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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第二十三話 焦燥と怒り

「どうしタ、蓮華!?」


 追いかけて紗良々の寝室へと入ってきたターヤンは、そして暮木も、それを目の当たりにして瞳孔を開かせた。


「やられた……! イエロースネークの奴らだ!」


 どうして紗良々を攫ったのかはわからない。だが、逆恨みの線は十分に考えられた。

 途端に、ターヤンの目が血走る。


「愛奈! 紗良々たんはどこに向かって動いてイル!?」

「あっ、はい!」


 浩太郎たちと寝室を覗き込んでいた愛奈はターヤンの鬼気迫る声に体をビクつかせると、瞳を閉じて探知を開始した。


「――いました! 真っ直ぐ東に向かって動いています!」


 それを聞いてターヤンはもう窓から飛び出していた。


「ターヤン! ……クソッ!」


 蓮華も飛び出したい気持ちは山々だった。だが、気がかりなのは浩太郎たちだ。連れて行くべきではないことは確かだ。だが、かといって彼らをこの場に置いていって大丈夫なのか。せめて誰かが残るべきではないのか――と。


「……オレたちのことは気にしないでくれ」


 その迷いのある眼差しを向ける蓮華を見て、浩太郎は言った。


「あんたは優しすぎだ。そもそもオレたちのことなんて気にする必要ねぇんだよ。むしろ、麗があんな状態じゃなきゃオレも紗良々さんを追いかけたいくらいだ。じゃなきゃ、恩を返しきれねぇ」

「そうです。俺たちのことなんかより、紗良々さんを助けに向かってください」

「紗良々さんに何かあったら……それこそ、私たちは後悔します。まだちゃんとお礼も言えていないのに」


 彼ら彼女らは、一様に蓮華へと真っ直ぐな瞳を向けて言った。

 紗良々を想う心の詰まった言葉だった。初めは敵意と恐怖に染まっていた瞳と言葉が、今はこんなにも温かい。紗良々の優しさが結んだ〝心〟なんだと、そう思った。

 蓮華は胸を打たれて、口元を綻ばせる。


「ありがとう。行こう、暮木さん」


 頷いた暮木と共に、ターヤンと同じく窓から飛び出す。ビルの屋上まで駆け上がり、真東へと向かってビルからビルへと飛び跳ねていった。鬼人の身体能力を極限まで駆使した全速力で。

 すぐに、前方にターヤンの背中が見えた。横並びに追いつくと、さらにその前方に複数の人影が飛び交っているのが目に入る。黄色の衣服を纏った六人の男たち。蓮華の予想通り、イエロースネークの連中だった。その内の一人の肩に、紗良々が抱えられている。その隣を併走しているのは見知った顔の男、庄平だった。


「あいつら、どうして紗良々を……!」

「理由なんてどうでもイイ。ぶち殺すだけダ」


 怒りの牙を剥き出しにしたターヤンは鬼の力を解放してマッスルモードへと変身すると、強化された脚力によって弾丸のようにイエロースネークの背後へと飛んでいくと、その拳を叩きつける。彼らは寸前に気配を察知したのかそれを散るように回避して、的を外したターヤンの拳はビルの屋上を粉々に粉砕した。


「チィッ……! もう追いつかれたのか!」


 庄平が逃走を続けながら焦燥を口からこぼした。


「テメェら! 足止めしろ!」


 庄平の指示で動いたのは下っ端と思しき四人の男たちだった。四人とも口元を黄色い布で覆い隠している。彼らは一つ先のビルで止まり並んで壁のように立ちはだかると、その内の一人の堅物な目元をした男が両手を突き出した。彼は業血の能力を持っているらしく、その掌から投網のように赤黒い血が放たれる。蓮華たちを絡め取らんと襲いかかったその業血は、しかしすぐに追いついた暮木が業血を放って迎え撃つ。暮木の業血は男の業血へと覆い被せるように絡みつき、動きを封じる。その隙に蓮華とターヤンは脇を抜けて出た。

 包囲網をかいくぐった蓮華たちを逃さないとばかりに他の三人の男が横から飛びかかったが、それを察知した暮木が新たに業血の触手を伸ばし、彼らを纏めてなぎ払って散らした。彼らはビルの屋上へと逆戻りして背中を打ち付け、うめき声を上げて転がる。


「ここは俺が引き受ける。行け」


 暮木の心強い後押しを受けて蓮華とターヤンはその場を後にし、庄平たちの追走に専念した。


「クソッ……! 北条! 紗良々(そいつ)を寄こせ!」


 北条と呼ばれた男は肩に抱えた紗良々を乱雑に投げ、受け取った庄平もまた彼女を乱雑に肩へと抱えた。


「俺は蛇塚さんに紗良々(こいつ)を届けてくる! お前は何とか足止めしろ!」

「へへっ、人使いが荒いぜ」


 冗談めかして言った北条は、次の瞬間に姿を消した。唐突に消えたことに蓮華は驚き目を見開いたが、すぐに麗と同じ鬼の力だろうことを察した。


「気をつけ――」


 気をつけろ、とターヤンへと注意を促そうとした刹那、横を併走していたターヤンが見えない何かに弾き飛ばされて地上へと落とされる。そこはタンクが並び様々なパイプが複雑に交差する巨大な工場で、ターヤンは幾本ものパイプを破壊しながら墜落して最後に地面に叩きつけられた。

 さらにトドメを刺すように、ターヤンの腹部へと見えない何かがめり込み、ターヤンは苦しげなうめき声を上げる。


「ターヤン!」

「構うナ! 先に行ケ!」


 ターヤンは見えない敵へと腕を振り払って対抗するが、すでにそこには何もおらず、空振りに終わった。

 蓮華は一瞬迷いに駆られたが、自分の今やるべきことが何かを思い直し、再び庄平を追う。紗良々に万が一があってはならない――それが蓮華に道を托したターヤンと暮木の総意なのだから。


 二重の足止めを喰らったことで庄平との距離は大きく開かれた。それでも幼女一人を抱えて逃走する庄平よりも蓮華の方がスピードに優位があった。差は徐々に縮まり、追いつくのも時間の問題に思われた。

 だが、一足遅かった。庄平が一つの建物の中へと消えていく。どうやら彼の目的地にたどり着いてしまったらしい。


 そこは大きな美術館だった。うねる波のようなガラス張りの外壁が特徴的な、近代的な様式をしていた。ヘルヘイムで物々しく鎮座するその美術館は、妙に静かで不気味な気配を放っている。ここがイエロースネークのアジトなのだとしたら、その静けさは怪しさ以外感じられなかった。

 エントランスから入ると、三階まで吹き抜けとなった天井の開放的なロビーが蓮華を出迎える。いくつものテーブルやイスが整然と並べられたレストスペースがあるものの、当然ながら人はいない。()()()()()()()()()()気配がない。そんな違和感を覚えた。

 蓮華は足を忍ばせることもなく突き進む。蓮華の足音だけが静かな館内に響き渡った。敵は蓮華の侵入に気付いているはずだ。今更足音を気にする必要もない。そもそも、慎重に行動する余裕がなかった。


 ――早く紗良々を助けないと……!


 その一心が焦りを連れてくる。今の紗良々はただでさえ容態が悪い。その上()()だ。容態が悪化することだって考えられるし、イエロースネークの連中に何をされるかわかったもんじゃない。時間が惜しかった。

 すると、右斜め前方の上階から風を切るような音が聞こえた。僅かな音だったが、神経を研ぎ澄まさせた蓮華はそれを聞き逃さなかった。反射的に頭を守るように手を振り上げると、その掌に鋭い痛みが突き抜けて顔を歪める。掌にはアルミ製の矢が突き刺さり、血を滴らせていた。


 射角は二階から。見れば、二階の通路からボウガンを構えた男が一人。かと思えば、続々と二階の通路から顔を出しボウガンを構える男たちが現われた。待ち構えて身を潜めていたのだろう。彼らは一斉に蓮華へと矢の集中砲火を開始した。

 正面に迫る雨のような矢に対し、蓮華は腹立たしささえ覚え、自身を覆う炎を周囲に展開した。渦を巻いて吹き荒れる火焔は全ての矢を飲み込み、瞬時に溶解して無に還す。続けて蓮華は二階の通路に向けて手を振り払うと、通路全体が連鎖的に爆発を起こし、ボウガン部隊を焼き払う。彼らは悲鳴を上げながら爆風で吹き飛び、壁に衝突し、あるいは通路に転がり、あるいは一階に転落する者までいた。ダメージが深刻なのだろう。彼らはうめき声を上げるものの立ち上がることはない。蓮華は決して命を奪うほどの威力は込めなかった。せいぜい鼓膜が破れ、火傷を負う程度だろう。


 二階のボウガン部隊の殲滅を受けてか、一階正面の通路からぞろぞろと男たちが湧き出てきた。ナイフや金属バットを手に持つ者や、業血を周囲に漂わせる者など、各々に武装している黄色い男たち。蓮華の焦りが怒りに変わり、右手に突き刺さった矢を引き抜いて投げ捨て、彼らを睨み据える。そして力強く一歩を踏み出すと、その威圧におののいて男たちが半歩足を退いた。蓮華のその体に纏う炎は、怒りを体現するように勢いを増していた。


「どいてくれ……。今の僕には余裕がないんだ……手加減できるかわからない……!」


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