輪郭のない雨
ひとを好きになろうと思った。
甘酸っぱかった気持ちを思い出して、連絡を入れた。
「連絡を入れた。」まで、2〜3日かかった。
勇気が、出なかった。
何回かやりとりをして。
そのたびに、あの頃を思い出して。
「旅行は無理だけどご飯に行こう」と。
声かけられたはいいが、決断するまでまた時間がかかる。
本当にいいのか……また同じ繰り返しにならないか…。
向こうからの提案は明日。
急だけど、勇気をだそう。
何を着て行こうか。
あんまり張り切りすぎてもなあ。
そんなことを、考えていた。
きょう。
あいにくの天気。
土砂降りではないが、冷たい雨。
荷物が多くなるのは嫌だけど、傘を持って家を出た。
向こうは電車が遅れているらしい。
待つ分には困らない。嫌じゃない。
緊張しているのか、自分でもわからない妙な気持ち。
足元が冷える中待って、「どこでしょう?」と連絡が来て、思わずすぐに立ち上がって探した。
顔を見つけるとなんだか嬉しくって。
でも表面上は地に足ついた、自分の声に安心した。
ひとり暮らしを始めたらしい。
たずねると「ひとり暮らしっていうか…」と濁す声。
なんだそれ、この展開デジャブだ。
嘘だろ。待ってくれよ。
同棲?
「同棲っていうか…」
もしや、結婚か!
「うん、まあ…」
おめでとう、と笑って伝える。
はにかんだ返事。
昔と変わらなくて、懐かしいよ。
地に足ついた、自分の声が聞こえて、心が落ちた。
凪いだ心で気づく。
持ってきたはずの傘が無い。
どこに置いてきた。後戻りしてもらおうか。
先行く彼の背中を見て。
声をかけようと息を吸って。
一瞬のあと、もう辞めた。
ぜんぶいっしょに失くしていくよ。
探しもせず、尋ねもせず。
最後まで、笑顔で別れて、手を振った。
ひとりになり、上書き保存を求めた。
場所を変えて、新しい傘を探す。
ひとりで、人の間を縫っていく。
先に行く、彼の背中はもうない。
いつもはすんなり帰路につくのに、粘った。
新しいもの、見つけようとして、頑張った。
けれど、どうやらきょうは気にいるものが見つからないらしい。
足ばかりが、じくじくと痛んで上書きされていくだけだった。
結局傘は買わず、買いたいものも見つからず。
ひとり電車に乗り込んで、揺れる空間に身を任せて、目を閉じた。
落ち着いてると見せかけて、浮ついてた。
それが明るみに出た気がして、最後まで隠しきれなかった自分に自分で気づいて。
やたらと惨めで、馬鹿らしくて、それが器用貧乏な自分らしかった。
「きょう、雨降ってなかった?」と聞かれて。
ぎりぎり降ってなかったから大丈夫、と答えた、食事中のワンシーンがエンドレスリピートする。
たどたどしく濁したわたしに、どうか、気付かないで。
恋と呼ぶには蜃気楼で、薄味。
ただ、友だちと言うには少し酸っぱかった。
輪郭のなかったそれは、歩き疲れた足の痛みと一緒にまとわりついた。