森に住む賢人
町長の家を灰に変えてしまった俺達は牢屋に閉じ込められた。
「本当にこの男は馬鹿なんじゃないの? あそこまでやらないでしょ」
「本当に申し訳ないと思ってる」
「でも、ウォルくんがやってくれなかったら、私達やられてたと思うし」
「町長から許可が下りた。全員外に出ろ」
牢屋で正座すること十分ほど、ようやく釈放されることになった。
石の上で長時間正座すると、すぐには立てなくなるらしい。
†
「窮屈な思いをさせてすまなかったな。町の連中を説得するのに時間がかかってしまった」
「それは大丈夫です。こちらこそ屋敷を壊してしまって申し訳ありません」
「こちらとしては屋敷よりも現状の謝罪を求めたい」
「それも申し訳ないとは思ってるんです」
町長のグリノワールは現在、女性陣に撫でまわされている。
屋敷で見せた巨大な姿ではなく、肩に乗りそうなほどに小さくなっている。
その姿を見るなりシャル達は許可も無く町長を抱きかかえモフモフを堪能している。
正直俺もとても抱っこしたい。
「女子にこうも撫でられるのは嫌いではないが、流石に撫でられすぎて気持ち悪くなってきた」
さっきから代わる代わる撫でられたり、全員から抱き付かれたりしているのは流石に可哀想だ。
できることなら変わってもらいたい。
「いい加減話してあげてくれ。話が進まないから」
「私達にはお構いなく」
「魔獣や野生では味わえないモフモフを楽しんでいるんだから邪魔しないで」
「こんな愛くるしい生き物は初めてです」
結局更に五分ほど撫でまわされ、町長が本気でキレるまで町長はされるがままにされていた。
シャルとルゥは退場させられ、直接魔王と戦う俺と魔王について詳しいヴァレンシアだけが部屋に残った。
「それで、血の魔王についてだ。こちらとしては何の情報もない。ルードや他の守り人からも魔王の存在に関する情報はなかった」
偉そうに話しているが、飼い猫の様にヴァレンシアの膝で丸まっていると威厳が一切ない。
「血の魔王って隠れたりするのが得意だったりするのか?」
「得意ではないです。前に言った通り人を襲い血を奪って力を増す魔王です」
「今の所、守り人は全員無事だ」
そうなるとこの町には来ていないってわけか。
「この辺りに他の町はないのか?」
「近くの森に森人が暮らしいるな。あの森は生き物も多いから、血の魔王が潜むには十分な広さだ」
森人か、魔力回路が発達し魔法の扱いが上手だって話だ。
「じゃあ、そっちにも聞き込みに行ってみたいけど」
さっきの事もあるし俺達だけで行くのはまた問題が発生しそうだ。
「それなら私が同行しよう。町長の私がいれば向こうも無暗に襲ってきたりはしないだろう」
「ありがとうございます。行く先々で建物を倒壊させられませんから」
獣人の町では魔王の情報は得られなかったが、次の行先と道案内が見つかった。
正直あまりこちらに時間をかけても居られない。
まだ東には幻影の魔王が残っているし、プリクトとの戦争もまだ続いている。
森人の町で魔王が見つかればいいんだけどな。
†
行先の決まった俺達は町長と、護衛役のルードと共に森人の森の向かう。
「止まれ。只人と獣人がここに来た理由はなんだ?」
「森人の長と話をしたい」
「ここで内容を伝えろ。わざわざ長の所に行く必要はないだろう?」
「私がいると言ってもガルバに会わせられないか?」
町長の声に全員の動きが止まる。
館で俺達と戦った時とは比べられない程の殺気が辺りを包む。
「獣人の町アルガの長である、グリノワールが直々に会いに来たのだぞ」
小さな白い狐が俺達の前に立ち、その姿を変貌させていく。
木々をなぎ倒しながら巨大化し、一本の木に近づく。
「しかし、それが、その……、き、決まりでして……」
「私が温厚に会話している内にガルバの元に連れていけ」
町長が言葉を発するたびに森が震えている。
「は、はい。すぐにご案内いたします」
「素直にそう言えばよいのだ」
町長がまた姿を小さくすると、その場にいた全員が一斉に息を吐きだした。
呼吸さえ忘れてしまう程の威圧感を発した町長は、またヴァレンシアの懐に飛び込む。
「さあ、行こうか」
さっきとは打って変わって軽い雰囲気で言い、それに従うように森人達は俺達の前に姿を現す。
「あんた達が森人?」
「そうだ。何かおかしいか?」
「いえ、初めて見たので。あんまり俺達と変わりないなって」
「外見上はな」
森人の見た目はエルフそのものだった。
眉目秀麗で線が補足全員が美形の人間そのもの、違うのは明らかに長い耳だけだ。
森人は木から生まれたって言ってたのに、木の要素が一切ないんだな。
「人の顔を許可なく眺めるのは不躾だとは思わないか?」
「ごめんなさい。木から生まれたって聞いてたので、もっと木の要素があると思ってたんですが、全員美形だったので」
「ふんっ」
かなり機嫌を損ねてしまったらしい。
俺としては褒めたつもりだったんだけどな。
「あんまり気にするな。あいつらも喜んでるぞ」
「とてもそうは見えないけどな」
「森人は感情をあんまり表に出さないんだよ。ほら耳を見てみろよ」
前を歩く数人の耳を見ると全員が真っ赤に染まっている。
あれって照れてるの? 照れて反応に困ったからあんな態度なの?
「顔に出ないだけで結構わかりやすいだろ?」
ルードに指摘されたのが恥ずかしいのか、森人達の耳が更に赤く染まる。
見事な紅葉に木から生まれたというのは間違っていない気がした。
†
森人に案内された先は集落は獣人の町よりもより原始的だった。
一本の木を大黒柱に屋根を備え付けただけの質素なつくり。
「これは流石に――」
何かを言いかけたルゥの口をシャルが即座に塞ぎ、失言を先に封じる。
言いたいことはわかるけど、今ここでいうのは流石に違う。
ルゥが爆弾を投下する前に森人の長の済む家に向かう。
ここの集落では木の太さが権力の大きさなんだとわかった。
他の木の何倍もある大木が長のいえらしい。
「長、獣人の長と只人が至急の用があるときております」
「通せ」
穏やかで綺麗な声だ。
どんな人なんだろうと想像の遥か上を行く美女がいた。
若草のような明るい髪、切れ長で涼し気な目、初夏のように穏やかな美女だ。
「お前等は見た目に騙されるなよ? この年増は私と同じく三百を超えてるし、性格は最悪だ」
「お前には負けるさ。巨乳好きのエロじじい」
「腹黒ばばあには言われたくないな」
「ルード、この仲の悪さは種族の問題なのか?」
「二人の仲が悪いだけだ。獣人も森人も仲は良いさ」
やっぱりそうだよな。
至急の用があるって言ってるのに口喧嘩してるくらいだしな。
「先に俺達の話をしていいですか?」
「ああ、そうだったな。この化け狐に構ってる暇はなかった」
反論しようとする町長をルードに抑えてもらい、俺達は魔王がこちらに向かったことを説明した。
「見回りの連中からあたしの元にはそんな話は届いていないな」
そうなるとこの辺は素通りしたのか?
もしくはこちらに逃げた振りをして東に戻ったか?
「じじいよ、長として頼みがある。そちらから数人ほど人手を借りたい」
「あ? それは無理だなこっちも人手が必要なんでな、こっちこそそっちから借りるつもりで来てたんだ」
「森人はなんで人手が足りないんですか?」
「最近何人か家出をしているらしくてな。親族から捜索願が出ているんだ」
獣人だけじゃなく森人の方でも人が消えている?
「ヴァレンシア、血の魔王ってもしかして子供を攫ったりしてるんじゃないか?」
「そこまで細かい情報はありませんが、おそらくノーグルさんと同じことを考えていました」
「獣人の町だけでなく、森人の集落からもとなるとその可能性が高いか」
「そうなるとこちらも人員を裂かねばなるまい。それと地人にも情報を伝えねばならないな。ルード、私は先に町に戻る。ウォル達を連れて帰ってこい」
「了解しました」
「森人も準備を整えよう。明日には隊列は組めるが、そっちはどのくらいかかる?」
「こちらも同じくらいだな。明日境界付近で落ち合おう」
さっきまでいがみ合っていたとは思えないほどに話がどんどんと進んで行く。
「お前達は何をのんびりしている。あのじじいに教えたことをあたしにも教えろ。今地図を準備するから魔王が潜めそうな場所に目星をつける」
「わかりました」
血の魔王の特徴や伝承を聞くと、森人の長ガルバは森の中で潜伏できそうな場所にチェックを付けていく。
獣人側で居なくなった子供の家、同じくいなくなった森人の家にもチェックを付けると、候補は四つまでに絞ることができた。
「大分絞れたな。もう一度確認するが、血の魔王は本能に忠実だというのは真実と思っていいのだな?」
「はい。歴史でも何度か魔王の睡眠や食事で人が助かった記録があります。おそらく元になった熊の本能が残っていると思われます」
「それで発見したらその男に任せてよいと」
「はい。魔王は二度討伐したことがあります」
「わかった。残りはあたしの仕事だ。お前達は下がって明日に向けて休んでいろ」
翌日、俺達は森人の隊に加わり、集合場所に向かう。