第四十三話 鬼人対策係
警視庁本部庁舎地下十階にその本部は存在した。『警視庁鬼人対策係』――その名の通り鬼人の起こす犯罪を取り締まる、警視庁に存在する秘密警察の一つとなっている。その係長室で、紗良々はふてぶてしくソファーに座って目の前のテーブルに足を投げ出していた。
「いやぁ、さっきはキツい態度を取ってごめんよ、紗良々ちゃん」
オールバックで固められた髪型の生真面目そうな男は猫なで声で言って、一杯のココアを紗良々の前のテーブルに置いた。そして胸元のポケットから取り出した小瓶から一滴の赤い液体を垂らし、スプーンでかき混ぜた。同じように、彼は自分の分のコーヒーを準備して、それを一滴垂らして混ぜてから口を付けた。
「ふん。鳥肌立ったわ。普段のアンタ知っとると、仕事中のアンタの姿が可笑しくってたまらんわ」
「あはは。ごめんよ。僕も面子ってもんがあるからさ。皆の前ではちゃんとしないといけないんだよ。これでも『特殊鎮圧部隊』の部隊長だからね。威厳を保たないと」
この部屋の主――つまるところ、鬼人対策係の係長である不道貞晴は繕った笑いを浮かべて言った。紗良々を責め立てた時とは別人のような口振りだった。
「けれど、僕が出なければ今頃紗良々ちゃんたちは射殺されていた。危ないところだったんだよ。感謝して欲しいところかな」
「……べつに自分でどうにでもできたわ。恩着せがましい」
強情な姿勢を崩さない紗良々に、貞晴はやれやれと笑いを零した。
「僕らは万能じゃない。どこでも誰でも守れるわけじゃないんだ。あんまり無理をされるのは心配だよ、紗良々ちゃん」
「そうやっていつも逃げ道を作っとるんやろ。そういうところが嫌やねん。それに、いつまでも子供扱いすんなや」
「……ごめんよ」
何についての謝罪なのか。きっと、全てを含んだものなのだろう。彼はいつもそうだった。紗良々の八つ当たりも真っ正面から受け止め、何一つ文句を言うことなく最後には頭を下げる。そういうところも、紗良々はイライラした。そして、八つ当たりしてしまう未熟な自分にも。
むしゃくしゃして、紗良々はココアを一気に飲み干す。控えめな甘さが喉の奥に溶けていった。
「それにしても、本当に大丈夫なのかい? 緋鬼の鬼人……蓮華くんの暴れっぷりは、とても容認できるものではなかったよ。もし次も同じようなことがあれば――」
「蓮華に手ぇ出したら殺す。いくらアンタでもな」
紗良々から殺気のこもった眼光を向けられ、しかし貞晴は可笑しそうに笑った。
「ずいぶんと入れ込んでいるんだね、彼に。惚れているのかい?」
「な――っ!?」
紗良々の顔が一気に上気した。
「ななな、なんでそうなるんや! どいつもこいつも!」
「あはは。図星だね。どいつもこいつもって、他の人にもバレているのか。感情に一直線な紗良々ちゃんらしい」
「うっさいわ。貞晴のくせに生意気な」
見透かされたようでなんだかムッとして、紗良々は赤い顔を膨らませてムスッとして見せた。
「けれど真面目な話、彼については慎重に動いて欲しい」
貞晴の声は冗談の孕まない真剣そのものだった。
「緋鬼は街を簡単に滅ぼせるほどの力を持つ特A級の餓鬼だ。そんな力を受け継いだ鬼人……つまり、個人で街を滅ぼせるほどの力をもつ存在は、脅威でしかない。自分の意思ではないとはいえ、あんな事態になっては僕たちは動かざるを得ないんだ。そこのところはわかってくれるかい?」
紗良々は何も言えず、目を合わせず口を閉ざした。わかっている。貞晴が正しいことも、自分の身勝手に付き合わせていることも。
そんな紗良々を見て、貞晴は含み笑いを零した。
「それに、あの緋鬼に食べられて力を回復されても困る話だ。ここ百年以上は緋鬼が表の世界で暴れた記録はないけれど、表の世界に出てこないという確証もない。そうなった時のためにも、緋鬼に回復されることは避けたい」
「それが困るんはウチも同じや。そんなことにはさせへん」
「助かるよ。大変な思いをさせてしまってすまないね」
「ホンマや。アンタのせいでこっちは大迷惑やっつうの。帰ってからどう説明したらええんや……」
憂鬱として天井を見上げた紗良々を、貞晴は悲しげに細めた目で見やった。
「まだ皆には秘密にしていたんだね。紗良々ちゃんがこの組織の一員だってこと」