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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第二十七話 それは正義のヒーローのように

 蓮華がその展示室のドアを爆破して突き進むと、中には紗良々を肩に抱えた庄平と、おどろおどろしい四白眼の瞳をぎょろつかせる左腕のない男がいた。蓮華は鬼の力を持つ上級の餓鬼を前にする時のような空気の違いを感じ取る。他の雑兵とは格が違う気配。すぐに、この男がイエロースネークのボス――蛇塚という男だろうことを察した。


「てめぇら……どうして紗良々を攫った!? 何するつもりだ!」


 蓮華の気迫に庄平は半歩足を引いて気圧(けお)されていたが、蛇塚はまったく動じなかった。


「何を? 決まってんだろう。殺すんだよ。魚みてぇに掻っ捌いてな。この俺に楯突いたことへの当然の報いだ」

「お前らの仲間をぶっ飛ばしたこと言ってんのか? だとしたら元はと言えばそっちが――」

「そんなどうでもいいことのわけがねぇだろうよ」


 蓮華の怒鳴り声を遮って蛇塚は言った。


「三ヶ月前だ。この女が俺の左腕を奪いやがった。この俺の左腕を、だ。その罪の重さがわかるか? この女は生かしちゃおけねぇ。身をもってその罪を思い知らせてやる」

「三ヶ月前?」


 蓮華はすぐにその時系列はおかしいことに気がついた。


「僕たちは東京に来てからまだ一ヶ月も経っていない。三ヶ月前なんて、僕たちは遠い田舎にいた。人違いじゃないのか?」


 蓮華としては怒りはあるが、争いたいわけではない。穏便に事が済むのであれば、それに越したことはない。一番優先すべきなのは、紗良々の安全なのだから。

 だから人違いならそれで許してやろうと思った。

 だが。


「……くっくっく。やっぱりか。おかしいと思ったんだ。誰か俺の記憶をいじりやがったな?」


 蛇塚はそれを理解してもなお、笑っていた。


「……人違いなら、早く紗良々を――」

「そいつはできねぇなぁ」


 蛇塚は悪魔のような笑みを浮かべた。


「気に入らねぇ奴は殺す。目障りな奴も殺す。俺に楯突いた奴は生まれてきたことを後悔させるほどぶっ殺す。テメェは俺に歯向かった。蹂躙決定だ」


 蓮華は今度こそ怒りを抑えきれずに爆発させた。


「ふざけんじゃねぇ! 人違いで攫っといて何寝ぼけたこと――」


 蓮華の怒号は、しかし最後まで言い切ることができず、腹に衝撃を受けて壁まで飛ばされた。先ほどまで蓮華の立っていた位置には正拳突きを繰り出した蛇塚が立っていた。一瞬、蛇塚の体が蒼白い電流に包まれたかと思うと、もう正拳突きを喰らっていた。目にも止まらぬ早さで蓮華の正面まで移動したのだ。

 ――まるで見えなかった。強い。やはり他の雑兵とはレベルが違う。

 電流を使っていたということは、紗良々と同じ菜鬼の鬼人。だが、紗良々とは鬼の力の使い方がまったく異なっている。蛇塚のそれは、己の肉体を駆使した武闘派な使い方だった。


「て、めぇ……!」


 蓮華は膝を突きながらも周囲に火焔を拡散させると、次いでそれを眼前の一点に集約させて火球を形成した。


「蛇塚さん、気をつけて下さい! そいつはあの緋鬼の鬼人ッス!」


 庄平の警告の直後には、蓮華は火球を射出していた。火球は豪速で風を切り蛇塚に向かう。だが、蛇塚は避ける素振りすら見せず、火球を掴み取るように右腕を突き出した。

 火球は蛇塚の手に包まれると同時に爆発。紅蓮の火花を散らして蛇塚の体を火焔が覆った。――だが、蛇塚はその場に平然として立っていた。


「な……ッ!?」


 特殊な防御をされたようには見えなかった。強いて言えば、蛇塚の体を薄膜が覆うように電流が弾けていることだろうか。あの電流が鎧のような役目を果たして蛇塚を護っているのかもしれない。だが、だからといってまったくの無傷だということが信じられず、蓮華は驚愕した。


「緋鬼の鬼人が……この程度か? そんな攻撃で俺の首を取れるとでも思ったか?」


 電流が弾けると、また瞬間移動のように蛇塚が蓮華の前に現われ、蹴りを叩き込まれた。強烈な蹴りにより突き飛ばされた蓮華は壁を突き破って隣の展示室に転がり込んだ。


「すげぇ……! やっぱり蛇塚さんすげぇ!」


 庄平は声を上げて高揚していた。


「ぐっ……がは……!」


 呼吸が苦しいほどの鈍痛が蓮華の腹部を襲った。崩落した壁からは、ぬらりと蛇塚が姿を現わす。その手には、どういうわけか蓮華の倒したイエロースネークの部下の一人が、首を掴まれて引きずられていた。


「テメェの攻撃には殺意がねぇ。そんな生半可な攻撃が俺に通用するわけねぇだろうよ。テメェにやられたこいつらも、誰一人死んでねぇじゃねぇか。どうせこれまでも人殺しなんてしたことがねぇんだろう?」


 それは図星と言えば図星だが、しかし当然の話だった。人を殺さないのが普通なのだから。正確には梶谷の実験の被害者たちを殺めてしまっているが、故意に、殺そうと思って殺したことなどあるわけがない。

 もしかしたらレオだって、梶谷だって、蓮華の力であれば殺すつもりで戦えば瞬殺できたかもしれない。だが意識的に、あるいはどれだけ感情的になっても無意識の内に、力を抑えてしまっていたのだ。だから蓮華はその強大な力を持っていても、持て余してしまう。


「ダメじゃねぇか。敗北者にはちゃんと『死』をプレゼントしてやらねぇと」


 何を言っているのかと思えば、蛇塚は右腕に握っていた部下へと電流を流し始めた。


「ぐがあああああああああああ!」


 壮絶な断末魔を上げ、しかしやがてその声すらも聞こえなくなり、男は動かなくなった。体は強烈な電流により焼かれ、煙が上がっていた。


「お前……何して……! 仲間だろ!?」

「仲間ァ? 違うな。こいつらは勝手に俺についてきた、俺の『駒』だ。雑魚はいらねぇ。目障りなだけだ。敗北者は大人しく死んでりゃいいんだよ」

「てめぇ……!」


 チームの頭にあるまじきその発言に、蓮華は怒りを再燃させた。


「それでもこのチームのボスかよ!? チームを率いるトップってのは、仲間を想うもんじゃねぇのかよ!」

「そういう奴もいる。それだけの話だ」

「ふざけやがって……!」


 蓮華は立ち上がり、体に炎を纏わせ蛇塚を睥睨した。赤橙色(せきとうしょく)の炎が展示室を照らし出し、周囲をちりちりと焼き付けた。

 蛇塚は気怠げに首を回した。


「立場を理解してねぇらしいな。テメェは俺に蹂躙されるしかねぇんだ。――おい、庄平」

「は、はい!」

「こいつが妙な動きをしたらその女を殺せ」


 虎の威を借る狐となった庄平は、緊迫と愉悦の狭間のような下卑(げひ)た笑みを浮かべて紗良々の頭に手を当てていた。

 蓮華は瞳孔を開かせた。つまり、人質。


「これでわかったか? キサマは俺に嬲り殺されるしかねぇんだ。抵抗するのは自由だが……あの女の頭が電子レンジに入れた卵みてぇに吹き飛んでも知らねぇぞ」

「……クソッ!」


 蓮華は悔しさに歯噛みしながらも周囲の炎を消した。その瞬間、蛇塚の殴打が顔面を襲い、無様に床に転がった。さらにボールのように蹴り飛ばされ、扉を破って通路に転がり出た。痛みに呻きながらも顔を上げると、蛇塚が電流の迸る右腕をこちらに向けているのが目に入る。防衛本能から咄嗟に横へ転がると、雷鳴。苛烈な稲妻が蓮華の横すれすれに落ち、床を爆発させるように粉砕して、その爆風で蓮華の体が吹き飛んだ。


「避けるんじゃねぇ。テメェはサンドバッグなんだからよ」


 蛇塚は転がった蓮華の首を片腕で軽々と掴み上げ、その二階の吹き抜け通路から、エントランスホール方面へと放り投げた。蓮華の体はエントランス上空を飛び、そのままガラス壁へと衝突して突き破り、外のロータリーへと投げ出された。二階の高さから投げ出された体は激しく地面に打ち付けられ、何度も転がってやっと静止した。


「まだ意識があるか。頑丈な奴だ」


 追ってロータリーに降り立った蛇塚は蓮華を見下した。また、人質を知らしめるためか、律儀に庄平もその後ろから追って出てきた。


「ち、くしょう……! 汚ぇマネしやがって……!」

「仕方ねぇだろう。この世界が汚ぇんだからよ」


 蛇塚は掌の上にプラズマのような球体を生み出した。激しい電流の弾けるそのプラズマがもたらす破壊力は考えるまでもなく想像できた。

 このままでは体が消し飛ぶ。

 抵抗すれば紗良々に危害が及ぶ。しかしこのままここで殺されれば、どの道紗良々を助けられない。

 どうすれば――と脳をフル回転させていた時だった。


「ぐあ!」


 突然、庄平が悲鳴を上げて転がった。そしてどういうわけか、紗良々の体が宙を浮いて漂っている。

 呆気にとられた次の瞬間に、紗良々を抱えた一人の少女が色を付けたように現われた。


「蓮華さん! 今です!」


 その声にハッとして、蓮華は蛇塚を睨む。眼力を込めると蛇塚の正面で爆発が起き、その体を吹き飛ばした。

 重い体を起き上がらせると、紗良々を抱えた少女はすたすたと駆け寄ってきた。


「麗……!? お前、どうして……!」


 予期せぬ麗の登場に蓮華は驚きを隠せなかった。


「紗良々さんを助けたくて、来ちゃいました」


 こんな状況だというのに屈託のない笑顔を向けて、麗は言った。それにつられて蓮華も思わず緊張が抜け、口元が緩む。


「……無事に目を覚ませたんだな」

「はい。全て、紗良々さんのお陰です。だから私は――紗良々さんの力になりたい」


 麗は蛇塚へと向き直った。蛇塚は蓮華の爆破を咄嗟に腕でガードしダメージを抑え、爆風で飛ばされながらも倒れることなく地面を踏みしめて勢いを殺していた。

 麗の足下から膨大な業血が溢れ出る。それは蛇塚へと覆い被さるようにドームを築き、強固に固まって閉じ込めた。


「さあ、今のうちに!」


 と駆け出そうとしたところで、しかし麗の生成した業血のドームが激しい雷鳴と共に砕け散った。

 蛇塚はかったるそうに首を回すと、背後を睨んだ。ヘマをして地べたに腰を落としたままの庄平が「ひっ」と短く悲鳴を上げた。


「チッ、役立たずだなぁ」

「ス、スンマセン……! スンマセン……!」


 今にも泣き出しそうな庄平を見限るように放置して、蛇塚は再び蓮華たちへと向き直った。

 蓮華は緊迫を禁じ得ず、身構えた。


「麗! すぐに紗良々を安全なところへ――」

「行かせるわけねぇだろうよ」


 雷光の煌めいた瞬間、蛇塚は蓮華の隣に立ち麗を突き飛ばしていた。麗は悲鳴を上げて転がり、同じように紗良々も無残に転がった。

 蓮華は咄嗟に掌に炎を生じさせ、反撃に転じた。――だが、体に蓄積されたダメージのせいもあり、動きが鈍っていた。いや、喩え本調子だったとしても、蛇塚の俊敏な動きに対応できたかは怪しい。蓮華の反撃は、蛇塚に首を掴み上げられたことによって未遂に終わった。


「この世は力が全てだ。弱ぇ奴は蹂躙されるしかねぇ」


 蛇塚の左腕から腕が生えた。いや、それは()()()()()()()()だった。攻撃的な眩い閃光が弾け、周囲を照らし出していた。


「死ぬ前に学べて良かったなぁ。せいぜい来世ではその教訓を活かして生きな」


 蛇塚がその電気の腕を振りかぶった。




 蓮華が窮地に追いやられていた時。同じくして、暮木とターヤンも厳しい戦況に置かれていた。それぞれ浩太郎、天助と、愛奈の救援があったとはいえ、圧倒的多勢に無勢。数に押され、徐々に体力を削られていた。浩太郎たちに大きな負傷はないが、代わりに彼らを庇うようにして戦っていた暮木とターヤンは満身創痍の状態だった。




 ――このままでは殺される。


 蓮華のポケットには常備している血飴が二つ残っていた。せめてそれを口に放り込むことができれば、形勢は持ち直せるかもしれない。だが、当然だがそんな猶予は許されていない。

 ここにきて、ふと、誠の言葉を思い出した。


『お前が助けを望んだ時はいつだって俺たちが駆けつけてやる。その時はただ一言「助けてくれ」って呟いてくれればいい』


 まさか本当に『助けて』と呟くだけで助けに現われるのだろうか。正義のヒーローのように。そんなことを信じるのは馬鹿げているかもしれない。

 だが、今こそ助けが欲しかった。だから、(わら)にも(すが)る思いで声を絞り出した。


「……たす、けて……くれ……」

「この期に及んで命乞いとは見苦しいなぁ。潔く死ねよ」


 蒼白く発光する蛇塚の左腕が矛のように振り下ろされ、蓮華は目を瞑った。

 だがその瞬間、ふわりと風を感じ、首が解放され、閃光が遠退く。大地に足を下ろして目を開ければ、腹を押さえてよろめく蛇塚と、蹴りを繰り出した赤シャツの男の後ろ姿があった。


「誠……!」

「なんとか間に合ったみたいだな、蓮華!」


 彼は緊張の中で笑みを浮かべて言った。蓮華も思わず顔に笑みが戻った。


「まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ……」

「俺だけじゃないぜ」


 突然、美術館が壮絶な崩落音を奏でて崩壊を始めた。その瓦礫を乗り越えるように、巨人の骸骨のような髑髏が姿を現わす。その髑髏の頭の上には、骸門寺が立っていた。


「それに、蓮華の仲間のところにも救援が向かってる。安心してくれていい」




 その誠の言葉通り、時を同じくして、窮地のターヤンと暮木の戦場にも赤の軍団が駆けつけた。それぞれ総勢二十名弱。イエロースネークの軍勢と同程度か、若干数少ない程度だった。だが彼らはイエロースネークの軍勢よりも個々の能力が高いらしい。彼らは黄色を見咎めるやいなや、なだれ込むように攻撃を開始し、瞬く間に戦況を覆していく。突然始まったその光景を、ターヤンや暮木たちは呆然と眺めていた。




「……ありがとう、誠。本当に助かった」

「俺もお前に助けられた。これでおあいこだ……と言いたいところだけど、そんな言葉は受け取れそうにない。俺はこれから、この状況を利用することになる。仲間の窮地を利用した、卑怯な男なだけだ」


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