7話
「珪太! 珪太ってばー!! 起きてよぉ!」
ゆさゆさと体を揺さぶられ、重たい瞼を開くと、ミカが必死に俺を起こしていた。
「あれ? ミカ……どうした……」
まだ寝ぼけているので、思うように目が開かない。
「もう! 今日約束したんでしょ? 外で待ってるって怒ってるよ!!」
その言葉に一気に脳が覚醒する。
慌てた時計を見ると13時半を回っていた。
「やっべ! 寝すぎた!!」
慌てて飛び起き、服を着替え、玄関に向かった。
ガチャッとドアを開けると、不機嫌そうに昨夜の女の人が立っていた。
「オッサン、どんだけ寝てんの?」
「す、すみません……」
「取り敢えず、お邪魔します」
「あ、はい……」
女の人はムスッとしたまま家に上がった。
「あっ、部屋……こっちです……」
狭い2DKのアパートであるが、一応俺と母それぞれ部屋がある。
自室のドアを開け、女の人が部屋へ入った後、俺も続いて入った。
「あ……何か飲みますか?」
「いらない。自分のはあるから」
「……」
昨日はそれどころじゃ無かったので気にならなかったが…
正直めちゃくちゃ苦手なタイプだ。
いや、得意なタイプの女性などいないが…。
綺麗な顔立ちに派手めな化粧、明るめの巻き髪、長めのネイル。
そしてこの高圧的な態度だ。
女の人は一通り辺りを見渡し、二人掛けソファーに腰掛けた。
俺はベッドに座り、一体この人は何の用なのか考えていた。
暫く沈黙があり、既に逃げ出したい空気である…。
「あ、あの……本日はどのようなご用件で……」
キッ! と俺を睨み付け、女の人は口を開いた。
「昨日も言ったけど、私はミカたんに頼まれたわけ。あんな豚野郎相手に手こずってるとかお荷物でしかないんだけど」
助けを求めるようにミカを見ると、何かを察したように口を開いた。
「そう言えば! 二人とも自己紹介がまだだよ~!」
女の人はあからさまなタメ息を吐き、事務作業の様に淡々と自己紹介をしてくれた。
名前は“千尋”さん
21歳、ミカとは3ヶ月前に知り合い、俺よりもちょっと先輩である。
「お、俺は珪太、28歳……」
「うっそ!! 余裕で30超えてるかと思ってたわ」
「そ、そうですか……はは……」
「てさかー、その敬語やめてくんない? 私より年上でしょ? そのオドオドした態度も腹立つんだけど」
「は、はぁ……」
ズバズバと物事を言う千尋さんに対し、どうしても気圧されてしまう。
「前に珪太が、誰かに戦い方教えて欲しいっていってたよねー? だからね、ちーちゃんが一番近いし、強いからいいかなぁって!」
どうやらミカが気を使ってくれたようだが、もう少し人当たりの良い人が良かったな……。
「オッサン、もう2ヶ月でしょ? なんでそんな弱いわけ?」
「えっ……いや……戦い方とか分からないし……むしろ千尋さんはなんでそんなに強い……の?」
「えー? 才能?」
ふっ、と笑い俺を見る千尋さん
「……はぁ、そうですか……じゃなくて、そうなんだ」
「いや、そこはツッコもうよ」
「え、あ、あ、はい……」
「はぁー……。調子狂うわぁ」
呆れたように大きくタメ息をつく千尋さんに申し訳なさでいたたまれないし、正直もう帰って欲しい……。
いや! でもせっかくの機会を無駄にするわけにはいかない。
昨日の戦いで分かったが、俺が物凄く弱いのか、この人が強いのか……。
どっちにしろ、強くなれるなら協力してもらった方が……。
「あの、千尋さんは独学? なの?戦い方とか」
「うーん、独学だね。てか感覚? 私って昔から洞察力が結構あってさぁ、そのおかげか、敵の弱点とかスキとかが何となくわかるんだよね。ミカたん曰く、固有スキルなんだってさ」
「え、そんなのあるの!?」
ミカの方を見ると、うん、と頷いた。
「因みに、俺の固有スキルは?」
「無いよ!」
ニコッと笑顔で言われた……
ズバッとハッキリと言われた……
「そ、そうなんだ……」
「この世界で固有スキルを持っている人の方が少ないんだよ~。ちーちゃんはレア!」
な、なんだよそれ……
「でもねー、珪太にも希望が無いわけじゃないんだよ? 初めて会ったときにも言ったけど、珪太は本当に心が綺麗なの! だから、頑張って魂がもっと強くなったら、聖なる光の属性魔法が使えるかもねー!」
「おぉ! それってどんな魔法なんだ!? 回復とかか?」
「回復ではないんだけど~……。邪心が闇だとしたら、光は相対するもの。光属性は闇に対してとても強い力を発揮するけど、使える人も少ないんだよ」
「それが使えるようになれば、俺も強くなれるのか?」
「勿論! この世界に来ているモンスターでも、一撃、または致命的ダメージを与えられると思うよ」
「凄いじゃないか!!」
テンションが上がって来てワクワクしている俺に、ミカは釘を刺すように話を続ける。
「でもでも! そんな強力な魔法を使うには、それなりの精神力が必要なんだってばー! 鍛えられた魂ですら、一度使えばその後の戦いは辛くなるよ。最終手段と思わないと! それにまだ使えるかわからないかねー? 心が闇に少しでも染まれば光属性は2度と使えないよ」
「分かった! 俺、頑張るよ!」
一撃必殺の技を使えるかも、そう思うと嬉しさを隠せない。
「あのさ、話の途中で悪いんだけど」
今まで黙っていた千尋さんが、おもむろに話し出す。
「オッサンは取り敢えず普通に戦えるようになりなよ」
当たり前のこと、なんだが、一気に現実に引き戻される。
「は、はい……」
「家も近いから暫くは二人で狩ろう。私車だからちょっと遠出しても、本体は車に置いとけるし」
車! その手があったのか!
「いいの? 俺は助かるけど……」
「可愛いミカたんの頼みだからねー。それに私一人じゃ敵も倒しきれないし、オッサンにも強くなってバリバリ戦ってもらわないと」
不満そうに言っているが、実は面倒見の良い人なのかもしれない。
「オッサン、邪心が人の心を蝕むって、実際どういうことか分かってる?」
「えっ? 良くないことていうのは分かるけど、実際どうなるかっていうのは…」
千尋さんの表情が険しくなり、大切な事をミカに確認していなかった事悟った。
「ミカたん、説明してないの?」
聞かれなかったから、とミカはケロッとしているが、実際どうなってしまうのか、俺に説明し始めた。
「あのね~、人の潜在的にある悪い欲求を増幅させちゃうんだよ。」
「まぁ昨日の強姦男もそうね。女を犯したいとか思ってたのか、ただ性欲を満たしたいと思ったのかは知らないけど、意識的に考えなくても心の底にそういう願望があるだけで、普段は抑制できる事なのに、邪心によって増幅された欲求が抑えられなくなるんだってさ」
千尋さんは淡々と話しているが、明らかに怒っているのが分かる。
「ちょっと嫌な事があったり嫌いな人を殺すことだってある。手っ取り早く言えば尋常じゃないほど治安が悪くなるってこと」
「それだけじゃないよ」
ミカが千尋さんに続き話し始めた。
「今はまだ邪心の力も100%じゃないんだ~。力が強ければ強い程、人の心にも強く作用するの。人の悪い心を餌にしてる邪心は餌を食べれば食べるほど力も増してくるの。」
ミカの顔はいつになく真剣で、事の重大さがひしひしと伝わってくる。
「力を増した邪心は、そのうち強いものが弱いものを取り込み更に強くなってしまうんだよ。そうなると世界は枯れてしまう。そうして最後は諸悪の根元の力を増幅させ、世界を、神様すらも滅ぼしてしまうの」
「その前に倒さなきゃいけないってことだよな? でも……この近所ですらそれなりに見掛けるのに、俺たちだけで間に合うのか?」
「そこまでいくには数万~数十万の邪心が1つになったときだからね~。それに君たちの他にも戦ってる人達は世界中にいるから、大丈夫だとは思うけど……」
「大丈夫だよ、私達が何とかするから」
少し弱気になるミカの頭を千尋さんが撫で、俺には決して見せない笑顔でミカを慰める。
元々綺麗な顔立ちだけど、笑うと可愛いというか愛嬌があるな……。
「あの、俺も頑張るよ!」
グッと拳を握り、改めて気合いを入れ直す。
千尋さんはちらっと俺を見て「はいはい、よろしくね」と愛想無く答えた。
若干温度差を感じるが、その日は千尋さんと連絡先を交換し、明日の夜から共に戦うことになり、千尋さんは帰って行った。