始まりは不運の重なりから
生まれながらにして不幸だった幸村福助は不幸な事故によって死んでしまう。
不幸続きの人生を哀れに思った神様は、次こそ幸せな人生を送ってもらうために幸運を与え福助をウォル・ノーグルとして転生させた。「次の人、前に出てください。名前と出身を教えてください」
「ウォル・ノーグルです。クゥク村出身です」
「確認しました。それでは職業ガチャを回してください。中身の確認は奥に別室がありますので、そちらでお願いします」
「はぁ……、わかりました」
本当にガチャなんだな。
目の前にあるのは異世界には似つかわしくない、日本のどこにでもありそうな普通のガチャガチャだ。
専用のコインを受け取りガチャを回す。
レバーを回すとガラガラと中でカプセルが混ざり、真黒のカプセルを一個吐き出す。
本当にただのガチャガチャだよな。
転生前でも滅多に回しせた試しがないので、少し嬉しいけどまさか異世界に来てから回すとは思ってなかったな。
「中身の確認はこちらでどうぞ。中は防音の魔法がかかっていますので、いくら叫んでも大丈夫です」
俺が動かないことを咎めるように奥の部屋に誘導され「ごめんなさい」と謝り部屋に入る。
部屋と呼ぶには少し小さい空間で、手のひらサイズのカプセルを開ける。
カプセルは小さな紙と真黒の衣装に変化する。
今までもこういう魔法を結構見てきたが、毎度この光景を見るたびに自分が異世界に居ることを実感する。
確か紙に書かれているのが職業なんだよな?
あれ? 職業の事が書かれているんだよね?
紙には大きく赤い文字で『※注意※』と書かれていた。
こんな注意書きが書かれるような職業って何だ? 暗殺者とヤの付く人とかいわゆる闇系の職業ですか?
おめでとうございます。
あなたの職業はSSレアの『死神』です。
同梱されているのは下記の五種類の専用装備です。
『マント』『グローブ』『ブーツ』『袋』『鎌』
以上の五種類の一つを装備した段階からあなたは『死神』になります。
『死神』の基本能力は『触れたモノの寿命を奪い取る』となります。
まだ続きは書いているが、そこで俺は読むのをやめた。
率直な感想として。
「意味不明すぎるだろ! 触れた相手を殺すとか理不尽すぎるし、そもそも死神って職業なのか? そんなの日本でもこっちでも聞いたことないんだけど! 仕事内容が全く意味不明だろ!」
思わず俺は叫んだ。
たぶんここが防音じゃなかったら警備の人が入ってくるほどに叫んだ。
こういうののために防音設備なんだろうな。
作った人グッジョブだな。
気を取り直して続きを読もう。
一通り読んだが、あまりの理不尽さに頭が痛くなってきた。
とりあえず『死神』にはならないでここから出よう。
確か最初の説明でAレア以上の人は王様に報告するとか言ってたよな。
†
「ウォル・ノーグル。お前の職業がSSレアの『死神』だというのは本当か?」
「はい。こちらが証明になります」
側近の人に紙を渡すと、明らかに顔が引きつった。
視線が何度も文字を行ったり来たりしている。
その気持ちはわかります。
俺もそんな顔で説明書を見てたはずです。
「ふむ、それではお前には敵国プリクトとの国境ヴィーグの警備を任命する」
「承知いたしました」
そう頷いたものの、内心では今すぐクゥク村に帰りたかった。
なんでこんなことになってるんだろ。
幸運になっているはずなのに、なんで最前線で戦争をしないといけないんだろ。
俺は転生してくれた神様を恨んだ。
†
俺の名前ウォル・ノーグルは転生した後の名前だ。
転生する前の名前は幸村福助。
いつも福が助けてくれるようにと両親が名付けてくれた名前だが、俺の人生は不幸の連続だった。
買い物に出れば財布を無くし、旅行に行く前日には季節関係なくインフルエンザにかかる。
高校の受験も学力とか学びたい分野とかは二の次で、安全を第一に考えた。
そこまで安全第一で高校を選び、万全の準備を整えたのに、受けたテストは一人だけ問題用紙が違い、抗議をしても学校側が認めず不合格。
それでも滑り止めの高校は何とか受かることができた。
勉強以外で大変だった試験が終わり、入学式に向かう途中に俺は死んだ。
交通事故で電柱が倒れクレーン車に激突、そのクレーンが建設中のビルに激突し鉄骨が激しく揺れ消火栓を破壊、大量の水が俺を襲い吹き飛ばされ、その先で倒れた電柱から切れた電線に触れ感電死。
ピタゴラスイッチの様なアクロバティックな死に方をした。
我ながら最低の死に方だが、そんな不幸な死に方をした結果、俺は神様に転生の機会を与えられた。
そして新しい世界に転生することになった。
また似た不運が起こらないように、幸運を授かっての転生。
転生してから十五年それは幸福に過ごした。
クゥク村というのどかな村の村長の息子として何不自由のない生活。
安全な環境に、美味しいごはん、順風満帆な生活を過ごしていた。
それなのに、なんで俺は戦争の最前線にドナドナされているのか……。
もう神様から貰った幸運は無くなったのかな……。
「あの、あなたもヴィーグに配属ですか?」
「そうみたいなんだよね。今なんでそんなことになってるのか考えてた」
「やっぱり嫌ですよね。あ、私シャル・ロワイエって言います。職業は『聖騎士』です。シャルって呼んでください」
「俺はウォル・ノーグル。ウォルって呼んでくれ」
「よろしくお願いしますね、ウォルさん」
やっぱり幸運だったのかもしれない。
最前線なんてごつくてむさ苦しいマッチョの男かと思ったけど、一緒に行くのは可愛い女の子だ。
短い髪は夕日の様な温かい茜色、物腰も優しいし笑顔が最高に可愛い。
こんな子と一緒なら悪くないかもしれない。
「ウォルさんの職業は何ですか? 最前線ってことは同じ聖騎士ですか?」
なんて返せばいいんだろう……。
俺も『聖騎士』とか『賢者』とかなら自慢しやすいんだけど『死神』だしな。
たぶんSSレアだし凄いんだろうけど、一緒に戦場に向かうのが『死神』とか演技悪いよな。
でも言わなくてもいつかバレるんだし、言っておいた方がいいんだよな。
「引かないで欲しいんだけど『死神』です」
「『死神』ですか?」
反応が薄いってことは、やっぱり引かれてるのか……。
可愛い子と一緒だけど引かれるとか、やっぱり幸運はSSレアを引いた時点で無くなってるのかな……。
「凄いじゃないですか! 『死神』なんて職業は聞いたことないですよ! もしかしてSSレアの職業ですか!? 握手してもらってもいいですか?」
なんかものすごく喜ばれてる?
「『死神』って何ができるんですか? 運命を操ったり、人の死期を悟ったりとかですか?」
この子なんかめっちゃワクワクしてる……、これなら言っても引かれたりはしないか。
「触ったら死ぬって能力なんだけど」
「えっ……」
今度は思いっきり引かれてしまった。
さっきまでのテンションだったら、それって凄いですね! とか言いそうだったのに結構本気で引かれてる。
「そうだよな。触るだけで殺せる能力って怖いよな。なるべく近づかないようにするから、安心してくれ」
やっぱり俺の運は生まれ変わっても、神様に幸運を貰っても変わるものじゃないよな。
それでもずっと不運じゃなくなっただけマシだ。
SSレアを引けたし、こんな可愛い子と知り合えた。
それだけでも喜ぶべきだよな。
「違います、違うんです。ウォルさんの事が怖いんじゃないんです。これから戦場に行くのに変だと思うんですけど、私人が亡くなるのって好きじゃないんです!」
シャルは突然大声で宣言する。
「戦争になるのはしょうがないですし敵を倒さなきゃいけないのもわかるんですそれでも人が亡くなるのは嫌なんですだから人を殺めてしまう能力だと聞いて驚いただけで決してウォルさんが怖いとかじゃないんですこれからよろしくお願いします!」
突然叫んだシャルは一息で長文を言い切り、さっきと同じように手を差し出して来た。
震える手を真っすぐこちらに伸ばし、俺が握るのを待っている。
触ったら死ぬって教えたはずなんだけどな。
それでも差し出される手を見て、シャルの優しさが伝わってくる。
この子はこういうことができる子なんだと、笑みがこぼれる。
まだ『死神』になっていないからその手に触れることができる。
たぶん、これがこの世界で最後の握手になるかもしれない。
「まだ『死神』になってないから、握手してもいいかな?」
「握手してもらうために手を出してるので」
目をきつく閉じ震える手を握る。
人の温もりを感じる温かさ、この握手が最後でよかった。
俺達が握手を終えるタイミング到着した馬車に乗り込み、戦場の最前線ヴィーグへ出発した。
†
ヴィーグに到着して、初めて専用装備を身に着けた。
全身が黒ずくめで誰もが想像するような死神ファッション。
装備の一つを着けると、俺が最初から身に着けていた服は真黒に染まった。
これで俺は『死神』らしいが、俺の体に何も変化は見られない。
邪悪な魔力とか、力が漲ってくるとかそういうのを期待していただけに少しショックだ。
他の職業とかはそういう変化はあったりするんだろうか。
着替えも終わり、いざ外に出ようとドアノブに手を触れると、一瞬にしてドアが塵に変わった。
「ええ……」
手からはさらさらと灰のような粒子が地面に落ちる。
そういえば、説明でも触れたモノを殺すとは書いてなかったな、触れたモノの寿命を奪い取るって書いてたな。
俺がドアに触ったからドアとしての寿命が無くなったってことか。
一枚のドアが犠牲になり俺は初めて職業『死神』の能力を理解した。
これはマジで気をつけないと大変なことになるな。
中身を確認してすぐに着替えなくて本当によかった。
下手したら馬車にすら乗れなかった。
こういう所は本当に運が良かった。
自分の幸運が続いていることを再確認し、最前線を仕切っている騎士長の元に向かう。
「遅いぞ新人!」
ドアの片付けに散々手間取ってしまったせいで、集合場所に少し遅れてついてしまい、隊長らしき人に怒鳴られてしまう。
「最近の新人は全くもって躾がなっていないな。折角だからお前には稽古をつけてやろう。そしてお前のそのしみったれた根性を叩きなおしてやろう」
「えっと、やめておいた方がいいと思いますけど」
一番偉そうだし、この人に間違って触れちゃったら死んじゃうんだよな。
流石に配属初日で上官殺しは避けたい。
「それは、このヴィーグで最強の俺が新米のお前に勝てないということか? ふざけてるのか? SSレアの職業か何か知らないが調子に乗ってんじゃ――」
目にも止まらぬ速さで攻撃をしてきたらしい隊長の一撃は、俺の体に触れてしまう。
何がどうなったかはわからないが、隊長はいつの間にか剣を抜いて俺に切りかかって来たらしい。
しかし、俺に触れた剣は一瞬で灰に変わる。
勢いよく振ったせいか、そのまま体が一回転し地面を転がる。
「は?」
「俺『死神』なんで触ったり触られたりしたモノの命を奪っちゃうらしいんで、俺に触らないでください」
「なっ、お、お前は今日から九班に配属だ!」
安全のためにそう宣言すると、整列している誰かが噴き出した。
そしてそれがこの人の耳にも届いたらしく、顔をトマトのように赤くしてそう命令を出した。
「待ってください、ウォルさんをいきなりそんな危険な班に配属させなくても」
「うるさい! ここでの最高責任者は俺だ! 俺の決定は絶対だ、反抗するならお前も九班に配属する!」
「わかりました。ウォルさん一人を配属させるわけにはいきません。私も九班に入ります」
遅れてきたからか、二人が何をやり取りしているかわからない。
シャルが何やら抗議してくれたらしいが、最高責任者の決定は覆らないらしく、それどころかシャルまで九班とやらに入ることになったらしい。
その九班って一体どんな班なの?
ウォルは、何不自由なく新しい人生を楽しみ、成人となる十五歳の朝を迎える。
王都で職業を決めるガチャを回しウォルが引いたのはSSレア職業の『死神』だった。