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プロローグ2: クドーの2週間


 あれからさらに1週間。クドーの知識はもう既にそこらの大人と比べても遜色ない程にまで成長していた。


「よし、クドー。今日の復習問題じゃ。過去の問題も併用するから怠る出ないぞ!」

『大丈夫ですよ。僕は博士のように物忘れはしないので』

「むう……。では、現在の国家体制は?」

『一部王権を認めた代表民主制』

「1458×5236は?」

『7634008』

「大戦争を終結させたアウストロ王の宰相は?」

『ピーエル宰相』

「……正解じゃ。では、今日の勉強はここまでとしよう」


 最後のピーエル宰相は大した活躍もなかったので、かなりマニアックな問題だったのだが、クドーの即答っぷりにノーベン博士は肩を落とした。

 そして、その傍にはクドーの成長を楽しそうに眺めるジャーナリストのジョージがいた。


「流石クドー君です。もう歴史の事について右に出る者はいなさそうですね」

『ええ。歴史を知れば知るほど、過去の人物の思惑、情熱、悪意、あらゆるものが見えてきて、その絡み合いの物語がなんとも筆舌尽くしがたい程に面白いですよね』

「うむ、クドーよ。確かに勉強を面白く思ってくれるのはいいのじゃが、いい加減に漫画を片手間にするのはやめてくれんかの」


 ノーベンは「没収じゃ」といってクドーから漫画を取り上げる。


『ああ……。なんでですか? もう今日の勉強は終わったはずでは?』

「まだじゃ。今日もお主の為、社会勉強を兼ねて買い物に行くぞぃ」

『えぇ、またですか? 今日は家でゆっくりしましょうよ』

「こんな老いぼれですら、毎日忙しなく動いておるのじゃぞ! 機械のお主が何引きこもろうとしておる!?」


 そういうと、ノーベンは籠をクドーに投げつけ、さっさと出発しようとする。


「ほら、クドー。はよせい」

『あー、わかりましたよ、博士。行けばいいんでしょう』

「では私も。他社の新商品の取材があるので、今日はこの辺で失礼しますね」


 こうして、クドーとノーベンは買い物へ、ジョージは取材へと別れていった。


***


『ただ今テロ警戒警報発令中。住人の皆様は不用意な外出を避けて下さい』

『次のニュースです。今朝未明、魔導人形(マジックドール)工場が爆破される事件が起きました。警備人形の出動により、工場自体に大きな被害はありませんでしたが、今週に入り爆破騒動が3件目ということもあり、取締局は現在も厳戒態勢で犯人を捜索しているとの事です』


 大きな建物に備え付けられたモニターから情報等が流れてくる。

 しかし、その大半は物騒な事件のことや注意の呼びかけばかりだ。


『ほら、博士。モニターもこう言ってることですし、今日はもう帰りましょう』

「ふんっ。こんな程度のことで街を歩けなくなる程、わしの肝っ玉は小さくないわい」


 ノーベン博士はあまり人気のなくなった大通りをズイズイと進み、目当ての大型小売店(スーパー)へと入っていった。クドーもそれを追いかける。


『それで、今日は何を買うんです?』

「そうじゃな。今日は何が安いのか……」


 ノーベンは近くのモニターに書いてある今日のオススメと書かれた品に目を通していく。


「クドーよ。お主は昔の買い物の仕方を知っておるか?」

『いいえ、そんなものは教えてもらっていないので』


 ノーベンは上を向き、懐かしむように語り出す。


「昔はな。先ほどの大通りにはたっくさんの出店が出ていたんじゃ。わしらはその一軒一軒を回り、どの店が一番安いか、そしてどこまで店主に値切らせるか。それは買い物を楽しんだものじゃ」

『へぇー。でも、そんな買い物時間がかかるだけじゃないですか?』

「確かに今の方が圧倒的に便利になった。効率を見ても、こちらの方が勝るのは火を見るよりも明らかじゃ。じゃがの」


 モニターを弄りながらも、ノーベンはどこか遠い目をしていた。


「どうして、こんな冷たい社会になってしまったのじゃろうな……」


 そう語るノーベンの背中はとても小さく見えて、虚空を見つめる彼の目はとても悲しそうで。


『博士、今日の夕飯は貴方の好きなクリームシチューにでもしますか』

「……ふん。そんなもんでわしの機嫌が取れるものか」


 そう言いながらも、少し口元を緩めてクリームシチューの材料をポンポンと買っていくノーベンに、クドーはチョロいなぁと思うのだった。


***


「ようーしっ! クドーよ。お主もそろそろわしの専属シェフとして、一人で料理を作れるようになってもらわねばならぬ!」


 好物のクリームシチューを作るとなったノーベンはいつもより気合の入った様子で、台所のまな板をドンと叩き、高らかに宣言する。


『はぁ。その料理というやつも社会勉強の一つだと?』

「その通りよ。早速わしが手本として、一つずつ切って見せる。お主はよく見ておれ!」


 そう言うと、ノーベンは玉ねぎやジャガイモ、人参などを手に取ると慣れた手つきで剥き始める。


『……上手いですね、博士』

「ふふ、そうじゃろう。長年独り身のわしにとってはこの程度、お茶の子さいさいよ!」

『なる程。この歳で童貞とはお可哀想に』

「ぬ。勝手に人の行為(・・)の有無に触れるでない!」


 ノーベンはあっという間に一通りの材料を剥き終え、包丁をクドーへと手渡す。


「さて、次はお主の番じゃ。切る時、片方の手は必ず猫の手にするのじゃぞ」

『ほう。こうですか?』


 クドーはノーベンを真似しながら、材料に包丁を入れる。だが、ぎこちなく添える左手に、右手は力が入り過ぎて上手く切ることが出来ない。


「クドー、力み過ぎじゃ! もっと力を抜いて、滑らかに包丁を落とすのじゃ。それにその左手! 猫の手というのは指先を手のひらにしまう様にする手のことじゃ! 学習が足らんぞ!」

『料理なんて初めてなんですから、仕方ないでしょう?』

「クドー、さてはお主。動作プログラムが苦手の不器用野郎じゃな?」

『……。開発者の誰かさんが施したプログラムが下手くそだからなんでしょうねー』

「クドー!! わしのことは馬鹿にしても、わしの発明品を馬鹿にするのは許さんぞ!」


 突然、ノーベンは鬼気迫る表情でクドーを睨みつけてきた。そういえば、博士は自分の開発品に文句をつけられるのだけは良しとしない人だったと、自分の発言に後悔した。

 少し険悪なムードが漂うが、ノーベンはスッと怒りを鎮めて、クドーの方へ手を出した。


「ほれ、もう一度わしが手本を見せてやるから。包丁を渡せ」


 なんだかんだで人の良いノーベンはあまり怒りも長続きしない。そんな博士も嫌いじゃないなぁと思いながら、博士に包丁を渡そうとした。



瞬間。


【第三級危険検知。行動中の魔導人形(マジックドール)は直ちに行動を停止しなさい】


『な、なんだ!?』


 意識の中に何かが響いたかと思うと、クドーは突然身体の力が抜け、地面に倒れる。

 仰向けになったクドーにノーベンは呆れ顔だ。


「クドー……。お主、さてはわしに包丁の刃の部分を向けて渡そうとしたな?」


 ノーベンはクドーの手からスッと包丁を取り上げ、クドーに手を貸して引き起こした。


『……どういうことですか?』

魔導人形(マジックドール)には人間に害を与えないように、危険を感知した場合に緊急停止をさせるようプログラムが施されていたのじゃ」


 ノーベンは包丁を手に取り、先ほどのクドーの行動を再現する。


「このように相手の方に刃を向けたまま包丁を渡すのは危ないじゃろ? 最悪相手に怪我をさせてしまう恐れがある。先ほど危険検知プログラムが作動したのもそのせいじゃ。だから、基本的には相手に配慮して、包丁の刃は自分の方に向けたまま相手に渡すのじゃ」

『相手への配慮……』

「いちいち初めてのことをやる度に倒れられては面倒じゃからのぉ。これからは相手に配慮しながら行動するように」

『わかりました、博士』


 その後はノーベンの2回目の手本とちょくちょくとしたアドバイスのお陰で、クリームシチューの調理は恙無く終了した。


「おお、うまそうじゃの!」


 2人の目の前のお皿には、トロリと濃厚そうなクリームシチューが並んでいる。具材もしっかりと煮込まれていてホロホロとスープに溶けるようである。


「『いただきます』」


 2人は同時にスープをひと掬いし、一口。


「ハハハ、どうじゃクドー!? これがお主の初めて作った料理じゃぞ!?」

『僕の初めて作った料理……』

「そうじゃ! いつもより美味いと思わんか!?」


 クドーは少しだけ思案し、口元を緩めた。


『確かに。少しだけいつもよりも美味しいかもしれません』

「ハハハ、そうじゃろう? これが自分の手で作った料理の味じゃ! 他にも料理を作れるようになれば、毎日この味が楽しめるようになるんじゃぞ? どうじゃ、やる気になったか?」

『それは自分が面倒事をしたくないが為の方便ですよね。その手には乗りません』

「ふん、可愛くない奴め。じゃが、お主には必ず他の料理も覚えてもらうぞ。働かざるもの、食うべからずじゃからの!」

『やはりそう来ましたか』

「いずれお主にはわしの老後を支える介護ロボットにでもなってもらおうかの。ワハハハハハ!!」


 ノーベンの高らかな笑い声は食卓だけでなく、工房の外にまで響き渡ったのだった。


***


 家事や研究、一通りの作業を終えたノーベンはふと椅子に座りながら居眠りをしているクドーを見つけた。

 時刻は夜9時。まだ寝る時間でもないというのに。ノーベンは口元を緩めながら、近くにあった毛布をクドーの肩にかけてやった。


「全く。人形(ドール)になど睡眠は必要もないだろうに、何故わしはこんなプログラムを組み込んでしまったのじゃろうな」


 それに本来なら、プリンの味を感じる味覚機能も必要ない。また、勉強の復習をさせることも必要のないことだ。


「わしの作りたかったものは、一体何なんじゃろうな」


 感情移入できる人形? 寂しさを埋められる家族?


「……ふん。わしはただひたすらに最高の機械を作ろうとしただけ。……じゃろ?」


 この問いかけは誰に対してしたものなのだろうか。

 1人立つ老人と1つ眠る人形(ドール)


 この2人の間にノーベンの独り言は消えていくのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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