6話
それから数日、俺はひたすらモンスターを探しに出た。
居合道を習いに行きたかったが、まだ完全に自立して動けるわけではなく、手すりや支えがあってゆっくり歩行できる程度なので動画や道場の見学で基本のイメージを掴み、実践にも取り入れたら戦いの基本のようなものを得られた気がする。
十数回遭遇して倒せたモンスターは、ハイウルフ含めたったの三匹。
ミカと出会ってから2ヶ月が経過していて、我ながら使えない男だと思う。
現在得たスキルは“俊敏力小”、“感知小”、“攻撃力小”だ。
夜22時、俺はいつものように家を出た。
あまり遅いと人もいないのでモンスターと遭遇する率が悪いことが分かった。
本当はもっと栄えてる繁華街などに行ければ良いのだが、俺の家は閑静な住宅街にあるため、電車を乗り継いで行かねばならない。
魂だけの姿になっているとき、肉体の置き場に困るためあまり自宅から離れた場所に行けないのも悩ましいところだ。
どうにかならないものか、と考えながら辺りを練り歩く。
感知スキルのおかげで、モンスターが近くにいたらなんとなく気づけるので助かりはするが、何せ効果は小なので体感的に周辺300メートル程度なのが傷ではあるが……。
「かといって狙ったモンスターを倒せる訳ではないからなぁ……」
十数回遭遇したからと言っても相手に気付かれる前に逃げてしまう事が大半だ。
危機能力のせいか、本能的に勝てないと悟ってしまう。
町内を一周し終え、今日は不発かと思ったその時
「きゃー!!!」
女性の悲鳴が聞こえた。
急いで悲鳴のした方に走り出した。
少し走るとモンスターの気配がする。
近いぞ。
そのまま走り続けると、見通しの悪い駐車場に辿り着いた。
そこで俺はまた走っていた足が思わず止まってしまう。
「無理だ……」
そこにいたのはオークの様なモンスター
しかし明らかに自分との格差が分かるほど、のモンスターだ。
言うならばオークよりも遥かに上位種なのだろう。
悲鳴を上げた女性は、フードで顔を隠した男に襲われているように見える。
オークはどうやらその男に付いているようで、オークから発している黒いモヤのようなものが男に絡み付いている。
このままでは女性が犯されてしまう、早く助けないと…!
そう思っても足はガタガタと震え、一歩も動けない。
「だ……誰か……たす、け……」
女性は泣きながら必死に助けを求めているも、男に口を塞がれ身動きも取れないようだ。
魂の姿なのでスマホもなく、通報も出来ない。
ここで戦わないでいつ戦うんだ。
男だそ、俺は。
「や、やめろー!!!」
震える体でオークに飛びかかる。
俺に気付いていなかったのか、振り向いたオークは俺の一撃を腕で受け止めた。
防がれた、が右腕に剣が食い込むのが分かる。
いける!
そう思った瞬間、激痛と共に俺は宙を舞ったと思ったら地面に叩き付けられた。
何が起きたのか自分でも分からなかったが、左手でふっ飛ばされたのだと理解した。
「クソッ……めちゃくちゃ痛てぇ……」
よろけながらも起き上がろうと体を起こすと、二撃目がもう目の前に来ているではないか。
避けられない!!
そう思った頃には俺はまた宙を舞っていた。
「ぐはっ……!!」
無理だ、差が有りすぎる。
運良く一撃喰らわせただけでも大したもんだ…
オークは鼻息を荒くし、酷く怒っているようだ。
ダメージがでかすぎるのか、もう立ち上がる事すら出来ない。
俺はなんて弱い人間なんだ…
オークは右手に持っていた棍棒を大きく振りかざし、横たわう俺に振り下ろした。
ダメだ、俺、終わった。
ギュッと目を瞑り、衝撃に備える。
…
……
………ん?
「ちょっとーオッサンどんだけ弱いのよ!」
衝撃では無く、俺の意識に入ってきたのは見知らぬ女の人の声だった。
目を開くと、オークの棍棒を2本の短剣でガードし、俺を見下ろす女の人がいた。
「ミカたんから心配な奴がいるから様子見てくれって頼まれたから来たけど……あんた弱すぎ」
蔑んだ目を俺に向け、暴言を吐いたと思ったら、その人はオークの棍棒を振り払い、身軽な動きでオークを切りつけた。
ぐおおお、と大きな唸り声をオークが上げ、更に激昂したように女の人に襲いかかる。
「どんくさいのよ、豚野郎!」
オークの攻撃を巧みに受け流し、更にオークにダメージを与えていく。
女の人は高くジャンプしたと思ったらオークの後ろに着地し「バイバイ、豚野郎」と冷たく言い放つと同時に、オークにトドメを刺した。
ドゴーンッとオークが倒れ込んだと思ったら、オークは霧になり結晶だけがその場に残った。
一部始終を、地面に這いつくばり見ていた俺は、呆気にとられていた。
この人、めちゃくちゃ強い!!
「オッサン、なんか言うことないの?」
「え、あっ…ありがとうございます…」
礼を言う俺に、ふんっ! と背を向け、女性と男のいる方に歩いて行った。
遠目から見ると、オークが消えた今でも男の昂りは収まらないようだ。
すると遠くから赤灯を消したパトカーがやって来た。
戻ってきた女の人がまた俺の方にやって来て「来る前に通報しといた」と俺に伝えた。
犯人に悟られないようにあえて赤灯消してるのか、なるほど…なんて感心していたけど、もう意識が飛びそうだ。
「ちょっとちょっと! こんなとこで気絶なんてしたら、オッサン死ぬよ!? 早く帰りな!」
女の人は渋々俺に手を差し伸べ、肩を貸して家まで送ってくれると言う。
「本当にありがとうございます……。あの、ミカと知り合いなんですか?」
女の人はキッと俺を睨み付けた。
「私もあんたと同じで、ミカたんに頼まれたの。オッサンがゲロ弱だから助けてやってくれって」
「そ、そうなんですか……」
なんとも情けない……
オッサン泣けてきた。
「今日は話すの無理そうだし、明日の昼間暇?」
「は、はい、暇……です」
「あっそ。なら明日オッサンんち行くから」
「えっ!?」
「変なこと考えたら殺すよ」
目がマジです。怖いです。
「とにかく明日、ね。」
自宅の前まで送り届けてくれた女の人は、そう言うとスタスタと去ってしまった。
「誰なんだ、あの人……」