44話
――北海道旅行当日……
キャリーバッグを転がし、いつもより気合いの入った千尋さんがフライトのチェックをしてくれている。
実のところ、飛行機は初めてなのだ。
電車や新幹線と違い、俺は全く分からない。
不本意ながら今回の旅行は千尋さんに任せっきりになってしまった。
「珪太、こっちだって」
沢山外人さんが居り、国内なのに気分は海外旅行だ。
荷物を預け、手荷物検査……
やっと搭乗口に行き、思わず言葉が漏れる。
「すげぇ」
子供の様に飛行機に感動し、ソワソワする俺を千尋さんが優しい目で見守ってる。
良い年して、まるで子供と母親のようだ。
暫く機内で旅行雑誌を見ながら、何処を回ろうか等を決めていた。
ゴオォォォ! と凄いエンジン音が響く。
ベルトを着用し、グルグルと回る飛行機の外を眺めて、遂に飛び立つのか! と俺のテンションはピークに達し、今か今かと待ち望んでいた。
その時……
グググッと重力に逆らい、飛行機が離陸したと思ったら、体がフワッとなる。
「……」
「どうしたの?」
「……ダメ、降りたい」
何故か急に恐怖心が襲ってくる。
多分真っ青な顔をする俺を、千尋さんが心配して何か言ってくれているが、全く耳に入らない。
グングンと地上から離れて行く外を見ると、先程までのテンションが嘘の様に引いていく。
窓際が良いなんて言わなければ良かった……。
――フライト時間は二時間もなかっただろう。
だが、着陸するまでの間、俺は随分と精神力が失われた気がする。
「大丈夫? 少し休む?」
やっと恐怖から解放されたが、全身から冷や汗が吹き出し、真っ青な顔をする俺。
「ごめん……。俺ずっと黙ってたね」
フライト中、ろくすっぽ会話もせずにひたすら俯いていたのだ。
「そんなの気にしなくていいから! ちょっと待ってて」
ベンチに座らされ、千尋さんは何処かに行ってしまった。
せっかくの旅行が、出だしから最悪になってしまった。
こんな情けない彼氏嫌って言われたらどうしようか……。
「はい、これ飲んで落ち着いて」
落ち込む俺に、千尋さんは飲み物を買ってきてくれた。
「帰りは別の方法でも良いし、ゆっくりで良いから」
あぁ、なんて出来た彼女なのだろう。
ウルッと来るほど感動しつつ、コーヒーを飲み気持ちを落ち着かせる。
それから少し休んでから、俺達はタクシーに乗りホテルへと向かった。
綺麗で大きなホテルで、料金も高いがいかにも高級そうだ。
チェックインを済ませ、部屋に入ると大きな窓から街が一望できる。
「わぁ~!! 凄いね!」
荷物を置くと、千尋さんは窓まで小走りで向かい外を眺めている。
「夜景とか凄そうだな」
「だねー!」
広々とする部屋。
ソファーに座り、飛行機内で決められなかった観光スポットを話し合った。
「私お腹空いちゃった。海鮮食べよ!!」
「確かに昼食べてないもんな」
「まずこっち行って軽めに食べて、その後はここ行く?」
「あぁ、そうしようか」
その後俺達は旨い飯を食べ、近場の観光スポットを巡り、1日を終えようとしていた。
――夜は夕飯と少しのお酒を嗜み、部屋へと戻って来たときには疲れ果てていた。
「私先にシャワー使っていい?」
「あぁ、いいよ」
キャリーバッグから荷物を取り出し、シャワールームへと向かう千尋さん。
ザァァ――……とシャワーの音が聞こえてくると、妙に緊張し始めた。
今日、ここに2人で泊まるんだよな……。
思わずベッドを見て、ゴクリッと唾を飲み込む。
邪心狩りに疲れて、何度か俺の家にも泊まったことあるし、ベヒーモスの時に同じ部屋に泊まったこともある。
が、その時とは違い、今日は純粋に恋人同士として旅行に来たのだ。
恋人がシャワーを浴びている……そう思うと想像が色々膨らんでしまうのだ。
想像と共に俺の息子も反応してしまい、1人なのに何故か前屈みになってしまう。
「流石に全部ってことは無いだろう……」
「何が無いの?」
ビクッ!!
「あ、あれ? 上がったの?」
俺の動揺具合を不思議そうに見ている。
「? うん、珪太もどうぞ」
「あ、あぁ」
慌てて着替えを持ち、シャワールームへと向かった。
いかんいかん!
まるで下心丸出しじゃないか。
初めて付き合った人だし、本当に大好きだ。
だからこそもっと距離を縮めたいという想いと、大切にしたいという想いが交差する。
自分の邪な気持ちを洗い流すかのように頭からシャワーをかけた。
今日はキスぐらい出来るだろうか……。
もしかしたらそれ以上も……いやいや! 旅行初日にがっつくなんて!!
そもそも俺は童貞だけど、千尋さんはどうなのだろう?
処女……てことはないよな、多分。
年齢的にも今まで彼氏もいただろうし。
てことは、だ。
この年で童貞って引かれるんじゃないか!?
お互い過去に恋人がいたかなんて話はしておらず、千尋さんは俺が童貞だとも知らないはずだ。
黙っていれば分からないか?
いや、バレるだろうな……。
風呂を上がる頃には、俺のテンションは下がっていた。
とてもそんなことをする気分にはなれなくなってしまったのだ。
部屋に戻ると照明を少し落としてあり、窓際に千尋さんがいた。
どうやら夜景を見ているようだ。
「千尋さん?」
「あ、上がったの? 見て見て……凄い綺麗だよ」
千尋さんの隣へ行き、外を見ると目も眩む程綺麗な夜景が一面に広がる。
思わず言葉も出ない程綺麗で、魅入ってしまう。
「凄いでしょ?」
「……あぁ、これは凄い」
すると、千尋さんがグラスを持ってきた。
シャンパンの入ったシャンパングラスを。
「はい」
「ありがとう」
カチンッ……と乾杯し、シャンパンを飲み干す。
「ふふ、夜景見ながらシャンパンなんて贅沢だね」
「本当だな。少し前なら考えられなかったよ」
千尋さんは、俺にピトッとくっつき、腕に腕を絡ませた。
思わず心臓が飛び跳ねる。
これって今めちゃくちゃ良いムードじゃないのか?
俺はグラスを窓際に置き、千尋さんの方を見た。
「千尋さん……」
「なーに?」
ほろ酔いなのか、頬がほんのり染まる千尋さん。
それが妙に色っぽくて、俺は堪らず顔を寄せた。
ゆっくりと近付く顔に、千尋さんはそっと目を閉じる。
静まり返る部屋。
俺は心臓の音がバクバクとうるさい。
チュッ……
と唇が触れたのが分かる。
めちゃくちゃ柔らかい……!!
1度唇を離すと、物足りなそうに千尋さんが俺を見ていた。
「……それだけ?」
「えっ……」
千尋さんは俺の服を掴み、背伸びをしキスをしてきた。
少し長めに唇が触れていると、ニュルッと舌が入ってきた。
ッ!?
突然の事に驚いたが、俺も舌を絡め、徐々に濃厚なキスへと変わる。
夜景をバックに俺達の息は上がり、思わず腰に手を回す。
千尋さんも俺の首に手を回し、1度唇を離した。
「ベッド……行こうか」
あれこれ考えていたことが嘘みたいにすんなりと言葉が出てくる。
先程よりも桜色に染めた頬で俺を見つめ、千尋さんは頷いた。
――ギシッと軋むベッドに横になる千尋さんに、俺は覆い被さりまたキスをした。
チュッ……クチュッ……
絡める舌から卑猥な音が漏れる。
正直、その音でもうどうにかなりそうな程だった。
こうして、旅行初日に俺の首に幸せは絶頂に達したのだった。




