8話
翌日の20時、千尋さんが家の前まで車で迎えに来てくれた。
「こんばんは、よろしくお願いします!」
助手席に乗り込み、軽い挨拶を交わす。
「こんばんはー、今日は隣街の駅前に行ってみよっか」
「千尋さんに任せるよ」
隣街はわりと栄えていて、駅前などは居酒屋も多くて遅くまで人が飲み歩いてることも多い。
「そうだ、昨日決めてなかったけど、結晶はミカたんに浄化してもらわないと効果分かんないし、どっちが多く倒したとか関係無く二人で割ろうね」
「えっ、いいの?」
どう考えたって俺の方が倒す数は少ないだろう…
寧ろ千尋さんの足を引っ張らないか心配なのに。
「いいもなにも、オッサンだって戦うんだから。当然でしょ」
「あ、ありがとう。……ところでさ、オッサンて呼ぶのそろそろやめて欲しいなぁ……なんて思うんですけど……」
「はぁ?! だってオッサンじゃん」
まぁ確かに同年代より老けて見えますけど……
と言うか、今まで作業所と近所のコンビニぐらいしか外に出なかったから髪型や服装にも全く気を使ってこなかった。
顔立ちだけでなく、見た目がもうオッサンくさいのだ。
それでも……
「ま、まだ20代だ! オッサンじゃない!」
明日、髪切りにでも行くかな……
千円カットじゃなくて、駅前のちょっと洒落た所に……。
「じゃーなんて呼べば良いですか?」
信号でたまたま停まった時
茶化すかのようにではあるが、俺の方に顔を向け、微笑みながら聞いてきた。
こ、これはズルい!
ちょっと首傾げてるこのあざとさよ!
笑うとやっぱり可愛いじゃないか、コノヤロー!
内心どぎまぎしながらも、珪太でいいよ、と冷静を装い答えた。
「おけ、珪太ねー」
よくよく考えたら、母親以外の女の人から名前を呼び捨てにされたことも、車で二人っきりなんて事も経験したことが無かった。
それから目的地に着くまで、そんな多くの会話は交わさなかったが、変に意識してしまい、あまり記憶がない。
◇
「さぁ、着いたよ!」
目的地に到着し、駅の近くのコインパーキングに車を停めた。
エンジンを切り、シートを倒し横になる。
「いつもこうしてるの?」
「そうだよ。でも二人で仮眠してる風だと、少し目立つかもしれないわね。今度はネカフェとかの方がいいかも」
取り敢えず今日はこれで、となり、二人とも肉体から離れた。
「ねぇ、この前も思ったけどいつも歩いてるわけ?」
「ん? そうだよ」
「効率悪くない? 宙に浮けんのに。上から見た方が探しやすいし」
「…そうだった!!」
空飛べることをすっかり忘れていた!
千尋さんは少し驚いた顔をした後、すぐに呆れ顔に変わった。
「戦闘でも役に立つから積極的に取り入れなよ。攻撃も避けやすくなるし、敵の後ろに回れば攻撃も当てやすいよ」
「ありがとう、参考になるよ!」
「素早さが上がる結晶あると戦いも楽になるから。今日出るといいね」
千尋さんは3階程の高さまで浮上していき、俺も後を追うように浮上していく。
「駅周辺をぐるぐるしてみよっか」
「おうっ!」
移動を始め、キョロキョロと辺りを見渡す。
数分程、移動を続けて居たら、ピタッと千尋さんが止まった。
「あっちに何かいる」
「え?」
俺にも感知があるのに、全く何も感じない。
「こっちこっち。気付かれない様にゆっくりね」
千尋さんの後を追い、300メートル程移動したときに、俺にもモンスターの気配が伝わってきた。
俺の感知よりも、千尋さんの感知の方が良いやつなんだろう。
「あと300メートルぐらいだよ」
「近いね。この気配なら私達でも余裕だと思うよ」
そんなことまで分かるのか……。
そのまま進むと、歩いている女の人の背後にモンスターがいた。
前に1人で徘徊していたときに見かけたことのあるモンスターと同じ種類みたいだ。
二足歩行のトカゲの様なモンスターで、手足には鋭利な刃物のような鋭い爪、半開きの口からはダラダラと唾液のような液体を垂らしている。
俺1人では倒すことは不可能と判断し、その時は戦うこと無く帰宅した。
「珪太、アイツまだこっちに気付いてないよ。上から勢いつけて切りつけちゃいなよ」
「え!?」
「私もその後すぐ行くから」
「わ、分かった……!」
モンスターの上空に向かい、剣を下に向け、モンスターの頭上を目指し、勢い良く落下する。
が、後2メートル程…と言うときに、モンスターが気付き、咄嗟に避けられてしまった。
「クソッ……!」
地面に足を着き、剣を構え直す。
「惜しかったねぇ」
千尋さんが隣に降り立ち、二本の短剣を構えた。
モンスターから咆哮と殺気が放たれ、不覚にも怯んでしまった。
その瞬間、鋭い爪を振りかざし勢い良く俺に飛びかかってきた。
ギンッ!! と金属と金属がぶつかるような鋭い音が鳴り響く。
「ちょっと! 何怯んでるのよ!!」
俺の前に立ち、千尋さんが短剣でガードしてくれた。
「ご、ごめん!」
俺は慌てながらも、再び戦闘態勢に入る。
千尋さんがモンスターの爪を短剣で弾き、その隙に俺はモンスターを切りつけた。
「ナイス! どんどん行くよ!」
そう言うと、今度は千尋さんが素早くモンスターを切りつける。
モンスターはギュルルルッと唸り声を上げ、攻撃中の千尋さん目掛けて腕を薙ぎ払った。
短剣を交差させガードした千尋さんだが、数メートルも吹っ飛ばされてしまった。
隙が生まれたモンスターにすかさず切りつけるも、手で剣を掴まれ身動きが取れない。
コイツ……こんな見た目なのに素早いし、反射神経まで良い…!
「離せ! この野郎!!」
剣を押し込んでも引いてみてもビクともしない。
力もあって、硬い皮膚を持つ手で剣を掴まれてはどうする事も出来ない。
モンスターが反対の爪を振りかざし、俺に振り下ろす。
こんな攻撃食らったらヤバい!
咄嗟に剣から手を離し、瞬時に後ろへ下がった。
スレスレの所で回避し、後数ミリで爪が届きそうだった。
モンスターが俺の方に体も目線も向けている、そのチャンスを千尋さんが逃す訳もなく、モンスターの首の付け根を狙い、思いっきり短剣を突き刺した。
モンスターは大きく目を見開き、声を出すことも無く倒れた。
「お疲れー。このモンスターは首の後が弱点だから。覚えておいて」
「ありがとう、俺1人じゃ絶対倒せなかった」
「まぁ慣れる慣れる! 大丈夫よ。それより…」
そう言うと、千尋さんは結晶を拾い俺に投げた。
「お先にどうぞ」
「あ、ありがとう!」
「さぁ! 次行くよ!」
「おう!」
千尋さんの心強さに安堵し、俺はまた千尋さんの後を追った。