」
「私も班長さんが声をかけてくれなかったら動けなかったよ」
「二人の言う通り。熊の魔獣に遭遇してこのくらいなら寧ろ無傷と同じ」
凄そうな職業になってなんでもできる気がしてたんだけどな。
結局すぐに体は動かなかった。
理不尽な強さを手に入れて浮かれてただけだったんだな。
「今日はもう戻ろう。さっきの魔獣についても報告しないといけないからな」
応急手当を終え、俺達は来た道を引き返していく。
「気にしない方がいい」
「わかってはいるんですけどね」
あの場ですぐに動けないのは致命的だ。
どんなに強くてもどれほどの力があっても、動けないなら意味がない。
それを実感した。
「動けなかったことを気にしてるなら、動く練習をすればいいだけ」
†
騎士長に報告を終えた後、またヴィーグの外に連れていかれた。
それはいいんだけど、班長と副班長が練習用の武器を山ほど抱えているのが不安だ。
「動けないと落ち込むなら、動けるようになればいいだけだよな。フフフ」
「私達はまあまあ強いよ。フッフッフ」
班長は二本の剣、副班長は杖を構える。
ああ、これやばいやつだ。
「避けないと私の武器が無くなってしまうから避け続けるように」
「ファイアボール」
副班長の杖から炎が球体にまとまり放たれる。
そして俺に触れた瞬間消失した。
「あれ?」
「魔法が消えてしまったな」
「加減はしたけど寸止めはしてない」
できれば寸止めしてもらいたいんですけど……。
「『死神』の力は命を奪う能力じゃないのか?」
「正確には寿命を奪い取るですけど、大差ないですよね?」
「いや、かなりあるな。命は本来生物に使うものだが、寿命は物質にも適用される言葉だ」
それで魔法が消えたのか。
魔法の寿命が無くなったから消滅したのか。
「本当に良い職業を引き当ててくれたな。お前のおかげで私達の寿命は延びることになるぞ」
この人は何を言っているのかと思ったが、考える余地も無く特訓は続く。
当たっても傷一つ付かないことをいいことに、副班長は普段使わない魔法を乱発、班長も壊れかけている剣を容赦なく振るう。
そんなサンドバッグは副班長が魔力切れを起こすまで続いた。
「こんなに魔法打ったの初めてだから楽しかった」
「俺はどれか当たるんじゃないかとひやひやしましたよ」
「皆さんお疲れ様です。ご飯はできてますよ」
結局動けなかったな。
生前の感覚がまだ残ってるんだな。
日本で育った十五年の間、不幸な人生を送り続けた反動とでも言えばいいんだろうか。
何かが起こったら動かないことを心掛けてきた。
俺が動くと不運に見舞われる可能性が上がる。だから俺は動かないことに決めていた。
実際はどちらでも大差はなかったのかもしれないが、俺の体感では動かない方がマシだった気がした。
その癖はこちらの世界に来てからも抜けなかった。
幸運を授かっているために、動けなくても悪い結果にはならなかった。
三十年近く付き合って来た癖は抜けないってことか。
食事は各班ごとに決まっている。
もちろんここでも俺達は他の班から離れている。
それでも食料は均等に分けられている。
流石に騎士長もこういう所で嫌がらせはしないらしい。
俺達が有事の際に力不足になられたら困るんだと思う。
「ウォルさんはご飯って食べれるんですか?」
「どうなんだろうな、……無理みたいだ」
椅子に座れないのは知っているが、食器に手を触れると灰へと変わってしまう。
「シャルが食べさせてやればいいだろう? 食器を壊さないようにな」
「「班長!?」」
シャルと声が重なってしまった。
そりゃあ、俺も憧れはあるしこんな可愛い子にそんなことされてみたいけど、今日出会ったばかりだし、いくら何でも恥ずかしい。
「班長命令」
職権乱用だった。
確実に二人とも楽しんでいる。
「わかりました。ウォルさん、あーんしてください」
言葉の甘さとは一切結びつかない真剣な表情でフォークを向けてくる。
それに応えるように口を開き、フォークを招き入れる。
そして肉が一切れ口に入れた瞬間肉は灰に変わった。
「じゃりじゃりする」
「無理か。そうなると飯は食えそうにないな」
「みたいです。それにあんまりお腹が空いてないんですよね」
森に入ったり、動けなかったとはいえ訓練もした。
それなのに空腹を感じない。
さらに言えば、疲労も眠気も感じていなかった。
「職業に引っ張られているんだろうな。普通の事だから気にするな。『聖騎士』なら痛みに耐える体になるし、『魔法使い』なら魔力回路が強化される。それと同じように『死神』は食事を必要としないってことだろう」
横にならなくてもいいように疲れも眠気も感じないってことか。
眠らない食べないって死神っていうよりも仙人って感じだな。
「私達はそのおかげで一人分多く飯を食えるから問題ないぞ」
「独り占めはダメ」
先輩二人は早速俺の食事に手を着け始めている。
順応するのが早いな。
「少し散歩してきます」
「迷子にはなるなよ」
食事ができないのに居ても虚しくなるだけだし、俺はまた森に向かう。
夜の森は不気味で、野生動物の声に葉の擦れ合う音が暗闇の恐怖を際立たせる。
代わり映えしない森の中で風とは別の音が聞こえた。
「どうだ、見えるか?」
「はい。今は食事中らしいです」
「予定通りだな。俺はこれから本隊を呼んでくる、やつらが眠ったら作戦開始だ」
プリクトの兵士か?
それなら誰かを呼ばれる前にここで倒した方がいいのか?
「本当にうまくいくんですか? 『調教師』が一人増えたくらいでヴィーグを落とせるものなんですか?」
「あいつにはこの森の魔獣を大量に調教させている。熊や狼の群れだ。奇襲と合わせれば最低でも半数は潰せる。そのタイミングなら後は楽に潰せる。魔獣とハイネス軍を両方排除できるぞ」
そういう作戦ならここで倒すのはダメだ、配属早々こんなのに巻き込まれるのは運が悪いけど、この話を聞けたのは運が良かった。
一度班長に報告しよう。
フードを深く被り夜の闇に紛れて急いでヴィーグに戻る。
急いで班長に森での会話を伝える。
魔獣の群れや、プリクト軍の侵攻を伝えると次は騎士長の元に向かう。
最初は訝し気にしていた騎士長も、内容が内容だけに無下にはしなかった。
「魔獣の群れに、プリクト軍の進軍。楽ではないが、勝てなくはない戦だな。流石に奇襲されてはなす術もないが、知っていれば対応はできるな」
「騎士長。一つお願いがあります。プリクト軍の本隊を私達九班に任せてもらえませんか?」
班長は騎士長にそう進言した。




