西に続くガノマノフ山脈
ガノマノフ山脈、十を超える山が連なった大陸で一番の山脈。
この山脈を中心に東には人が住み、西には亜人が住んでいて遥か昔に人と亜人の争いが絶えず、それを見かねた神が争いを無くすためにこの山脈を作った。
「――とそのくらいしか俺には知識が無いんだけど、本当の所はどうなんだ?」
「それを『神官』の私に聞かれても困ります。教会の教えがそうなんですから」
「ルゥは神様とか信じてないし、人が亜人を向こうに押し込めたんでしょ? あっちって極寒で生きるもの大変らしいし」
山の麓にたどり着き、これから上る山の事を何も知らないことを再認識した。
歴史を学んだ時に人と亜人の事も学ぶが、結局は大した話ではない。
人と亜人の争いが起こり、山脈で分断された。
亜人のほとんどは暴力的で関わらない方がいい。
四人全員が同じようなことを教わっている。
「本当にそんな危険なんでしょうか? 班長さんがそんな危険な場所に向かわせるとは思えませんけど」
「あの人は危険だろうが行かせる人だぞ」
理由は違うが、やっていることは騎士長と何も変わりはない。
嫌いだから危険なところに行かせる騎士長、大切だからこそ大事な部下に危険なところに向かわせる班長。
排除と成長で理由こそ違うが、やってることは危険地帯に送り込んでいる。
仲が悪いのに認め合ってるのはそういうところで一致しているからかもしれない。
「愚痴を言っても仕方ないし登るか」
†
勢いよく登って一時間ほどで体力の限界が来た。
山登りってこんなに体力使うの? こんなにしんどいのに山登りが趣味の人とかいるってその人頭おかしいんじゃないのか?
「もう、疲れた……」
「これでまだ半分も登ってないんですよね……」
「それは言わないでくれ、なるべく考えないようにしてんだから……」
『死神』の時の疲労無効ってかなり便利だったんだな。
久しぶりに感じる疲労でその辺の枝を杖にしながら思い足を引きずる。
「そろそろ休憩にしましょうか。先は長いですけど、なるべく今日中に中腹までは行きたいですね」
そんな限界を迎える俺達三人とは対称的に、シャルだけは未だに元気そうだった。
流石『聖騎士』体力が高い。
俺も『英雄』なんだったらそのくらいの付加があってもいいと思うんだけど、勝利するってこと以外は大して役に立たない。
汎用性は『死神』の方がよかった。
「ルゥに聞きたいんだけど、進化する前の職業って使えないのか?」
俺の質問に本気の睨みで答えている。
たぶんだけど「お前と話す体力がもったいないから話しかけるな」と言ったととかな。
そうですよね、休憩中に聞けってことですよね。
程よく平らな場所を見つけようやく休憩をすることができた。
「それで、さっきの質問なんだけどどうなんだ?」
「なんでそんなこと答えないといけないの?」
「そこを何とか頼むよ」
「それなら使えるはずですよ。職業に引っ張られた身体能力は引き継がれないですけど、能力自体なら使えると騎士長が言っていました」
「なんで騎士長がそんなこと知ってんの?」
「騎士長も『騎士』から『聖騎士』に進化したんです。騎士長になったのも進化した実績を買われたかららしいです」
「マジか」
それなら班長が騎士長を認めているのはわかる。
てっきり家柄とかそういう感じだと思ってた、だからあんなに傲慢な態度を取ってても誰も何も言わないんだと思ってたけど、本当に凄いからみんなついていくんだな。
「そうなると進化するって結構あることなんだな」
「ないです。近代になってからは進化する人は一握りです。ルゥちゃんやウォルさんみたいな人は本当に稀なんですからね」
「私も騎士長以外には見たことないですね」
そうなると職業が決まってから一週間で進化したのはおかしいのか。
その辺りは運が良かったで済ませておこう、流石神様から貰った幸運だな。
「同期としては結構焦ってるんですからね、ウォルさんがどんどん成長していくのに私は結局変わらないですし」
「ロワイエさんとノーグルさんは同期なんですね、ロワイエさんがいつも敬語なので先輩後輩かと思ってました。私の動機は全員敬語は使ってませんから」
そう言われればそうだな。
一緒に死線も超えてきたし、仲も良くなってきたのに敬語が取れないな。
「ルゥも同意見です。姉さまが敬語を使って話すような男じゃありません」
「俺も敬語は無い方がいいな。これから一緒に行動するんだし同期で仲もいいんだしさ」
「やっぱりルゥは反対です。もっとこの男には腫れものを扱うような態度を取るべきだと思います」
このクソガキは一体どっちなんだろう。
どんな態度だよ腫れものを扱うような態度って。
「そんなこと言ったらヴァレンシアさんだって後輩の私達に敬語ですよね?」
「私は『神官』で聖職者ですから、例え極悪人であっても敬意をもって対話します。それだけは譲るつもりはありません」
てっきり人付き合いが苦手だから敬語を使ってると思ってた。
「わかりました。これから敬語はつかいませ、使わない。これでいいんでしょ?」
「無理に変える必要はないんだけど」
「大丈夫、ウォル……くん、ウォルくんと対等になりたいし」
どこかやけくそ気味だけど、まあいいか。
†
それから登山をすること一日、ようやく頂上が見えてきた。
「霧が濃くなってきたから気をつけてね」
シャルに言われはぐれないように一本のロープを掴み登山する。
辺りは一面霧に包まれ、ロープの先にいるはずの仲間たちの姿も見えない。
足元もおぼつかないまま進んで行くと、徐々に霧が晴れてくる。
「登り切りましたね」
「おー……」
誰かが感嘆の声を零す。
雲一つない青空、眼下に広がるのはいつも見上げている白い雲。
山頂にたどり着くと辺り一面が雲海に覆われていた。
「綺麗」
ルゥまでも山頂からの景色を素直に褒めている。
「シャル」
「うん、気づいてる。みんな隠れて」
しかしそんな絶景はいつまでも楽しめない。
俺達の向かい側、つまりは亜人の国からここに上って来た奴がいる。
俺達は息をひそめ、相手の出方を覗う。
「隠れてないで出て来い。この匂いは向こうの只人だな。隠れても無駄だ、これ以上隠れるなら敵とみなす」
隠れても無駄ってのは本当らしいな。
足音は真直ぐこちらに向かってくる。
「わかった、今出て行くさ」
「手を頭の後ろで組みゆっくりと立ち上がれ」
言われた通りに立ち上がる。
目の前には犬の獣人が一人、武器を構えた状態だった。
勝てなくはない。
ただ、ここで面倒事を起こすのが良くないことだけはわかる。
「他の三人も立て」
「まずは俺だけでいいだろう。あんたが信用していない様にこっちもお前を信用していない」
人数までバレているのか、そんなに鼻が効くなら従属の魔王がヴィーグをあそこまで早く占領できたのも理解できるか。
「俺はこの国境を守っているルードという者だ。お前達は何のためにここに来たんだ?」
国境を守る?
確かこっちだと、亜人は過酷な大地のせいでこっちに来ることは無いと言われてるはずだ。
まあ、やっぱり嘘だってことになるか。
「俺達は逃げた魔王を追って来た。一週間ほど前にこのガノマノフ山脈に一体向かっているはずだ」
「ふざけるなよ? たった四人の只人が魔王を追って来たのか?」
「そのくらいの実力はあるつもりだ」
「そう言い張るならその実力見せてもらおうか!」
言葉よりも早く獣人が動く。
背中に持つ弓を躊躇いなく放つ。
一瞬の射撃のはずなのに確実に俺の眉間に射貫く腕、矢は何とか掴めたが、それに気を取られた一瞬で獣人は俺の眼前に来ていた。
「お前は弱いぞ?」
ナイフを剣で弾くが、そこからは怒涛の攻撃が繰り出される。
息つく暇さえ与えない程の連撃。
あえて一撃で決めようとせず、小さな傷を負わせこちらの体力を奪いにくる。
厄介な戦い方だ。
騎士や魔王みたいな一撃必殺の攻撃じゃない分、攻撃が読みにくい。
隙のある部分だけを狙ってやがる。
俺は全力で剣を振るうが、当然それは避けられる。
だが、それでいい。
間合いの広い剣から逃れるために距離を取らせることが目的だ。
ヴァレンシアの言った通りなら、『死神』の能力も使えるはずだ。
意識を集中して、死神の能力を使う。
灰色の服は黒く染まり、剣も鎌に切り替わる。
「姿を変えたところで、どうにもならないぞ」
距離が開いたら矢を放つ。
矢は俺の眉間に触れ、灰に変わる。
「何の魔法だ?」
「魔法じゃないさ、でも強いて言うなら『死神』の魔法」
近くにあった岩に触れると、その岩も灰になる。
「俺に触れたモノは寿命を奪われる。それが人でも魔王でもだ」
更に二度三度と矢を放たれるが全てが寿命を失い灰に変わる。
「なるほど、俺の負けだな。俺の名前はルード・ココだ」
「わかってもらえてよかった。俺はウォル・ノーグルだ」
「ようこそ、ウォル・ノーグルご一行。俺達の村に案内するよ」
山を一つ越え俺達は亜人の国に入国した。