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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第三十三話 遠い星空

 紗良々の要望で本堂の屋根の上へと飛び乗り、腰掛ける。やはり外は風が冷たい。紗良々の体を冷やさぬよう、蓮華はまた手を握って熱を送りながら紗良々と共に夜空を見上げた。


「やっぱこっちの空は綺麗やなぁ……」

「東京じゃ星空なんて見えないもんな」


 この寺は人里離れた山中にあるからだろう。夜空にはまるで宝石をちりばめたみたいに無数の星粒が煌めいている。

 ふと、蓮華は胸を焦がすような懐かしさと恋しさに襲われた。生まれ故郷の夜空に似ていると思ったのだ。当たり前のようになんでもない日常を消化していた、あの頃の空に。

 あの頃は近くに感じた星空が、今はこんなにも遠い。少しセンチメンタルな気持ちになった。


「なあ、蓮華はどんな食べ物が好きなんや?」

「好きな食べ物? どうしたんだよ急に」


 突拍子もない話題に疑惑を覚える。鬼人の体になってから食べ物関連の話題を振られることなど初めてのことだ。


「いんや、なんとなく。そういえばアンタとそういう話したことあらへんかったなー思て。ちなみにウチは苺が好きや」

「あー、なんかイメージ通りかも」

「苺がウチのイメージなんか? ウチってそんなきゃぴきゃぴした女子に見えるんか?」

「いや、髪が赤いから」


 単純な理由だった。紗良々も呆れている。


「あとはピザも好きやし、ラーメンも好きやな」

「そこはお好み焼きとかもんじゃ焼きとか、関西方向で攻めろよ……。関西弁キャラなんだから」

「ウチ、そんなん食ったことあらへんもん。それに言うたやろ。ウチは関西になんて行ったこともあらんて」

「設定の甘いエセ関西人だな……。でもまあ、ラーメンは僕も好きだったよ。特に真夜中に食うラーメンとかなぜかうまいよなぁ」


 最近食べていないからか、思わず『だった』と過去形で話していたことに気がつく。もう人間の頃の自分はどこかに行ってしまったのだろうかと寂しくなった。


「そんなら今度ターヤンにお願いしよか。インスタントになってまうけど」

「お、いいな。へたなラーメン屋のラーメンよりインスタントのがうまいし、僕は全然好きだよ」

「プヒヒ。決まりやな」


 いつ以来だろうと思った。食に楽しみを抱くなんて。


「あとは何が好きなんや?」

「そうだなー……。僕、あんまり熱狂的に『これが好き』ってものがないんだよな。こだわりがないというか。あっ、でもチョコレートは好きだな。あとケーキとか。だからチョコケーキなんて最強の食べ物だ」

「乙女か……。甘ったるい考えばっかしとるのもきっとそれが原因やな。チョコ食っとるつもりで実はチョコに脳味噌食われとったんとちゃうか? ウチの言うてた『頭ん中ベルギーチョコ詰まっとる』っちゅうのもあながち外れてなかったわけや」

「チョコレートをどんな魔界生物だと思ってんだよ……」


 そんな冗談を最後に、少しの沈黙。しばらく夜風に揺られた木の葉の擦れる音だけが聞こえた。

 謝るなら今だろうか。蓮華は逡巡の後、重たい口を開く。


「……ごめん、紗良々」

「何がや?」


 紗良々は不審な顔をした。当然だろう。蓮華の切り出したそれは、紗良々の時以上に突拍子がなさ過ぎる。


「ずっと気を遣わせていたことだ。敢えて訊かないでいてくれたんだろ? 僕の体の異変について――」


 蓮華は包み隠さず話した。餓鬼の肉を喰ってから胸に不穏な痣が現われたこと。そして先日、発作的に異常な食欲が湧き、自分で自分が制御できなくなりそうになったことを。


「――そしてついには無意識の内に餓鬼を殺していた。右手が餓鬼の腕みたいに変質までして。正直、自分でも怖いんだ……」


 今は何の変哲もない自分の右手を眺める。これがいつしか餓鬼の腕のように変質し、自分の意思とは無関係に動き出すのだろうか――そんなことを考えるとゾッとしてしまう。


「明らかに餓鬼の肉を喰ったことが原因やろな。ウチも初めて聞く症状やから対処法も知らんし、今更どうにかなるんかわからんけど、取り敢えずもう餓鬼の肉は喰わん方がええかもしれん」


 語気の籠もった、端的でいて鋭利な切り口の物言いだった。


「でも、そうすると僕は……」


 人間の肉を喰わなくてはならなくなる。でも、喰いたくない――だからこそ見つけた〝逃げ道〟だったのだ。それをこうも早く閉ざされてしまうなんて。


「わかっとる」


 それは、全てを受け止めるように抱擁するような温かみのある声だった。


「ほんなら、またウチの血で飴でも作ったるわ。いくらでもな」

「紗良々……」


 こんな情けない自分にそこまで言ってくれる紗良々の優しさが嬉しかった。そして彼女は、口先だけでなく本当に実行してしまうのだ。だからこそ、胸の奥が震えるほどに嬉しい。


「なんならウチから直接吸ってもええで? プヒヒ!」

「そ、それは……遠慮する……」


 せっかく感動していたのに、紗良々の首元に噛みついて血を啜る――そんな姿を想像してしまい蓮華は少し顔が赤くなる。かなりエロティックだ。よろしくない。

 しかし感謝は伝えなければならない。以前に血飴を貰った時はお礼を言い損ねたのだから。


「ありがとな、紗良々」

「そんな改まって言うなや。照れくさいやろが」


 紗良々はちょっとだけ顔を赤らめさせて居心地悪そうに頬を掻いた。


「それに、ウチも謝らなアカンしな。嘘ついとったことも……これからウチがすることも」


 紗良々は立ち上がって尻元の埃を払う。


「紗良々がこれからすること……?」


 理解出来ずに眉を顰める蓮華へ、紗良々は凜と澄ました顔のまま言った。


「ウチ、人間諦めるわ。もう、それしか道は残っとらんから」


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