インドな執事と無理(ウニ)難題!
一つ前の短編が……こう、とてもあれだったので。
口直しに、一時間で書いてみました!
どうぞ、お楽しみあれ~!
天気は雨。麗らかな昼下がり。
矛盾と思うだろうか。確かに世間は雨に憂鬱を覚える時期であろうが、何事も前向きな思考というのは大切である。
雨とは自然にとって無くてはならず、またこれらが巡り巡って我々人類を満たしてくれると思えば、多少の濡れ鼠など甘受すべきだと言えよう。
それに、雨の日はこうして室内で嗜む趣味が捗るものだ。
たとえ、シトシトと霧雨が周囲を包んでいようとも、楽しむ心さえあればそれは麗らかであると言える。
故に、麗らかな雨とは矛盾しない。
「ハビシャム! ハビシャーム!!」
かような思考に耽りつつ雨を眺めていた人物は、館内を埋め尽くす呼びかけに我に返った。
自室にて休憩時間を堪能していたが、呼ばれたからには行かねばならぬと立ち上がり、憩いの場を後にする。
この時、愛用している片眼鏡。すなわちモノクルを忘れてはならない。きっちりと左目に装着し、彼は扉を開けた。
「ホ、お嬢様……ハビシャムめはここにおりますよ」
「あらハビシャム! ようやく見つけたわ!」
ハビシャムなる御仁を呼んでいた少女は、目当ての人物を見つけると、華が咲いたような笑顔を浮かべる。
彼女の名は、西園寺 妃奈子。日本十大財閥に名を連ねる、西園寺家の一人娘である。
日本人の父と、アメリカ人の母を持つ彼女。ハーフ故の容姿は人形のように美しく、ふわりと舞うドリルヘアーの金髪が眩い。
先ほどは少女と称したが、そうは思えぬプロポーションを誇っており、今もまたドレスの裾を持ち上げ、健康的な美脚を晒している。おそらく、走っていたのだろう。あまり褒められた事ではないが、彼女の活発さはけして嫌われるような要素ではなかった。
「一体何をしていたの? 探したんだからっ」
「しばしの休憩を嗜んでおりました。雨を眺めて、時に身を委ねておりますれば」
「まぁっ、また外を見ていたのね? 飽きないんだからっ」
「ホホ、数少ない趣味というものですかな」
そんな妃奈子に対し、落ち着いた応対をしているこの御仁こそ、先ほどから名前を呼ばれているハビシャム氏である。
歳はおよそ、50代と言ったところか。褐色の肌にあるシワは、目元が一番多い。よく笑っている証拠である、幸せのシワだ。
肌の色とは正反対に、髪は総白髪である。それをまとめてオールバックにしており、これまた白い口髭が好々爺な雰囲気を演出していた。
何より特徴的なのが、彼の身に纏う装束であると言える。
俗にいう、執事服。誰かに仕える者が着込む、誇りある服に袖を通していた。もちろん、背筋はしっかりと伸びており、見苦しさなど微塵もない。
むしろ、年を重ねてなお美麗な容姿は損なわれておらず、全人類が最も羨む老い方をしていると言えた。
そう、執事だ。その名からわかる通り、インドを出身国とする彼こそが、ここ西園寺家に仕える執事なのである。
身寄りのなかった彼を、先代の西園寺家当主が気まぐれで拾い、早30と数年。今や彼は西園寺家に無くてはならない存在として、数多のサポートをこなしてきたのだ。
「さてお嬢様、このハビシャムめを呼びつけた理由をば、お聞かせ願えますでしょうかな?」
「そうねっ、早速お仕事を頼んじゃおうかしらっ」
そんなハビシャムに、今日もお嬢様から無理難題が飛んでくる。
敏腕執事ハビシャムに、出来ない事があるのだろうか? それを突き詰めるのは、妃奈子の少々困った楽しみなのである。
「私、今日はウニの気分だわ!」
「ほう、ウニですか。それは良いですな」
「だからハビシャム! 甘くて美味しいウニを、私に食べさせて頂戴!」
「ふむ……」
さて、この一見……否や、一聴して優しめの案件。しかしハビシャムは考える。
「さてお嬢様、そのウニはどこの産地を御所望ですかな?」
「んふふ、とても食べたいのだけど、内緒だわ! ハビシャムならわかるでしょう?」
「ホウ、いやはや参った。そこを隠してしまわれますか」
上流階級とはかくあるべきなのか。ただただウニを食べたいという願望を、暇つぶしのゲームに昇華してしまう彼女は、まったくもって楽しそうな人生を送っていると言える。
しかし、付き合わされる方はたまったものではない。そのはずなのだが……ハビシャムの顔は、終始笑顔だった。
「承りました。このハビシャム、お嬢様のご期待に添えるべく、働かせていただきます」
「んふふ! いいわいいわ! 頑張ってね! おやつの時間までにお願いするわ!」
こうして。
微笑み執事ハビシャムは、今日もお嬢様からの無茶ぶりをこなすのであった。
おやつが15時、今が13時。
まったくもって、大変なお仕事である。
◆ ◆ ◆
「さて、では皆さま、宜しくお願いいたしますね」
ハビシャムはまず、館中の使用人達に話を聞いて回った。
お嬢様が何故、ウニという方向性を見定めたのか。その情報が足掛かりとなるのだ。なればこそ、館で働いている彼等に話を聞かない手はないと言える。
そして、出てきた証言は以下の通りだ。
『お嬢様は、朝方テレビでお寿司の番組を見ていました。ウニも紹介されていましたよ』
『朝食が終わった後は、最近仲良くなったご近所の智くん(小6)を呼んで遊んでおられたご様子ですね』
『智くんは、実家の魚屋を手伝わないといけないという事で、帰ってしまわれたのです。その後はいつも通りお勉強をしておられました。あぁ、でも海洋生物の本を読んでおられましたね』
『お昼ご飯は喜んで食べておられましたよ? 子羊のローストでした』
「ふむ……」
ハビシャムは考える。
今日は妙にウニ絡みな情報が多い。
朝に見たという番組を漁るか?
魚屋の智くんに何か言われたか?
それとも、勉学中に食べたくなったのか?
「……さて、正解ならば良いのですがね?」
小さく苦笑し、ハビシャムは足を踏み出す。
全ては、主にウニを届けるために。
◆ ◆ ◆
そして、15時。
妃奈子は、霧雨を眺めながら今か今かと待ちわびていた。
当然、ハビシャムの答えを知りたくて仕方ないのだ。
ハビシャムは、ニコニコと微笑んでいる。彼が何かを解答する時、妙に勿体付ける癖があった。
妃奈子は、その沈黙の時間すらも楽しみに昇華してしまう。
「さぁさぁハビシャムっ、ウニを食べさせてちょうだいっ」
「ホホ、それでは、ハビシャムめがその足で調達してきたウニをば、お召し上がりいただきましょうかな?」
ハビシャムが、銀のボウルで隠した皿を持ってくる。
恭しくその皿を主君の前に差し出せば、彼女のドリルがキュンキュンと跳ねたのが見て取れた。
「それでは、どうぞ……召し上がれ」
そして、蓋が開かれる。
はたして、そこにあったウニとは、何産なのか?
「…………ハビシャム?」
「はい?」
「これは、プリンよ?」
なんと。
なんということか。
ウニでもいくらでもナマコでもなく、プリン。
あぁ、ついに敏腕執事も耄碌したか。周囲の使用人たちが、重苦しい空気を作ってしまう。
「ホホ、いやいやお恥ずかしい」
しかし、ハビシャムだけは笑顔であった。
「なれどお嬢様、これはお嬢様が求めたモノでは、ございませんかな?」
「まぁ、それはどういう事?」
「ふふ……こういう事に、ございます」
彼は懐から一つの瓶を取り出す。
その中は、黒々とした液体だ。
「まぁ、それは?」
「醤油にございますれば」
「ふふふっ! ハビシャムったら、おかしいわ!」
しかし、こんな奇怪な解答にも、お嬢様は笑顔を崩さない。
お怒りになられないのか? 使用人たちはきょとんとしてしまう。
そしてハビシャムは……
「では、失礼いたします」
あろうことか、目の前のプリンに、醤油をかけ始めたのである。
あぁっ、と、声が上がる。なんたる暴挙、何たる凶行。
しかし、主人の笑顔は崩れない。
「凄い……凄いわハビシャム! 正解よ!」
「ありがとう存じます」
なんと、これが正解と申したか。
プリンという存在に、塩辛い液体をかけた冒涜的存在が、かの令嬢が求めたものであると。
こうなると、使用人たちも知りたくなってきた。
何故、これが答えになるのか、と。
「どうしてわかったの? ハビシャム!」
「いえいえ、ほとんど賭けのようなものでした」
「許すわ、説明なさい!」
「かしこまりました。では……」
にこやかに、ハビシャムは語る。
そもそも、お嬢様はどのタイミングでウニを食べたくなったのか?
朝のテレビか?
否。それは朝食の前の出来事だ。もしこのタイミングでウニが食べたくなれば、無理矢理にでも朝食のメニューを変えるよう命じるはずである。
では、智くんと遊んでいる時か?
先に言ってしまおう。このタイミングが正解だ。
智くんと遊んでいる時に、ウニについて聞き、妃奈子はウニが食べたくなったのだ。
しかし、それならば何故……昼飯時に、ウニが食べたいと言わなかったのか?
「答えは、1つです」
ハビシャムの指が、1を作る。
薄手の手袋にて守られたその手は、スラリとしてなんとも優美さを感じさせた。
「そのウニは、お食事としては少々、場違いなものであったから……でしょう?」
「んふふふ……!」
「そう、おそらくお嬢様は、智くんからこう聞いたのでしょうね。『プリンに醤油をかけると、ウニの味になるよ』……と」
「「……っ!!」」
なんという事か。
そんな豆知識に、妃奈子は感化されたのだ。
否、ある意味必然かもしれない。順風満帆な安全人生を歩んでいる妃奈子にとって、そんな眉唾な知識はかなり魅力的であったのだろう。
「昼食にプリンのみを頼む訳にはいかない。デザートにするにしても、お食事の後に食べて、失敗したような味では口直しも何もない……なれば、と、こうしておやつ時に食べてみたいと思われた。そう、愚考いたしました」
「流石だわハビシャム!」
「感謝の極みにございます」
まさに驚天動地。
ハビシャムは、この無理難題の裏の裏を全て読み切り、見事期待に応えてみせたのである。
これこそが、西園寺家が誇る敏腕執事。ハビシャムなのである。
「ふふふ! じゃあ次の問題を考えておかなくちゃ!」
「あまり老骨を虐めてくださらぬよう、軽めのものを御所望いたしたく……ホホ」
霧雨のおやつ時。
気まぐれな遊びは終わり、優雅な時間が流れる。
これが、西園寺妃奈子と、ハビシャムの、何気ない一日であった。
P.S:プリンウニはあんまりおいしくなかった。




