『調教師』の仲間づくり
「そうか、シャルの進化に魔王討伐。よくやってくれたな、今日はゆっくり休め」
ウォル達は一日でガノマノフ山脈を越え、ボルガノにいるリグリスに報告を終える。
急いで戻ってきたがプリクトは未だにハイネスに攻めては来ていない。
数日ぶりの休暇に布団に倒れ込むウォルとシャルとは別に、ルゥとヴァレンシアはリグリスの元にとどまった。
「休むように命令したはずだが、二人ともどうかしたのか?」
「私達は必要なんでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「あの男は魔王を倒せる。だからあいつだけが特別なんだと思ってた」
「そういうことか」
ウォル抜きでの戦闘を経て、自分の無力さを痛感したってところか。
ウォルだけが特別ならまだしも、シャルが進化して魔王を止める程の力を得た。
それに焦りを感じているのか。
「私からするとあの二人は特別だ。魔王すら単独で撃破できるウォルも魔王を一人で止めることができるシャルもな。常識では考えられない速度で成長している。だが、私はあの二人に劣っているとは思っていない」
「ハンチョーはあの二人より弱いのに?」
「私の仕事は戦うことじゃないからな。私は単独では弱いが隊を率いることができる。それは単体が強いあの二人にはできないことだ。私は勝つためなら搦め手でも何でも使うし、勝てないとわかれば恥だとしても尻尾を巻いて逃げるぞ」
「それは兵士としてどうなんでしょうか?」
「勝てない戦で悪戯に死なせることの方が兵士失格だ。もちろん誰も死なず勝つのが理想だ。それでも弱者は弱者なりに次を伝えるために動くんだ。一度負け、二度負け、百度負けようと百一度目を見据えて動けるのが私の力だ」
つい熱くなってしまったが、どうやら二人にはいまいち伝わっていないらしいな。
自分で気づくことが一番大事なんだが、二人には難しかったか。
「まあ、何が言いたいかっていうと、二人に憧れても二人にはなれないぞ」
リグリスなりの最大限のヒントだったが、それでも二人ははぐらかされた気分になり外に出た。
「自分の得意を生かせって言ったほうが良かったんじゃないの?」
「私はそれに自分で気づいた時が得意を見つける時だと思うんだけどな」
†
リグリスの話を聞いても強くなる方法がわからない二人は、そのまま解散した。
ヴァレンシアは他の人に話を聞くために騎士長モルト・アーガメイトの元に向かい、ルゥは西に行く時は置いて行った熊の魔獣を連れ、アルキマイトの森に入った。
「ハンチョーも役に立たなかったなぁ」
森の中は『調教師』に引っ張られているため居心地がいい。
「そのハンチョーって人間はルゥ様に似てますね」
「似てないから。ルゥの方が可愛いし強いよ」
「見た目ではなく役割がです。我ら魔獣の群れを率いて戦う所は似ていると思いますよ」
「じゃあ、ルゥもハンチョーと同じように軍隊を作ればいいのかな?」
「一度その方向で進むのも手だと思いますよ」
「じゃあ、目標はベアの言う通り軍隊を作ろう。手っ取り早くこの森の生物を全部ルゥの手下にしよう」
ルゥが話しているのは熊の魔獣だが、その言葉はルゥ本人にしかわからない。
動物と意思疎通ができる。
それはシャルにさえ話していない『調教師』の能力だ。
数の制限もないため偵察や連絡役として意外と重宝しているが、動物と話せるというのが少しメルヘンチックすぎてルゥが人に話すことはしていない。
「この森で一番強いって誰?」
「強さで有名なのは大蛟と梟ですね。蛟はとにかく狂暴で大きく、熊でも平気で飲み込みます。梟は逆に小さく大人しいですが、とにかく気配がなくて暗殺者として有名です」
「ベアだけでどっちか倒せないの?」
「無理ですね。一分持てばいい方です」
「話が通じるのはどっち?」
「梟ですね。蛟と話し合いは成立しませんよ」
「じゃあ、一先ず梟から話をしに行こうかな」
「それが、梟は住処がわからないんです。後を追ってみた奴らも居ましたが撒かれたみたいです。蛟の住処はわかってるんですけどね」
「なんでその二体はそこまで真逆なのさ……」
ベアと二人で勝てそうもないし、そいつらは最後にしようかな。
「ルゥの仲間になってくれそうな強い魔獣とか動物はいないの?」
「それならプリクト側になりますが、猪の魔獣がいます。自分一人で従わせることもできますし、道中で何体か味方にすれば戦力の増強にはなるかと」
「じゃあ、それで行こう。ゴーゴー!」
ルゥとベアは三体の狼を仲間に加え、プリクトとの国境付近にある、野生動物の縄張りにたどり着く。
たどり着くが、そこに広がるのはベアから聞いていた綺麗な森ではなくなっていた。
何かが激しく暴れたのか、木々は倒れ地面が抉れる荒れ地となっていた。
「これって猪の魔獣がやったの?」
猪って確かに気性が荒い動物だけど、ここまでやらかす?
「ご主人様、違います。木に着いた匂いは猪の物じゃないです。初めて嗅ぐ匂いです」
「この傷跡はネコ系の動物だね」
前に飼ってた獅子の魔獣と切り口が似てる。
獅子なんてプリクトの奥地にしかいないから、誰かが連れてこないとこんなところに来るはずない。
「とりあえず気を引き締めて行こう。猫の匂いは辿れる?」
「他と違いますから大丈夫です」
狼の案内に従いながら痕跡を追っていく。
やがて大きな泉にたどり着く。
「匂いはここで消えてますね」
「だろうね。殺気が強いから近くにいると思うよ」
ルゥの感覚は正解だった。
二頭の獣が森に潜み、ルゥ達の姿をじっと見ていた。
一頭は木に登り、突然現れた邪魔者の首を狙い、もう一頭は傷ついた体を庇い突然の乱入者が自分の敵かを確かめている。
「ベアは私の背後に注意してて」
この足跡は歩幅が小さくなってて怪我をしてるみたいだ。
そうなると、ここには二頭いるんだ。
猪と獅子の魔獣、怪我してるのは猪で優勢なのは獅子の方か。
「猪さん、ルゥの仲間にならない? 敵の猫に一泡吹かせられるよ。それともこのまま猫に殺されるか。二つに一つだよ」
「この地域の支配者である俺がただの人間に味方しろというのか」
呼吸が荒い、興奮とは違うみたいだし傷が深いのか。
「そうだよ。ルゥは強い魔獣を探してるの。見返したい奴がいる、見てもらいたい人がいるから」
ルゥも魔王と戦いたい。
そのために私だけの強さが欲しいんだ。
「ここまでやられた俺を強いというのか」
「うん。やられてもまだ勝つ可能性を探してる強い魔獣だよ」
「いいぞ。俺もあいつを叩きのめしたいと思っていたからな」
一瞬の弛緩を感じた虎の魔獣が動き出す。
身を隠していた木をへし折り、ルゥ達を狩るために腕を伸ばす。
太く鋭い爪はより太く頑丈な腕に阻まれる。
「君の名前はボアだ。一緒にあの大きな猫に謝らせよう」
「ああ、そうだな」
ボアは体の中から『調教師』の力が溢れてくるのを感じていた。
これならいける。
「熊の魔獣よ。俺の方にそれを寄こせ」
危険を感じた虎は逃げようとベアに噛みつくが、丈夫な皮膚を突き破ることはできず、情けなく宙を舞う。
あいつの速さは知っている。
着地さえできればあの猪の攻撃はくらわない。
この巨大な熊には焦ったが、まだ立て直せる。
虎がそう考えるのは当然のことだ。
今の今まで自分に傷一つ負わせることのできなかった猪が傷ついて疲弊した状態で自分の速さに追いつけるはずはない。
そう相手を過小評価する。
しかし今のボアは『調教師』の力で強化されている。
その足は地面を簡単に抉り、身動きができない虎に衝突する。
硬い角、頑丈な鼻が虎にめり込み泉にたたきつけられる。
そのまま虎は吐血しながらも立ち上がろうとする。
「虎さんで合ってるよね? お前もルゥの仲間になれ。ならないなら今ここで殺す。ボアの気が済むまでいたぶってから殺すけど、どうする?」
一度は立ち上がろうとした虎は、ルゥの脅しに屈した。
この調子で仲間を増やしていけばルゥだって力になれるんだ。