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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第四十九話 真実の中で生きたい

「――どうして彼らに秘密にするんだい? 君の行いは間違いなく〝正義〟だ。隠すことはない。恥じることもない。……それでも、やっぱり後ろめたさがあるのかな?」

「……嫌やんか。距離置かれたりしたら」

「それだけ好きなんだね、彼らのことが」


 デスクに腰掛ける貞晴はどこか嬉しそうだった。見透かされたような気がして、紗良々はムッと口を曲げた。でもそれは的確に的を射ていて、言い返すことはできなかった。


 そう、どうしようもなく好きなのだ。彼らが。失いたくないほど大事なのだ。彼らとの繋がりが。

 こんな我が儘で自分勝手な自分を慕ってくれて、どんな苦境も共に歩いてくれて、そして最後には一緒に笑ってくれる。そんな皆が、大好きなのだ。

 だから、本当のことを言ったら嫌われるんじゃないか――そう思うと怖くて、ずっと打ち明けられずにここまで来てしまった。


 ターヤンと出会ったのは偶然ではない。ターヤンを鬼人へと至らしめた怪力の餓鬼――『酷鬼(こっき)』と呼称されるあの餓鬼は、A級の餓鬼――つまり、特A級に指定される三色鬼(みしきおに)には及ばないものの十分に警戒が必要なほどの力を持つ餓鬼として分類されている。その酷鬼が鬼人をつくった可能性があるという情報を受け、約三年前のあの日、紗良々が派遣された。そして、ターヤンが母親を襲おうとしたあの瞬間に出会したのだ。


 その時の紗良々の使命は『可能な限りターヤンを鬼人にさせないこと』だった。つまり保護に近い。『近い』というのは、最終的な目的が必ずしもターヤンの身を守ることにないからだ。鬼人になった場合は〝危険な力を持つ鬼人〟として警戒対象に切り替わる。場合によってはターヤンの抹殺さえあり得た。そんなものは保護とは言えない。〝監視〟だ。


 結果としてターヤンは鬼人となり、完全な〝監視対象〟になった。そしてその後のことと言えば、都合良く、流れで共に行動するようになった。悪く言えば、ターヤンの好意を利用した――


 後ろめたさがないはずがない。知れば知るほどに、彼はただ真っ直ぐに、誠実な男だったのだから。餓鬼に呪われるという悲劇に見舞われながら悲観することなく、力を手にしたからといって傲慢にもならず、ありのままに鬼人という生き方を謳歌していた。


 紗良々のこととなると周りが見えなくなり、すぐに頭に血が上ってしまうという欠点もある。行き過ぎたことをしでかすこともある。だが、それも〝人間の範疇で〟だ。鬼人として、鬼の力を悪用した危険な行為はただの一度もなかった。


 だからターヤンの〝監視対象〟はとっくに解かれていた。半年もしないうちに。でも、その後も共に過ごした。何も打ち明けられないまま、ずっと。


 そうしているうちに一年が経ち、暮木と出会った。


 暮木もターヤンと同じだった。偶然出会ったのではなく、出会うべくして出会った。暮木の場合、〝監視対象〟どころか〝処罰対象〟だったが――


 暮木は鬼人を殺して回っていた。情報を受けて派遣された紗良々はターヤンと共に現地に向かうと、真紅の刃を振り下ろし、まさに鬼人へとトドメを刺そうとする暮木と遭遇した。


 その業血を紗良々の(いかづち)が砕き、ターヤンが暮木を殴り飛ばした。襲われていた鬼人を背に守るように割って入り暮木を見据えると、彼は静かに紗良々とターヤンを睥睨(へいげい)した。冷たい目――いや、感情のない目だった。

 その目のまま、彼は指をさした。紗良々の、その後ろへ。振り返ると、鬼人が食らいつこうと大きな口を開けていた。紗良々は不意打ちにより反応が遅れたものの電流を放とうとした。だがそれよりも早く、鬼人の首が落ちた。殴り飛ばされながらも地面に忍ばせていた暮木の業血が死に神の鎌となり、鬼人の首を両断していた。


 余計なことをするな――抑揚のない声でそう言い残して、暮木は静かにその場から去った。その後の調べで、暮木の殺した鬼人が常習的に人を食い殺していた〝処罰対象〟の鬼人だったことが判明した。それも、生きたままの相手を喰らうことを好む狂人だった。貞晴は『次の処罰対象として依頼するつもりの男だった』と、そう説明してくれた。


 その後、紗良々は暮木をストーキングした。まだ完全に疑いが晴れたわけではない――という理由もあったが、純粋に気になっていた。この男がどんな男なのか。

 ターヤンと二人でサングラスにマスクをして、時に探偵帽を被って尾行した。そんなおふざけ半分でバレバレの尾行をしてくる二人に、暮木は呆れた溜め息を吐いてくることもあった。


 ストーキングは一ヶ月に及んだ。その間に暮木は三人の鬼人を殺めた。どの鬼人も快楽殺人を繰り返すような、いずれ鬼人対策係によって〝処罰対象〟の認定を下されたであろうことは明白な輩だった。


 きっとこの男は志を共にしてくれる――そう思った紗良々は、暮木に声をかけた。


 一緒に鬼人のいない世界をつくらんか、と――



「……言えるわけないやん。本当は殺すつもりやったなんて」


 蓮華とターヤンについては、根底にはこんな世界に招き入れたくないという想いもあった。でも――少しでも殺すことが頭にあった。それが鬼人対策係としての紗良々の〝務め〟だったから。


「でも言わないままだとどんどん苦しくなるだけだ。紗良々ちゃんが本当の仲間としてこれからも彼らと過ごしたいなら、打ち明けるべきじゃないかな」

「簡単に言うなや。他人(ひと)事だと思って」

「違うよ」


 貞晴はコーヒーに一口だけ口を付けて間を置いてから言った。


「僕はね、嘘を悪だとは思わない。嘘は、バレるから嘘になる。バレない嘘は、もう一つに真実になるんだ」

「なんやそれ」

「そのままだよ。自分にとっての嘘は、バレない限り相手にとっての真実ということさ。だから嘘を嘘として貫き通すことができるのなら、それでもいいと思う。そこに悪意がなければ、それも一つの優しさだと思うから。……でもね、そうやって真実に近づけた嘘が嘘だとバレてしまった時が、一番怖いんだ。相手と自分をより一層傷つけてしまうから」


 紗良々は静かにそれを聞いて、少し視線を落として、ブラブラと足を遊ばせた。


「だから、打ち明けるなら早めの方がいい。逆に打ち明けないのなら、墓場まで持って行くべきだ。君は、この極端などちらかの覚悟を決めなきゃならない。どちらにせよ辛いことだ。他人事になんてなれないよ」


 どちらかの覚悟……どうすれば。


 このまま嘘を貫いて、後ろめたさと罪悪感に苛まれながらもう一つの真実の中を生きる――そうすれば、自分が苦しむだけで皆は傷つかない。でも、そんなの、皆との関係そのものが虚構になってしまうのではないだろうか――


「っていうか、紗良々ちゃんは嘘がヘタなんだからこの綻びを嘘で繕うのはもう無理でしょ」

「うぐっ……!」


 ニコニコした顔でズバリと言い放った貞晴には腹が立ったが、ぐうの音も出ない。


「少し意地悪をしてしまったね。話を変えようか」


 貞晴はコーヒーカップを置き、デスクの上で手を組んだ。


「餓鬼教の言っている『天冠の日』について、なにか新しく掴んだものはないかい? 情報があまりにも不足している」

「せやなぁ。今のところわかっていることと言えば『王位継承戦と関連がある』っちゅうことくらいしか――」



「『静寂せし世界に黒き太陽が昇りし時、紅き魂交わりて冥界の門は開かれん』」



 突然響き渡った第三者の声に、紗良々は影無を具現化して構え、貞晴はデスク裏に隠されていた拳銃を引き抜いた。そして振り返って声の主を見つけた紗良々は驚きに目を瞠って影無を下ろした。


「……どうしてここにおるんや、麗」


 入り口に佇んでいたのは、あどけない笑みを浮かべる少女――麗だった。

 紗良々の様子を見て敵ではないと察したのだろう。貞晴も拳銃を下ろした。


「紗良々ちゃんの知り合いかい?」

「ああ、そんなところや」

「驚いたね。ここの警備をかいくぐってくるなんて」

「ごめんなさい。透明化の力を使ってこっそり入ってきちゃった」


 簡単なことのように言った彼女に、貞晴は苦笑いを浮かべて「警備を見直さなきゃね」と呟いた。


「それで、麗。なんやさっきの言葉は」

「『天冠の日』とかいうやつについてだよ。私に催眠をかけた梶谷って人がそう言っていたの。何のことかはさっぱりなんだけど」

「黒き太陽に、冥界の門……」


 貞晴はそのワードにとっかかりを覚えるようにぶつぶつと繰り返した。


「って、それどころじゃなくて!」


 麗は思い出したように慌て始めた。


「紗良々さん! 大変なの! 大変なの! だから私、早く伝えなきゃと思って愛奈に紗良々さんの居場所を探知してもらってここまで来て、えっと、えっと!」

「なんやなんや。落ち着けや。はい深呼吸」


 麗は胸に手を当ててすぅっと大きく息を吸って、吐いた。


「……蓮華さんたちが餓鬼教の教会にいます」

「なんやて!? どういうことや!」

「蓮華さんに綺麗な女の人のお客さんが来て、二人で出かけていったんです。でも、その女の人は餓鬼教に催眠で操られていたらしくて……餓鬼教の教会に誘い込まれていきました。あの様子だとたぶん、女の人は蓮華さんの知り合いで、人質に取られているんじゃないかな……」


 蓮華の女の知り合い――頭に浮かんだのは一人だった。友好関係の狭い蓮華で考えられるのはそれくらいしかいない。あの幼馴染みしか――


 紗良々は首が折れんばかりに振り向いて貞晴を睨んだ。


「どういうことや!? あの小娘にはアンタの護衛がついとったはずやろ!」

「そんな馬鹿な……。僕の傀儡が破壊された様子はない。どうやって……」


 そこで貞晴は気がついたように顔を苦く噛みつぶした。


「そうか……丈一郎だ。彼が僕の傀儡を破壊せず〝凍結〟させたんだ。あそこに配備した傀儡は単純な命令に沿って動くだけのオートタイプ。破壊されれば鬼の力が解除されて気がつけるけど、凍結させられただけだと気がつけない。まさか、彼はそんなことまで計算して僕の傀儡と戦ったっていうのか……?」

「もうなんでもええわ! 麗! そこまで案内頼む!」

「はいっ!」


 二人は出入り口に駆け出して、しかしその背中に貞晴は「待ってくれ」と声をかけた。


「これは僕の失態でもある。力を貸そう」


 貞晴が指を鳴らすと、部屋を取り囲んでいた本棚がガタリと音を立て、床下に吸い込まれていった。そして本棚の後ろから(あらわ)になったのは、物々しい空気を放つ四体の鎧武者だった。魂のないはずのそれらは、しかし目に鈍い光を宿したかと思うと、(おもむろ)に立ち上がって一歩を踏み出した。その体の周囲には黒い(もや)のようなものが漂っている。


「僕のとっておきだ。もう失望させないよ」

「助かるわ」

「それでも十分に気をつけるんだよ。……それと、彼らに会うことになるけど、どうするんだい?」


 紗良々はドアノブに手をかけて、止まった。でもそれは、迷いの間ではなく決意の間だった。


「……どうせ嘘はもう無理や。せやけどそういう問題やなくて、ちゃんと打ち明けようと思うわ。このままやと、偽りの関係みたいで嫌やから」


 彼らとは本当の真実の中で生きたい。打ち明けた結果嫌われてしまったら、それを受け止めよう。罵られたって仕方ない。因果応報だ。自分はそれだけのことをしてきたのだから。


 貞晴は満足そうに微笑んだ。


「それでこそ紗良々ちゃんだ」


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