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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第四十五話 心の隙

「こっちの世界は本当に誰もいないんだね。東京貸し切りじゃん! 贅沢ぅ~」

「うん」

「あ、ってことは、こっちで遊園地行けば貸し切り!? うわーすごーい! セレブみたい! 一度やってみたかったんだー!」

「うん」

「そういえば、こっちのコンビニとかでお菓子食べたりしたらどうなるの? 普段の世界の方で急に商品がなくなっちゃったり!?」

「うん」


 穂花の冗談めかした話なんて全く頭に入ってこなくて、蓮華は空返事を繰り返した。星の無い闇空の下、斜め前を歩く彼女の足取りはこんな時でも軽快だった。


「元気がないじゃないですか、少年。せっかく久しぶりに会えたっていうのに」

「……うん。いや、正確にはちょっと前に会ってる……だろ……?」

「ちょっと前? 何それ? 何分何秒地球が何回回ったとき?」

「小学生か……。って、ふざけてる場合じゃなくて。ほら、僕が、その……暴走していたときにお前が……」

「何のこと?」


 穂花は本当に覚えがないようにきょとんとした顔で振り返った。

 まさか、幻覚だったのだろうか。だとしても、ならどうして、こんなにタイミング良く穂花が目の前に……。


「……なあ、どういうことなんだよ? どうしてお前が、ここに……」


 困惑をそのままぶつけた蓮華に、穂花は笑った。寂しく陰りのある笑みで。


「餓鬼に呪われて、鬼人になって、人しか食べられなくなった。満たされることのない空腹と喉の渇きに襲われて、体の成長まで止まって、普通の人間として生きられなくなった。だから、消えた」


 蓮華は動揺を隠せず瞳を揺らした。


「お前、どうしてそんなことまで……!」

「知ってるよ。全部……知ってる」

「そんなことっ、誰に!」

「べつにいいじゃん。今は()()()()()

「そんなことって、お前……!」

「あれれー? 蓮華が自分で言ったんだよ? そんなこと、って」

「お前のはニュアンスが違うだろ! そんな、どうでもいいことみたいな……!」

「どうでもいいことだよ。私がここにいる経緯なんて。大事なのは、私と蓮華がこうしてまた会えたことだもの」

「それのどこが大事なことなんだよ! 僕となんて、もう二度と会うべきじゃ――」


 勢い込んで言い掛けて、蓮華はハッと言葉を飲み込んだ。ヒビの入ったグラスのように、穂花の瞳の奥がひどく傷ついていた。


「……どうしてそんなこと言うの……。何も言わずに勝手にいなくなっちゃって、私がどれだけ心配したと思ってるの……!」

「だって、それは、僕はお前を巻き込みたくなくて、だから……!」


 蓮華は言葉にできない思いを吐露して、でも穂花は「じゃあ」と切り込んだ。


「私と蓮華が逆の立場だったら、蓮華はどう思った?」


 たったその一言に、自分の間違いを気付かされた気がした。

 もし――もし立場が逆だったら、きっと、いや絶対に――怒っただろう。心配になって、不安になって、寂しくなって、世界中を探し回ってでも見つけ出したかもしれない。そして、どうしてこんな勝手なマネをしたんだ――と怒ったに違いない。

 巻き込みたくないだなんて、そんな寂しい優しさは――欲しくない。


「それが答えなんだよ。優しさは、人を傷つけることもあるんだよ」


 それは、いつしかの学校の屋上で丈一郎に言われたことに似ていた。また、同じ過ちをしてしまったらしい。穂花のこととなると、余計にそういう行動を取ってしまう傾向があるのだろう。

 大切な、傷つけたくない人だから。


「……ごめん。でも僕は、本当にお前をこんな世界に巻き込みたくなかっただけで……」

「わかってるよ。蓮華は優しいもんね。でも、大切な人が急にいなくなって、心配しないわけないじゃん。巻き込んで欲しいんだよ。一緒にいたいんだよ。だから私は、迷わず来たの」


 蓮華がとても口にできないようなことをストレートに言う穂花に、蓮華はボッと顔が上気して頭を掻いた。


「……でも、だからってお前、誰からそんな話を聞いて、どうやってヘルヘイム(ここ)に――」

「例えば」


 穂花はまた前を向いて歩き始めた。


「例えばだけど、すごく心のガードが堅くて一歩も踏み込めない人がいたとして、その人の心のガードを突破するにはどうすればいいかな?」

「は? 急に何の話だよ……」


 蓮華は困惑しながらも穂花の後をついて歩いた。穂花はお構いなしに話を続けた。


「その人と多くの時間を一緒に過ごせば仲良くなって、心も打ち解けてくるかもしれない。でも時間をかけずにやるなら、その人の好きな物をプレゼントするみたいに、物で釣る作戦もあるよね」

「物で釣るって……嫌な言い方だな」

「蓮華ならどうする? そうだね……例えば、まだ話したこともないけど一目惚れしちゃった意中の相手を、どうしても()()()()()()とき」


 なんだか違和感があった。穂花らしくない言葉……言い回しだった。


「……そういう経験がないからわかんねぇけど……取り敢えず話かけるんじゃないか?」

「んー、普通だね。じゃあ、気軽に話せない関係だったら? あるいは、絶対に友好的な関係を築けない相手、だったら?」

「……さっきから何を言ってんだよ?」

「この問題はね、実はとっても簡単なの。その人の一番大切なものを奪えばいいんだ」

「は……?」


 わけがわからなかった。ただ、様子がおかしいことだけはわかった。

 だが、次の瞬間に意味を理解して背筋が寒くなる。

 穂花が階段を上っていく。その先にあるのは――教会だった。


「その人の一番大切なものは、その人の一番の弱点なの。だから、それを奪えば簡単に心を崩せる」


 上り切った先で振り返って蓮華を見下ろしながら言う彼女の瞳は、不気味な赤色の光を宿していた。そしてそんな彼女の横には、黒い祭服に身を包んだ男がいた。


「そんな……!」


 胸に冷たいものが走って、蓮華は弱々しく言葉を吐く以外なかった。


「おやおや……いけませんね。心が隙だらけですよ、蓮華さん」


 祭服の男――梶谷は歪んだ笑みを向けて、目を赤く光らせた。その瞬間、深い眠りに落とされるように蓮華の意識が遠退いた。


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