プロローグ1: クドー
古びた工房の薄暗い奥底。鉄と油の匂いが漂う中、先程からあれやこれやと嗄れた声だけが響く。だが、ついにそれも終わりの時がきたようだ。
「ここをこうして……、こう。よし、やったぞ! ようやく、わしの世紀の大発明『完全自律型魔導人形の完成じゃ!!」
先程までの緊張した面持ちとは打って変わり作業着の老人はうっひょーいと手放しに喜び始めた。
そして、その老人の目の前にはまるで人間と比べても見分けがつかない程に精巧な男性型の機械人形が座っている。
これを見つめるのは老人の隣、この古びた工房には似合わないスーツ姿をした男だった。
「確かに魔導人形ではあるようですが。これは従来の魔導人形と何が違うのですか?」
「ふふん。こいつはその名の通り、完全自律で動くのじゃ。従来のように予め動作プログラムを組み込んだり、外部情報を取り入れて動く機械ではないのじゃ!」
「ほほう、要するにこの魔導人形は自分で考え、学習していく機械、ということですね?」
「うむ、その通りじゃ」
老人の鼻はそこらの山よりも高々である。
「ふふ、これは取材のし甲斐がありますねぇ」
「お前さんもモノ好きよのぉ。こんな老いぼれにいつまでもひっつき回りおって」
「いえいえ、いつも貴方には退屈しませんのでお気になさらず。……それよりも、早く起動しないんですか?」
「お主に言われんでも起動させるわい」
老人は少し緊張した面持ちで目の前の魔導人形を起動した。
すると、魔導人形から淡い光が溢れ出し、その光が人形の中心へと収束していく。
『YUANー0001自律型魔導人形零式、起動しました』
「おお、我が息子よ! 無事目覚めたか!」
老人は嬉しさの余り魔導人形をギュッと抱きしめた。
『マスター認識。登録しました』
「おお、わしを親と認めたのじゃな! 嬉しいゾォ、クドー!」
『名前認識。自身の名をクドーに設定しました』
「ハハハ。もう名前までつけてしまわれて。博士は大袈裟ですねぇ」
「大袈裟なことあるか! 息子に名前を付ける。そんなこと当たり前のことじゃろうが!」
「フフ、失礼。博士にとって人形とは、そのようなものでしたね」
『周囲確認。新たに工房をマップに登録しました』
2人が話している間にも、クドーは忙しなく首を回し、辺りを見回している。
「それにしても、話し方が機械っぽ過ぎはしませんか? 普通の魔導人形でももっと流暢に話せますよ?」
「今は初期設定の真っ最中で、おまけに話し方もまともに教えておらんのだぞ? 人間でいうところの今は赤ん坊なのじゃ。いくら機械だからとは言え、赤ん坊が流暢に言葉を話す方が奇怪じゃろ!?」
『オヤジギャグを認識。機械と奇怪を掛ける寒いギャグを登録しました』
「クドー! 寒いとはなんじゃ、寒いとは!? いや、まずそんなものは登録せんでもええんじゃ! 登録するのなら、とりあえず、この工房を自宅に登録するんじゃ」
『了解。先ほど認識した古びた汚い工房を自宅に設定しました』
「クドー!? 先ほどからどれだけわしのことを愚弄する気じゃ!? ……いいだろう。この工房がただ古く汚いだけでないことを説明してやる。ついてくるのじゃ!」
『追跡開始。癇癪持ちの老人を追跡します』
「クドー、お主という奴は!!」
怒る老人の後ろをついていく魔導人形。でも、なんだか老人は嬉しそうで。
「自律学習する新型の魔導人形。いい記事が書けそうですね」
スーツの男は面白そうに紙にペンを走らせた。
***
時は平和を極める今日この頃。
嘗て戦争で戦火をまき散らした魔導機器も今ではすっかり様変わりし、家には魔導モニター、冷蔵機と様々な物に利用され、人々の生活を豊かにしている。
だが、これほど魔導機器が普及したのにもワケがあった。
以前の魔導機器は人の魔力をエネルギーとして与えなければ動かず、オマケに動作に必要な魔力も多く、役に立たない代物だった。
だが、永導回路、半永久的に回路上に流れる魔力を減衰させる事のない、即ち永久機関の登場により人々は魔力に困ることがなくなった。
それにダメ押すようにして、魔導人形が登場した。魔導機器の多くは街の大規模永導回路から直接回路を引いて魔力を供給しているが、魔導人形は小型化された永導回路を搭載した機械人形。この休むことのない労働力により、人の生活はまた更に進化することになったのだ。
こうして、魔導機器は人々から切っても切り離せない関係になり、魔導機器の歴史は続いていくのだった。
「……って言うのが魔導機器の歴史じゃ。お主も一応は魔導機器の一員なのじゃから、少しは世のために貢献しなければならないのだぞ」
『分かりました、ノーベン博士。と言うわけで、今日僕は将来の為、この“マンガ”というやつを読んで社会勉強しようと思います』
そう言うと、クドーは近くの本棚にあった漫画を一冊手に取り、プリンを頬張りながらパラパラとめくっていく。
「クドー、何度言えば分かる!? 漫画なぞただの遊びなのじゃ! いつまで遊戯に惚けるつもりじゃ!」
『言葉を覚えるためにと与えて下さったのは博士じゃないですか。僕はその教えに従っているだけです』
あれから1週間。既にクドーは言葉につっかえることもなく、日常会話においては流暢に話せるようになっていた。
「もうお主はその段階ではない! 今は計算とか、地理とか、歴史とかを……。って、クドー! 何勝手にわしのプリンを食っとるのじゃ!? お主は食わんでも生きて行けるじゃろ!」
『博士がプリンをおいしい物だと教えてくれたのです。僕はその情報を大切にしているだけです』
「くっ……。味覚機能なぞ、つけるのではなかった……」
あれだけ怒ってもしれっとプリンを頬張り続けるクドーにノーベン博士も涙目である。
「おー、今日もやりあってますね。博士」
そこへやって来たのは、前も見た黒いスーツの男。今日もメモとペンを両手にセットしている。
『こんにちは、ジョージさん。今日もジャーナリストの仕事で?』
「フフ、こんにちはクドー君。なにせ、君は新型の魔導人形。いずれ公に発表されれば、話題に登るのは確実。流行を押さえる記者としては、君のことをもっと知りたいと思うのは当然だろう?」
「だから、わしはクドーのことを公表するつもりはないと言っておろうが」
「博士、まだそんな事をおっしゃられるのですか? 貴方が公表しなくてもいずれは世間にバレます。それに、貴方は従来の魔導人形の生みの親でもある。なのに、今ではその権利も他社に安値で売り渡し、半隠居の生活に甘んじている。貴方はもっと有名になるべき人だ! それなのに、何故貴方は……」
「……わしは有名になりたくて魔導人形を作ったわけではない。作りたかったから作っただけじゃ。それに、今では魔導人形を作ったことにも、多少は後悔をし始めて来たところじゃ」
そう言うと、ノーベンは近くにある魔導モニターのスイッチを入れた。
モニターはスッと映像が出力され、とある情報番組がやっているのがわかる。
『次のニュースです。今朝未明、首都東部にある魔導人形工場が何者かに襲撃を受ける事件が起こりました。取締局の情報によると、犯人グループはおよそ20人の集団で、工場の裏手から侵入。製造機械の2割ほどを破壊したといいます。現場に取締局員及び取締人形が突入したところで、犯人グループは逃走。現在も行方は掴めていないということです』
ノーベンは溜め息混じりに肩を落とす。
「わしが魔導人形を作ったせいで、社会はガラリと変わってしまった。労働力は全て魔導人形にとって代わられた。わしらのように恩恵を受けられた者たちはいいが、恩恵から溢れでた者は職を追われ、路頭に彷徨い、挙げ句の果てには犯罪に手を染めることにさえ迫られた」
「……それは、国の法整備が甘かったからです。決して貴方のせいでは」
「過度な技術革新に法整備が追いつかないのは過去の歴史を見てもよくわかろう。そう。わしは禁忌を犯したのじゃ。だから、わしはこれ以上その禁忌を犯すわけにはいかん」
「だから、クドーのことを公表しないと?」
ノーベンはジョージの言葉を受けても沈黙していた。だが、その顔はぐうの音も出ないと言った程に苦々しいものだった。
『でも、博士はさっき僕に言いましたよね? 世の中の為になれ、と』
「……それは」
『魔導人形は確かに世の中の為になったんですよね? でも、世の中の為にならないこともした』
クドーは考える動作をしながら、閃いたとばかりに人差し指を立てる。
『魔導人形が世のためにならなかったというのは、世の中の為になることをし足りなかったからなんですよね? ならそれ以上に世の中の為になることをすれば、博士は僕を公表できるということですね?』
「……ハハ。おかしな事を」
機械のくせにとノーベンは思ったが、クドーの言葉にも一理あると思ってしまったことに苦笑する。
自分の作った物に慰められるとは、とんだ皮肉もあったものだ。
「クドー、お主も言うようになったな。ならば、そうなってもらうためにもその手に持った物は没収じゃ」
ノーベンはクドーが読んでいた漫画を素早く取り上げた。
『し、しまった。墓穴を掘るとは不覚……』
「クドーよ。男に二言はないのじゃ。お主の先ほどの言葉、どこまで本気じゃったか見せてもらうぞ」
ノーベンの真剣な表情に、クドーは気だるそうにしながらも立ち上がった。
『分かりましたよ、博士。計算、地理、歴史でしたっけ? さっさと覚えて役に立ってやりますよ』
「よし。では早速この歴史、地理に纏わる本に加えて、この計算の問題集を今日中に終わらせるのじゃ!!」
あれやこれやと言いながらもクドーに教え込むノーベン。文句を垂らしながらも、着実に教えを理解していくクドー。側から見れば、なんだか親子のように見えてきて、ジョージは笑ってしまう。
(やはりノーベン博士は面白い人だ。そして、クドーも……)
まだ1週間ほどしか経っていないのに、彼の言語能力はノーベン博士を言い負かしてしまう程にまで成長していた。彼の学習能力、一体どこまで伸びるのか。
(彼の成長、とても楽しみです)
と、ジョージは心の中で笑った。
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