プリクトの大進撃
大体の価値、作物などの採取量、一都市辺りの人口はこんなものか。
僕がいた時代よりも潤っているな。
プリクト王城の王座で引継ぎという名目で各部門の大臣からの報告を受け、幻影の魔王ヤークティヒは自分のいた時代との差を探っていた。
人口は当時の倍だが、質は格段に劣る。
安寧の時を経て人という種族は弱体化しているわけか。
昨夜歴史を見た限り、魔王の存在は数百年姿を見せていない。
個よりも和を育てる教育をしたわけだ。
二日かけ全ての大臣から報告を受け、ヤークティヒはそう結論付ける。
全員が部屋からいなくなり、ヤークティヒは声高に叫ぶ。
「あははは! よくこの時代に復活させてくれた! 僕を封じたココリもいない! 人は脆弱、魔王でさえおとぎ話の様に扱われるこの時代で僕は王になろう! 僕の願う楽園を作ろうじゃないか!」
城中に響く魔王の叫びを城の中にいる誰も気に留めることはない。
†
翌日からプリクトはガラリと変わる。
隊長や副隊長などの率いる立場の者を残し、他の兵士は各村や町で警護についた。
名目は魔獣や野生動物から作物を守るため、戦争はヤークティヒが率いる夢幻の兵士と夢幻の魔獣達、それを残った兵士が十万ずつ率いる。
総勢一千万の大軍勢が出来上がる。
それから二週間、ヤークティヒの能力により不自然な改革も順調に進み、ウォル達が住むハイネスへ進撃する準備ができた。
「プリクト国民よ、偽の王によって悪戯に疲弊する時代は終わった。この戦を持って長きにわたる戦争は終わり、プリクトがこの世界の中心になる。僕の大事な民達よ、最後の戦だ!」
魔王の宣言で、一千万の軍勢はハイネスに向け進軍する。
†
プリクトの軍勢にハイネスが気がついたのは二日後の早朝だった。
「なんだ、あれ……」
ボルガノ砦の見張り台にいた一人の兵士は、街道を埋めつくす黒い波に気がついた。
隙間なく行進する黒い鎧を着た魔人と魔獣。
朝日が世界を照らすのとは逆にその軍勢は世界を黒く染める。
驚きに固まる見張りはすぐに警鐘を鳴らす。
すぐに駆け付けたリグレスもその軍勢を前に言葉を失う。
あんな大軍をどうやって準備した? 人は、鎧はどうやってあつらえた? なんでここまで近づくまで気づかなかった?
違う考えるのはそこじゃない。
あの軍勢にどうやって対抗すればいい?
ヴィーグから救援を呼んでも足りない、ウォルやシャルを使えば食い止めらるが、防戦一方で攻め手を失う。
「隊長どうしますか?」
「ウォルとシャルを呼んで来い。それとヴィーグと国王に伝令を飛ばせ」
防戦一方になっても今は守ることが大事だ。
これが最善でないことはリグレスも承知していた。
あの大群が二手に分かれ挟み撃ちされればそれだけで数の力で負ける。
考えろリグリス・アスフィールド。
弱いお前にできるのは考えて動かすことだ。
「班長、何か……。わかりました。俺が前線に立てばいいんですね?」
「私は後ろを守ればいいんですね」
「……そうしてくれ」
自分の仕事を理解している二人は頼もしいが、それでいいのか?
†
ウォルは『死神』の装備を纏い、大軍勢の前に立つ。
すげえ数だな。
でもなんでだろう怖くないな。
一千万を超える軍勢を前にウォルは恐怖を感じなかった。
三体の魔王を前に感じていた恐怖も、圧力も感じていない。
ただ思うのは数が多いなという感想だけだった。
「たった一人で何ができる! やれ、プリクト兵の力を見せてやれ!」
魔王と三回も戦ってるし度胸がついたのかもな。
違和感に適当な理由を付け進軍してくる大群を迎え撃つ。
大鎌を振り回し、向かってくる敵を片っ端から灰に変えていく。
なんかこいつら倒しているって感触がないな。
でもちゃんといつもみたいに灰は地面に散らばるし、敵の練度も高い。
「こいつ、たった一人でこの軍勢を相手にしているのか?」
「ん、ああ、俺『死神』だから触れたらなんでも倒せるんだよ。どれだけの敵でも魔王でも」
「そんなのははったりだ! 一斉にかかれ、他の隊はボルガノを占領しろ!」
先陣を切った隊はウォルに的を絞り、他の近くにいる隊はボルガノを目指す。
だが、その壁は厚い。
「私がいる限り砦に近づけると思わないでください」
魔王の攻撃さえ防げる『守護者』のシャルが、ガルディアを使い広く壁を作る。
魔王でさえ破壊に時間がかかる壁を打ち壊す手段など、プリクトの兵は持ち合わせていない。
「あんたが指揮役でいいのか?」
突如現れた壁に驚いている隙に数百の兵を灰に変え、指揮官の首元に大鎌を突きつける。
「こいつらを撤退させろ。そうすれば命だけは保証してやるよ」
「そんな命乞いはしないさ」
手に隠し持っていたナイフがウォルに触れ灰に変わる。
それを見て死を悟った指揮官はそのまま鎌に触れ灰へと変わってしまう。
†
プリクト軍が侵攻をしている最中、森に来ているルゥは大急ぎでボルガノを目指していた。
「さっきのは本当なの?」
「ああ、今のプリクト王は魔王だ。ただ、無策で突っ込むのはダメだ。あいつは幻を見せ人心を掌握する。声も姿も場所もだ」
「ボルガノに向かってる黒い集団は、その魔王が作り出した幻ってこと?」
「おそらく兵士に見えるように幻を見せている物だと思う」
ルゥの側で情報をくれているのは、プリクト城から落下し死んだと思われていた前プリクト王、アイゼン・ベルガモットだった。
瀕死の重傷を負いながら水路を流れ、森に流れ着いたのをルゥ達に発見され手当てを受けた。
元プリクト国民であるルゥもその顔には見覚えがあり、プリクトの現状を伝えられた。
「ご主人様、敵の偵察をしてきました」
「どうだった?」
「あの黒い塊は外装だけです。人でもなければ魔獣でもありません。落ち葉よりも脆い張りぼてです」
そんな張りぼてを兵士だと幻を見せられるだけの能力を持ってるってわけだ。
ルゥもこの子達に言われるまで黒い鎧を着た兵士に見えてたし、それはたぶんあの男も同じだ。
急いで戻ってその事実を姉さまに伝えたら、姉さまもルゥを認めてくれるし、あの男もルゥの功績を認めざるを得ないはず。
「よし、みんな急いで戻るよ! ルゥ親衛隊全速前進だ!」
森の一角で動物の雄たけびが木霊した。