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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第四十四話 あるはずのない花

 微睡みの中から意識が覚醒していく。目を開けると、そこには見知った薄暗い天井があった。ふかふかのベッドに、温かい掛け布団。拠点にしているヘルヘイム側のマンションの、紗良々の寝室のベッドだった。


「あれ、どうして紗良々のベッドに……」


 蓮華は体を起こして頭を抱えた。記憶が曖昧だった。頭がぼやけている。なにか重大なことがあった気がするのに、思い出せない。

 辺りは妙に静かだった。それはヘルヘイムなのだから当然ではあるのだが、しかし紗良々たちの気配さえない。みんな外出しているのだろうか、と不思議に思いながらベッドから起き上がって、恐る恐るリビングへと顔を出した。

 ターヤンと暮木が目に入った。ターヤンはソファーに腰を落として項垂れている。暮木も、ターヤンと対面するようにソファーに腰掛け、腕を組んでいた。明かりもつけずに佇む二人は、気配も感じられないほど静かだった。


「ターヤン……? 暮木さん?」

「アア、蓮華。起きたのカ」


 項垂れたまま、ターヤンは覇気のない声で答えた。とても異様な空気だった。


「どうしたんだ……? こんな、暗くして……」


 二人は何も答えなかった。蓮華は嫌な動悸がした。自分が何か重大な過失を犯している。そんな確信が心のどこかにあった。


「……紗良々は……どうしたんだ?」

「サア。ボクらがここに帰ってきた時には既にキミがベッドで寝ていテ、紗良々たんの姿はなかっタ」


 理解出来ていないのに、不安が胸に染みを作っていく。体だけは何かを察しているようだった。

 そういえば、と、辺りを見回して異変に気がつく。


「浩太郎たちは?」

「追い出したヨ」

「追い出した? どういうことだよ……?」

「危険だからサ」


 蓮華の胸が激しく脈動を打った。


「……危険……だから僕たちが守らないと……」

「違ウ。ボクらといる方が危険なんダ。だから追い出しタ」

「僕たちといる方が……?」


 息が詰まるようだった。答えを聞きたくない。そんな気さえしてしまうほどだった。


「覚えていないのカ? キミが昨晩、街で何をしたのカ」


 頭痛が掠めた。フラッシュを焚いたように、夜の街を焼き尽くす炎が見えた。その街を生み出したのは、他でもない、バケモノに意識を飲まれた自分自身だった。


「……そうだ……。向こうで菜鬼が現われて、紗良々の呪術でこっちに逃げてきて、でも、菜鬼も一緒に連れてきちゃって……それで……」


 次第に思い出してきた。自分が、何をしてしまったのか。


「そうカ……そういうことだったのカ。つまり、キミは菜鬼から東京を守ったんだナ」

「どこがだ! あんなの、守ったなんて言えるわけ……! それに、僕は人まで喰おうと……」


 そこでハッとした。最も重要なことを思い出した。

 ――そうだ。あの時僕を止めてくれたのは、紛れもなく……。


「それで、結局紗良々は無事なのか?」

「え? ああ、たぶん大丈夫……なんだと思う」


 暮木の声で色々な動揺から覚めて、あやふやな答えを口にした。実際、蓮華だってわかっていない。一見いつも通りに見えた紗良々の姿だったが、怪異墜ちとやらでどんな影響が出ているのか。


「そうカ……良かっタ……」


 心底安堵したようにターヤンは息を()いた。


「ずっと心配していたンダ。どうやら餓鬼教に狙われていたのは麗だけじゃなかったらしくてネ。ボクらを狙って餓鬼教の刺客が現われて戦闘になったンダ。浩太郎たちを追い出した理由はそれもアル。餓鬼教に狙われているのがボクらだとわかった以上、一緒にいると(かえ)って危険ダ。彼らには『じゃあ一緒に戦います』なんて反対されたケド、ボクとしては正直それどころじゃないシ、押し切って追い出したヨ」

「俺たちを襲撃した餓鬼教の男の話によると、紗良々と蓮華のところにも刺客が向かっていたらしいが、見たか?」

「僕たちのところに……? いや、僕はそんな奴見てないけど……」


 蓮華が見たのは餓鬼の群れと菜鬼だけだ。東京に戻ってからは暴走してしまい……紗良々と別行動になってしまった。考えられるとしたら、その時に紗良々が襲われていた可能性はある。


「そうカ……。何にせヨ、紗良々たんが無事なら良かっタ」


 ターヤンは少し憑きものの落ちたような顔になったが、しかし依然として晴れない顔だった。


「その紗良々はどこにいったんだ?」

「さあな。さっきもターヤンが言ったが、俺たちがここに戻ってきた時にはもう蓮華がベッドで寝ていた。紗良々が蓮華をここに運んだんだ。そして……消えた。おそらく、俺たちが見てはいけないものを見たから」

「見てはいけないもの?」

「ボクらが現場に駆けつけた時、気絶したキミと傍らに立つ紗良々たんが警察に囲まれていタ。その中には物々しい特殊部隊のような連中もいタ。紗良々たんハ……その特殊部隊のボスと思しき人物と繋がりのあるかのような会話をしていたんダ。蓮華について何かを報告していたような話だったシ、そいつは紗良々たんのことを知り合いとも言っていタ」

「紗良々に……警察と繋がりが……?」


 (にわか)には信じがたい話だった。そもそも、それはつまり、警察組織が怪異を認知していることになる。

 一般人が知らなかっただけで、本当は国も怪異の存在を知っていたということだろうか。そして陰陽師のように、それに対抗する組織が秘密裏に構成されていた。現代的に、警察という組織の一部で。

 飛び抜けた話だったが、しかしもしかしてと思う部分もあった。どこで調達してきたのかわからないスマホ。どこから湧いているのか不思議だった資金。それらが警察から支給されていたと考えれば、頷けないこともない気がした。


「ターヤンたちも、そのことは知らなかったのか?」

「ああ、もちろんだ。そんな組織が存在することすら知らなかった」

「……ボクらハ、紗良々たんに信用されていなかったのカナ……。あるいハ、警察から指示されているような何かの監視対象だったのカナ……。そう考えるト、なんだか落ち込んできちゃってサ」


 ターヤンは盛大に溜め息を吐いた。

 紗良々に限ってそんなことはないと信じたかった。いや、紗良々がそんな嘘をつけるような奴じゃないことを、出会ってまだ間もない蓮華だって知っている。彼女は、相手のために優しい嘘を使うことはあれど、相手を貶めるようなことは絶対にしない。だから、何か理由があるのではないだろうか。


 暗澹とした空気の中でそんな気持ちの揺らぎを覚えていた時だった。こんこん、と窓をノックする音が響いた。


 紗良々が帰ってきたのだろうか。そんな期待が一瞬で過ぎって、全員が音の方へと反射的に振り返った。

 誰もが驚愕に目を見開いた。その中でも蓮華は、開いた口も塞がらず、呼吸も忘れるほど衝撃を受けた。そして、やはりあれは幻ではなかったのだと確信させられた。

 そこにいたのは、本来あるはずのない笑顔。


「……ほの、か……?」


 窓の向こうに立つ少女は、太陽を追いかける花のように笑みを咲かせて手を振っていた。


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