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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第三十二話 呪術の真髄

 レールの上を走る箱の中で、蓮華は高速で過ぎゆく景色を眺めていた。といっても、外は暗くてほとんど何も見えない。強いて言えば、ガラスに反射した自分の姿と、その隣で肩に頭を預けて眠りこける紗良々の姿が見えるくらいだ。

 時刻は夜十時過ぎだったため、終電ギリギリだった。だがそのお陰で乗客が少なく、人目を気にしなくていいのはありがたい。


 ターヤンと暮木は置いてきた。もしまた梶谷や緋鬼が襲ってくれば、浩太郎たちはひとたまりもない。だから暮木が巡回から帰ってきてから状況を説明し、二人には護衛を任せてきたのだ。


 電車に揺られること二時間。


「――紗良々。着いたぞ」


 紗良々の指定した駅にたどり着いて、彼女を揺すり起こす。紗良々は眠たそうに(まなこ)を擦り、蓮華の手を取って歩き出す。その手からは、今も蓮華の力で熱を送り続けている。

 そこは、山梨県の山中にある寂しげで小さな無人駅だった。紗良々が言うには、この山の中に紗良々の実家である寺があるということらしい。

 そこに行けば紗良々の助かる術がある――その希望を胸に、蓮華は不安を押し殺す。だが、蓮華は気がついていなかった。東京からずっと、一つの黒い影に尾行されていたことに。


「歩けそうか?」

「……スマン、ちとキツいわ……」

「わかった」


 すぐに屈んで、蓮華は背中を貸す。紗良々はよじ登るようにしてその背中に負ぶさった。


「はぁ~……あったかあったかぁ~。ええ背中やなぁ……。これは冬場には一家に一台必要やで……」

「だから僕を暖房器具みたいに言うなっての」

「プヒヒ」


 軽口をたたき合いながら駅を出て辺りを見回す。細い道路。川の上を架ける古びた橋。錆びた街灯。蓮華はなんだか自分の地元と同じ匂いがすると思った。

 駅の様子からも分かりきっていたが、人が見当たらない。幼女を担ぎながら歩く分には好都合だ。

 だが念には念を。誰にも見られないよう、ヘルヘイムに入って向かうことにした。それに、その方が風もなく暖かい。


 無音の闇世界に入って、紗良々のナビゲートに従って歩みを進める。ロクに舗装もされていない山道を躓かないように気をつけながら。転びでもしたら紗良々が大変だ。

 そうして紗良々の辛そうな吐息を後ろ首に感じながら歩みを進めること三十分。もうすぐ着くから表の世界に戻ってくれという紗良々の誘導で、道の脇にあった〝隙間〟から表の世界に戻った。肌を刺すような極寒に襲われ、紗良々を護るように熱で包みながら進んだ。

 街灯のない山道は、しっとりとした闇が舞い降りていた。照らしてくれるような月明かりもない。今日は、月のない夜だった。


 それからさらに十分ほど歩き、


「ここが……」


 ようやく一つの寺にたどり着く。

 しかし、それは寺と呼べる代物なのか怪しいところだった。

 屋根は苔むし、柱は朽ち果て、窓や障子は破られている。敷地内は雑草が好き放題に背を伸ばし荒れ地に等しい有様。主の居なくなった家屋の当然の末路なのだろう。その悲しみ漂う姿がそこにあった。


 紗良々は蓮華の背中から降りると、躊躇いなく、何の感慨も見せず、朽ちた本堂へと足を進める。

 中は雑多な物が散らかり、枯れ葉が舞い込み、一面が砂埃を被っていた。そんな本堂の仏像の前で、紗良々は立ち止まる。

 周囲の状況と同じく埃を被った仏像は、しかし依然として荘厳な威厳を放ち、無機質で品格のある顔のまま前を見ていた。その凜とした佇まいに、蓮華はどういうわけか鳥肌が立った。

 理由はわからない。ただ、震えたのだ。それは恐怖ではなく、感動に近い感覚だった。


 紗良々は仏像の前で屈むと、床を叩き始めた。何度か拳で叩いたとき、床の奏でる音が軽くなる。それで目的の箇所を見定めたのか、紗良々はおもむろに立ち上がるとその音の変わった床を、だん、と強く踏みしめた。

 すると何かの仕掛けが作動したのか、床が四角く切り取られてへこみ、次いでスライドして口を開けていく。そこにあったのは地下に続く階段だった。


「隠し扉……」

「この先にあるんは、呪術の真髄やからなぁ。そら表には堂々と置いとけんよ」


 呪術の真髄。以前にも紗良々は言っていた。寺に呪術の真髄が眠っている、と。つまり、この先に彼女の呪術の秘密がある。

 蓮華は掌に火の玉を造り、その明かりを頼りに隠し階段を下っていく。

 じめっとした湿っぽく重い空気が漂っていた。やがて、その重い空気が少し開放的になる。広い場所に出たらしい。

 紗良々は壁に掛けられたロウソク立てを手に取り、蓮華の掌から火を灯す。そして部屋を歩き回り、四カ所ほどにあったロウソク立てへと順に火を灯していった。


「すげぇ……」


 ロウソクの淡いオレンジ色に揺らめく明かりによって照らされた部屋の全貌を目に入れて、蓮華は息を飲む。

 壁一面は本棚になっており、ぎっしりと書物が並べられている。テーブルの上には巻物が広げられ、呪文のような文字の書かれた札が散らばっている。その他にも奇妙な形をしたツボや幾何学模様の描かれた石版、水晶など、何かの儀式に使われるのであろうことを想像させる珍妙な物で溢れていた。

 その中でも特に蓮華の興味を惹き付けたのは、この部屋の中央にある祭壇だった。

 神聖な場所なのか、あるいは何かの封印を意味しているのか――その祭壇はしめ縄により四方を囲まれていた。そんな厳重な守りに固められて整然と祀られているのは、鞘に収められた一振りの刀だった。


「これは『封絶(ふうぜつ)双刃(そうじん)』いうてな、遙か昔、大層強力な怪異を封印する時に使われた妖刀だそうや。名前に『双刃』てあるように、元々は二本あったらしいんやけど、ウチが見たときは既にこの一本しかあらへんかった」

「妖刀って……呪われた刀ってことか?」

「せやなぁ……。なんちゅうか、この刀が怪異そのものみたいなもんやねん。ほれ、近くに寄って見てみぃ」


 紗良々は蓮華をしめ縄で囲まれた祭壇の中まで呼び寄せると、刀の前で掌を翳した。


「……何をしてんだ?」


 紗良々の意図が読めず、蓮華は首を傾げる。


「わからんか? ほれ、後ろの影を見てみぃ」

「影……? ……あっ」


 言われて気がつく。ロウソクの明かりによって台座に紗良々の手の影ははっきりと写っているのに、刀の影が微塵も投影されていない。


「この特徴から『影無(かげなし)』っちゅう愛称で呼ばれとる。存在の不明瞭な刀の怪異や」

「刀の怪異……。こんな怪異もあるのか……」


 蓮華が予想もしていないことだった。怪異と言えど、人型とまではいかないまでも、何かの生き物として動いているものだと思い込んでいた。やはり、この世界はまだまだ奥が深いらしい。


「それで、これが呪術の……真髄、なのか?」

「ああ、その通りや」


 蓮華の恐々と投げかけた問いに、紗良々は真っ直ぐと肯定した。


「ウチが使っとった『呪術』っちゅうのは、怪異の使う特殊な力――『妖術』をベースにつくられとんねん」

「……ごめん、初めからわかんない」


 何を言っているのかさっぱりだった。


「前にもちょろっと話したやろ。怪異が己の血や肉を対価にして使う特殊な力を『妖術』っちゅうて。アンタの使う炎も(しか)り、餓鬼どもの使う鬼の力も然り、のぞみの疫病神の力も然り」

「ああ、そういえばそんな話もしたな……」


 蓮華は思わず自分の手を見つめた。自分でも深く理解せずに使っている鬼の力。妖術と聞くと、なんだかすごいことをしていたような気がしてくる。


「その妖術を人間も使えるようにしたんが『呪術』や。正確には、怪異から力を借りて使わせてもらっとるっちゅう感じやな」

「怪異から、力を借りる……?」

「そう。呪術は人間の(わざ)やない。人知を超越した怪異の(わざ)や。それを怪異と取引きすることによって魂と引き替えに借りてるだけに過ぎん。ウチの場合、その取引先がこの『影無』っちゅうわけや」


 紗良々は繊細なガラス細工にでも触れるように、影無の鞘をそっと撫でた。


「ウチは『契約の儀』でこの影無と魂の契約をしたんや。せやけどウチが正当継承者やあらへんから、不当な契約を結ばされてもうた。それで魂をぼったくられてもうたんよ」

「じゃあつまり、正当な契約を結びなおすのが、奥の手……?」

「いんや、ちゃう。ウチが正当継承者やあらへんのやからそんなん不可能や」

「じゃあ、奥の手って何なんだよ?」


 その疑問に、紗良々は即座に答えを投げ返さなかった。何かを迷うように口を閉じ、影無を撫でる手を止め、儚げな瞳を閉じた。

 そして次に彼女の口が開いたときに出たものは、


「……なあ、蓮華。最後にちょいと外の空気吸いたいわ」


 そんな些細なお願いだった。


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