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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第二十四話 乾いた瞳

 臼田(うすだ)は妙な違和感を感じ取っていた。敵は一人。暮木という、やつれた中年男だ。鬼の力もメジャーな業血。脅威ではない。対してこちらは四人。なのに――遊ばれている。

 暮木の振り下ろした極大の大剣がビルを頭から両断した。大した威力だが、臼田たちの動きは素早く、その一撃を回避して周囲のビルへと散り散りに飛び移っていく。そして必ず一人は暮木の背後を取るようにフォーメーションを組み、一斉に暮木へと襲いかかる。いや、一斉に、では正確ではない。彼らは巧妙に攻撃タイミングをずらしていた。臼田が業血により先手を仕掛け、その防御に手を回した暮木の背後へともう一人が攻撃を仕掛ける。それを皮切りに残りの二人が立て続けに暮木へと襲いかかるという工程だった。


 臼田以外の三人――加藤(かとう)大宮(おおみや)中山(なかやま)は薪割り用の大きな斧を装備していた。鬼人の身体能力で振るわれるそれらの一撃は重く、暮木は業血により全て受け止めていたが、生身で受ければひとたまりもないだろう。

 臼田は業血の鬼の力を持っているが、加藤ら三人は鬼の力を持たない鬼人だ。個々の戦闘力は高くない。だが、四人とも慎重派で、また長年連れ添った仲ということもあり絶妙なコンビネーションを可能にしており、暮木に反撃の隙を与えない戦い方をしていた。暮木へと決め手を仕掛けるような攻撃に出る必要はない。時間を稼ぐだけでいい。目的は暮木を倒すことではない。あくまで〝足止め〟なのだから。


 どうやら暮木は臼田へと的を絞ったようだった。業血の大剣を振りかざして臼田に飛びかかる。フォーメーションを崩させるために一人を潰す気なのだろう。だがすぐに大宮の援護が入り、臼田へと飛びかかっていた暮木の胴を割るように斧を薙ぐ。暮木は大剣を防御に回し、斧と大剣が激しく衝突。歯がゆい金属音が鳴り響く。臼田はその隙を突き、巨大な業血の槍を生み出して暮木を狙う。直径が車ほどもある巨大な槍は、過たず暮木の腹に直撃。だが、暮木は咄嗟に腹部へ業血を集めて防壁を築いていた。槍は暮木を貫くことはできなかったが、しかしその威力によって体を突き飛ばした。

 暮木はほとんどダメージがないのか、後方にあったビルに身軽に乗り移り、体勢を立て直した。


 臼田は暮木へと冷ややかな目を向ける。


「……お前、どうして手を抜く?」


 臼田は自身の能力が高いわけではないが、相手の力量を測ることだけは()けていた。勝てる相手か、逃げるべき相手か――なんとなくという程度だが、直感でわかる。これまでもこの過酷な鬼人という世界を、その第六感のお陰で生き延びてきたと言っても過言ではない。

 慎重というべきか、あるいは、臆病。だからこそ身についた能力なのだろう。その直感が告げている。この男には、天地がひっくり返っても敵わない。遠く及ばない、隔絶された力の差がある。自分たちが今生きているのは、この男が手を抜いているからに過ぎない。


「……何の話だ」

「惚けるな。まるで蟻と戯れる象……お前からはそんな余裕と〝冷たさ〟が感じられる。お前……何者だ?」

「だから……何の話だ?」


 やつれた目元から覗く砂漠のように乾いた瞳。臼田はゾッとした。まるで情のない、死人のような目だった。いったい何を見たら、どんな人生を歩んだら、そんな目ができるのか。

 臼田は薄ら寒さを覚えながらも、口元には気丈に笑みを浮かべる。一人では到底敵わないかもしれない。だが、こちらには数で分がある。弱腰になる必要は――ない。


「あくまで惚けるか……。じゃあ……手を抜いたまま死んでくれ!」


 臼田が手を突き出すと、暮木の立つビルが巨大な樹の根のような業血に飲まれた。正真正銘、臼田の全力を注ぎ込んだ業血だった。


「いいぞ、臼田!」

「すげぇ! いける!」


 加藤と大宮が興奮気味に声を上げた。暮木のバケモノさを理解していない二人のその楽観的な言葉には苛立ちさえ感じたが、しかし臼田も同様に、願わくばこれで死んでくれと思った。

 業血の根が暮木に食ってかかる。そのまま飲み込まんとした、しかしその時。風の刃が臼田の業血を切り裂いた。


「大丈夫ですか!?」

「加勢するぜ、暮木さん!」


 暮木の隣に舞い立って現われたのは大人しそうな少年と、対照的に活発そうな少年の二人だった。北条の話に聞いた、一時的に保護しているという子供たちのうちの二人だろう。彼らの出現には、暮木も驚いているようだった。


「浩太郎、天助……どうしてここに」

「麗が目を覚ました。だからさっそく恩を返しに来たんだ」


 自信に満ちた面持ちで浩太郎は言った。暮木と二人ならばこの戦況を切り抜けられる――とでも思っているのだろう。

 臼田は嫌な汗を浮かべながらも、不敵に口元をつり上げる。


 ――間に合った。


「仲間の加勢か? 残念だったな。それはこちらも同じだ」


 セリフの直後、周囲を取り囲むようにぞろぞろと現われた黄色い軍団。総勢三十名もの、駆けつけたイエロースネークの仲間たちだった。時間稼ぎをするような戦い方をしていた理由は、足止めのためだけではなかった。仲間の増援を待っていたからだ。


「手を抜くべきではなかったな。お前が何者だろうと、この数は無理だろう?」


 暮木の表情は崩れない。だが、少年たちの顔にはわかりやすく焦燥と恐怖が貼り付いていた。


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