26話
――ボヤける視界の中で知らない女性の声が鮮明に聞こえる。
「お願い! ※※※、死なないでっ!!」
「イヤーッ!! ※※※、※※※! 目を覚まして!!」
必死に誰かの名前を呼び、咽び泣く女性。
俺はそれを下から見ているようだった。
声を掛けられている人の目線なのか?
女性の頬に手を伸ばすと、その手を女性が握り締めた。
「※※※……」
プツリッ――……と、そこで途切れてしまった。
衝撃的な印象に、思わず目を開ける。
「珪太! 良かった……」
千尋さんが俺の顔を覗き込み、俺が目覚めた事に安堵した表情を見せた。
「何だか凄くうなされてて、心配しちゃったよ」
目元を触ると、自分が泣いていた事に気付く。
「夢……見たんだ」
いまだに熱い目頭を、千尋さんに見られるのがなんだか恥ずかしくて覆い隠した。
「夢? どんな?」
体を起こそうとする俺を、千尋さんが支え手伝ってくれた。
「良く覚えてないんだ……。きっと力を使い果たしたせいだな」
「そう……。はい、これ飲んで」
千尋さんは俺に水を手渡してくれ、ベッド上の俺の横に腰を下ろした。
お礼を言い、俺は水を半分程一気に飲んだ。
「そういえば俺、どれぐらい気失ってた?」
「丸一日だよ」
「マジか……」
俺は大きなタメ息を吐いた。
やはり魔力で体力を使い果たすと、回復には時間が掛かるようだ。
「他の3人は? ベヒーモスはどうなった?」
「みんなそれぞれ帰ったよ。ベヒーモスも珪太の一撃で無事に倒せたし、みんな珪太に感謝してたよ」
「そうか、なら良かった」
最後の一撃でも正直倒せるか不安だった。
大きな賭けだった気もするが、致命傷にでもなれば……そう思っていた。
「一応みんなと連絡先交換したんだ。後で珪太にも教えるね!さてさて、お楽しみの時間としましょうか!」
なんだ?と不思議に思っていると、千尋さんは袋から大量の結晶を取り出しベッドに広げた。
「す、凄いな」
思いがけない量に、俺は思わず息を呑む。
「3人にも分けてこの量だからね。どんだけ他のモンスター取り込んでたんだって話だよね」
パッと見ても50個以上はありそうだ。
それを千尋さんと分けても一人あたり20個以上はあるだろう。
「でね、とっておきはこれ!!」
千尋さんが手に持っていたのはベヒーモスのモノであろう大きな薄ピンクの結晶だった。
それは以前人型の邪心が落としたモノよりずっと大きく、握りこぶし程の大きさだった。
「満場一致……とは行かなかったけど、これは珪太に」
「えっ!? 俺が貰っていいの?」
「勿論!」
千尋さんは笑顔で俺に手渡した。
「でも……満場一致じゃなかったって事は反対した人もいたんだろ?大丈夫なのか?」
「リョウがね。でも女性陣みんなからブーイングあって渋々諦めてたよ。珪太の一撃が無きゃ今回は絶対倒せなかったもの。私達女性陣は満場一致で珪太に渡すって決まったわ」
「そ、そうなのか……」
女の人が団結すると男はひとたまりもないからな。
俺じゃなくて良かった……。
「ミカたーん!」
千尋さんがミカを呼び、早速浄化してもらおうとなった。
弱い風と共に現れたミカは何やら怒っている様子だった。
頬を膨らまし、俺を睨み付けている。
「ミ、ミカ、どうしたんだ?」
「どうしたじゃないよ~!! あれほど無茶はしないでって常々言ってるのに!! 力を使い果たして倒せなかったらどうするのさっ!!」
ミカは俺の肩をポカポカと殴った。
「ご、ごめん。でも他にもみんな居たし……」
「まったく!! ボクの寿命が縮んじゃうよ!!」
「天使に寿命とかあるんだな」
「ないよ!! モノの例えでしょ~!! 珪太のバカバカ!!」
ダメだ、今の俺は口を開かない方が良さそうだ。
「まぁまぁ、ミカたん落ち着いて」
興奮しているミカを、千尋さんが宥めるも怒りは収まらないようだ。
「ちーちゃんからも言ってやってよ!!」
「でも今回は珪太が頑張ってくれたおかげで私達はこうして無事に帰って来れたの。だからあまり怒らないであげて?」
「むーっ……」
千尋さんに諭され、ミカの頬は更に膨らむ。
理解は出来るが納得がいかない、そんなところだろう。
「ミカたん、浄化お願いしたいんだけど」
大量の結晶を、ミカはいじけながら1つ1つ浄化していく。
「ミカ、効果を……」
プイッ! とそっぽを向いてしまった。
困り果てた俺を見かねた千尋さんが、冷蔵庫から何かを取り出した。
袋の音にミカの羽がピクッと反応する。
――なんだ?
「ミカた~ん、これなーんだ」
ピクピクッと更に反応したと思ったら一気に満面の笑顔になる。
「プリンー!!」
「これあげるからね、もう珪太を許してあげて?」
「……仕方ないなぁ。今回だけだからね」
じとっ……とミカは横目で俺を見た。
まさかミカがこんなにプリンが好きだとは知らなかった……。
先程までの不機嫌さはどこへやら、ミカは満面の笑みでプリンを頬張る。
プリンを平らげ満足そうなミカは1つ1つ結晶の効果を説明してくれた。
“防御力小”×3
“防御力中”×1
“攻撃力中”×2
“斬撃強化小”×2
“魔法耐性中”×1
“魔力消費小”×3
“魔力消費中”×1
“麻痺耐性中”×1
“恐怖耐性小”×3
“感知中”×2
“俊敏力小”×4
“物理消費小”×1
“打撃強化中”×1
最後の二つは俺や千尋さんには適性しないな。
しかし中アップはなかなか出ないのに想像以上に良い結果だったと思う。
そして……
最後はこの大きな結晶。
「これは……っ!! 凄いよ、珪太!!」
「な、なんだ!?」
「“精神力・体力倍加”だよ!!」
「すまん、具体的に言うと…??」
「精神力は魂の基本!それが倍加するんだ!とんでもない事だよ、これは。おまけに体力まで!! もしも今回と同じ魔力の魔法を使っても気絶しないどころか、その後も余裕で戦えちゃうんだよ!!」
「それは凄いな!!」
ベヒーモスを倒す程の魔法を使っても、気絶しなくて済む……これはかなり大きい。
「めっちゃ羨ましいー!! 良かったね、珪太!!」
「あぁ!! 俺、これからも千尋さんの事守るから!!」
「随分頼もしくなっちゃったねー。よろしくね、勇者様」
ふふっ、と茶化すように笑う千尋さん。
「私も負けてられないなぁ」
俺に触発されたのか、千尋さんもヤル気に満ちていた。
もっと強くなって、俺は必ず千尋さんとこの世界を生き抜く。
そしていつかこの想いも伝えよう。
必ず……。




