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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第三十六話 彼の使命

 ガフタスが胸の前で両拳を叩き合わせるとまるで鉄をかち合わせたような轟音が響き、次いで彼は全身に力を込めるように肉体を震わせる。すると彼の腕が、背中が、脚が、みるみる膨張を始めた。

 彼の纏う黒い祭服が破けんばかりに張り詰めたころ、元々ガタイの良かった彼の体は人間離れした筋骨隆々の肉体へと変貌を遂げる。


「驚いたナ……。ボクと同じ力の持ち主に出会うのは初めてダヨ。なんダカ……胸が高鳴っちゃうナァ!」


 フンッ、と鼻息を荒げてターヤンも全身に力を込める。体格が一回り以上大きくなり、弛んでいた脂肪だらけのだらしない体が引き締まって鋼のような筋肉が露出。戦闘モードへと変身を終える。

 そのターヤンの変貌する様を見て、ガフタスは一瞬目を丸くした。


「貴殿もわたくしめと同じ鬼の力を……。なんたる不幸……なんたる悲劇……! わたくしめは珍しき同胞すらもこの手にかけねばならぬとは……!」


 彼はキツく瞼を閉じると、一筋の涙を流し始めた。対して、ターヤンは怪訝に顔をしかめる。


「勝手に同胞扱いしてんじゃネーヨ。虫唾が走ル。それにキミ程度とボクを同格にしないで欲しいネ。教えてあげるヨ、格の違いってやつヲ。そして思い知るとイイ。キミがただの黒豚だってことをネ」

「なんと口汚い言葉……なんと悲しき男か……! わたくしめは貴殿らの命を奪うことに涙しているというのに……!」

「キミが勝手に泣いただけダロ。ウザいナァ。それにさっきから自分のこと(へりくだ)ってるようでちょいちょい上から目線なのもウザいネ。まるで既にボクらに勝った気でいるかのような言い方ダ」

「そうだとも……。わたくしめは負けない。負けることが許されない。そして、喩え敵であろうと相手を敬う心は忘れない……! そして悲しみを知るのだ! 等しく尊厳を持った命を奪うことに! それが〝命を奪う者〟の最低限の義務であろう! だからわたくしめは涙しながら詫びを述べる! ああ、神よ! 罪深きわたくしめをお赦しください……!」


 ガフタスはその大木のように逞しい腕を大きく広げ天を仰いだかと思うと、次の瞬間に地面を強く踏み込む。その踏み込みは屋上の石畳の地面を粉々に粉砕し、彼の巨体を驚異的な速度で撃ち出す。

 体格からは想像を絶する彼のロケットスタート。気がつけば、ターヤンの眼前で黒い悪魔が腕を振り上げていた。ターヤンは目を見開き、咄嗟に腕を構えて守りを固める。

 爆発音にも似た衝突音が轟いた。ターヤンの腕のカードはガフタスの砲丸の如き拳を受け止める。しかし、ガフタスの猛攻はそれに留まらない。


「陳謝……ッ! 陳謝陳謝陳謝陳謝陳謝陳謝ァ!」


 狂ったようにそれを叫びながら、まるでサンドバッグのようにターヤンを殴りつける。


「グヌゥ……ッ!」


 重い。一発一発が重すぎる。骨が軋む音が響き、ターヤンの体が押されていく。

 暮木が業血の大剣を生み出し斬りかかって救援を試みるものの、猛打の合間に繰り出されたガフタスの肘打ちにより大剣が大破。大剣は業血の欠片となって散った。

 そして、


「陳謝陳謝ァ! ただひたすらにッ――陳謝ァ!」


 トドメの一撃とでもいうように、ガフタスの大きく振りかぶった拳がターヤンの腹を叩く。


「グフ……ッ!?」


 太鼓を破ったような轟音が轟き、ターヤンは口から血塊を零す。そのまま勢いに押され、ターヤンの巨体が軽々と突き飛ばされた。

 屋上から突き飛ばされたターヤンは弾丸のように風を切って空を飛び、隣のビルに衝突。窓をぶち破り、いくつかの壁も破壊して、そこでやっと勢いが止まった。


「ゴフッ……。ハハハ。まいったナ……。強いゾ……」


 あまりのダメージにもう一度血を吐き出して、よろめきながら立ち上がる。イエロースネークの騒動から連戦状態なのも痛い。肉を喰って血や傷は回復済みとは言え、疲労が蓄積されていた。

 どうやらターヤンの転がり込んだそのビルはオフィスビルだったらしい。デスクやイス、パソコンや雑多な資料などが盛大に散らばっていた。そして追従するように、ターヤンの破った窓からガフタスが飛び込んでくる。建物を揺らす勢いで着地した彼は、その荒れ果てたオフィスを闊歩してターヤンへと歩み寄る。

 さらにその背後へと追いついた暮木が再び生成した業血の大剣を両手で構え、助走をつけてフルスイング。背後から狙ったそれは、ガフタスの首を刈る軌道を描く。だが、暮木は双眸を驚きに見開いた。

 背後を確認することもなく、ガフタスは片手で暮木の大剣を受け止めたのだ。彼に掴まれた大剣は暮木がどんなに力を加えようとびくともしない。


「悲しきことに、これが力の差だ。人とは生まれ持って平等に尊厳を与えられる。だがその実、人間とは不平等な生き物なのだ。財力、権力、身体能力、容姿、運……どうしても埋められない差がそこに存在する。故に、人間はせめて〝尊厳〟だけは平等に保とうと努めるのだ。諦めよ。貴殿らとわたくしめではあまりにも力の差がありすぎる。わたくしめは、これ以上貴殿らの尊厳を踏みにじりたくはない。せめて安らかに殺されてはくれないか」

「ハン……。そう言うならそもそもボクらを殺そうとしなきゃいいダロ。言ってることがめちゃくちゃダヨ」

「それは出来ぬ」


 ガフタスの掴む業血の大剣に亀裂が走る。


「貴殿らの抹殺……それはわたくしめに与えられた使命。悲しき使命だ。だが、使命は全うせねばならない」

「ボクらの抹殺ダト……?」


 彼から紡ぎ出された違和感の残る言葉に、ターヤンは思わず眉をひそめる。


「どういうことダ……? キミの目的は麗をもう一度攫うことじゃないのカ?」


 ターヤンの問いに、ガフタスも同じように不思議そうな顔をする。


「レイ……? 何のことだ?」


 そして、次に彼が放った言葉に、ターヤンの全身の血が沸き立った。


「わたくしめの使命は緋鬼の鬼人を除くオーガキラーの抹殺。貴殿らの主人……紗良々という少女は綾女様自らが手を下しに向かっている」


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