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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第二十二話 それ以上の恐怖

 時は三時間前に(さかのぼ)る。

 拠点であるヘルヘイムのボウリング場で庄平は足を揺すって待っていた。赤髪の悪魔によって破壊の限りを尽くされたボウリング場も、同期によって元通りの姿を取り戻している。だが、このボウリング場を見ると今もあの場面が頭に鮮明に蘇って、庄平は恐怖に駆られた。

 ――しかし、それ以上の恐怖を庄平は知っている。

 あの人だけは怒らせてはならない。だから、頼むから、早くしてくれ――そんな焦燥と苛立ちが揺する足の速度を速めさせた。


 すると、待ち望んだ足音がボウリング場へと入ってきた。あるのは足音だけ。姿は見えない。足音だけが薄暗いボウリング場の中に響き渡り、庄平へと迫っていた。

 その足音の主は、庄平の目の前で急に色を付けて現われた。何もない空間から突如として存在が浮き彫りになり、体に色を付けたのだ。

 庄平はその男の出現に驚くことはなく、嬉々として口元を歪ませた。


「遅かったじゃねぇか、北条(ほうじょう)。待ちくたびれたぜ……!」

「へっへ。悪かったな。念入りに調べてたのさ。なんたって、蛇塚さんの左腕を奪ったっつうバケモノが相手だ。慎重にもなるさ」


 彼――北条哲也(ほうじょうてつや)は庄平と同じように口角をつり上げ、不敵に笑った。

 『透明化』――それが北条の鬼の力だった。存在を不可視化できる彼ほど偵察に適した人材はいない。これまでも幾度となくその力によって敵勢力を暴いてきた実力を持つ。その力を最大限に活用し、赤髪の悪魔の偵察を命じていた。

 偵察に出動させたのが丸二日前。あまりの帰りの遅さに庄平は痺れを切らすところだった。


「取り敢えず、奴らの全容は掴めたぜ。敵は四人だけの少数組織だ。赤髪女の紗良々。デブのターヤン。しけたおっさんの暮木。そして不幸面したガキの蓮華。他にも細々(こまごま)したガキ共が一緒にいたが、そいつらはどうやら仲間ってわけじゃねぇらしい」

「四人か……だが侮れねぇ。その蓮華って奴は炎の鬼の力を持ってやがった。そんな鬼の力を持つ餓鬼は緋鬼くらいしか知らねぇが……」

「ああ、あいつは恐らくその緋鬼の鬼人だ」

「なんだと!?」


 庄平は驚きのあまり目を瞠った。


「存在するってのか? 餓鬼の王の鬼人が……!」

「どうやらあいつらは餓鬼教と一悶着あったみてぇでな。餓鬼教の男と戦闘になったんだ。だが、そこに緋鬼が現われてその抗争はお開きになった。その関係が偶然とは思えねぇ。俺も実物の緋鬼を見たのは初めてだったが……恐ろしいもんだったぜ」


 北条はその時のことを思い出したのか、薄ら寒い笑みを浮かべて身震いしていた。


「おいおい、緋鬼が東京にいたってのか? ……いや、今はいい。そんなことより、菜鬼の鬼人のみならず、緋鬼の鬼人もだと……? そんなのどうすりゃ……!」

「そう悲観するな。俺が持ってきたのは悪い話ばかりじゃねぇ」


 明らかとなった想定外の壁に頭を抱えた庄平へと、しかし北条は企みのある笑みを浮かべた。


「なんと菜鬼の鬼人の女……紗良々が餓鬼教との戦闘で負傷した。すぐに肉を喰って傷は癒やしたが……どういうわけか原因不明の昏睡状態に陥ったんだ。今もぐっすり眠っていて起きる気配がねぇ」


 雲行きの怪しかった空に晴れ間が差したようだった。庄平はその千載一遇の光明に感謝すら抱き、顔をニタリと卑しく歪める。


「……すぐに必要な人員を集める。そこへ案内しろ」






 そうして人員を集めてから北条に連れて行かれた先は、ヘルヘイムの一角にある高級マンションだった。北条の話によると、このマンションの一階の一室に彼らは潜んでいるという。

 暮木が見張りに出回っているという北条の情報があったため、庄平と連れてきた手下数名は目視できる距離のビルの一室に身を潜めていた。

 やがて偵察に回っていた北条が戻り、透明化していた体を解除した。


「暮木が部屋に戻った。紗良々に付きっきりだった蓮華も別の部屋に移動したようだ。今がチャンスだ」

「……よし、手筈通り行くぞ」


 庄平たちは速やかに行動に移した。蛇塚の司令は紗良々を蛇塚の『喰い場』までおびき出し、一切の邪魔が入らないようにすること。初め難題に思われたそれは、しかし紗良々が昏睡状態に陥ったことで格段と容易になった。おびき出すのではなく、連れ去れば済むのだから。


 庄平たちは気配を消してマンションに忍び寄った。庄平は手下二人を従えてマンション外壁にへばりつく。北条も手下二人を従えて紗良々の眠る寝室の窓近辺に身を潜める。

 そもそも、この作戦なら庄平と北条の二人で事足りた。四人もの手下は不要ではあったが、念のための保険として連れてきていた。もし見つかった場合、数が多ければ陽動くらいにはなるだろう。

 庄平と北条はアイコンタクトを取り頷き合うと、北条は体を透明化させ、庄平は壁に掌を押し当てた。


「あん時の仕返しだ……喰らいやがれ!」


 密かな声で鬱憤を込めて鬼の力を使い、音波を流し込む。次第に出力を上げていったそれはやがて建物全体を揺らし、下層階から上層階へと向かって連鎖するように窓ガラスが割れていく。周囲には煌びやかなガラスの雨が降り注いだ。

 建物内からは困惑と苦渋の悲鳴が聞こえてきた。作戦通り、音波による足止めが効いている。その隙に、透明化した北条は寝室に侵入。難なく紗良々の身柄を奪取した。

 透明化した北条の肩に抱えられたことによって寝室の窓から漂うように出てきた紗良々を見て、庄平は一先ずの成功に安堵する。北条は透明化を解除すると、してやったり顔で頷いた。


「よし……! ずらかるぞ!」


 鬼の力を解いて手を離し、一斉に素早くその場から脱出した。

 だが、問題はこの後だ。


「探知能力を持った鬼人か……寄りにも寄って厄介な鬼の力を持ってやがる……!」

「それも、つい先日に知り合って一時的に保護しているらしいガキどもの中にな。俺たちにとっちゃ、運のねぇ話だ」


 庄平と北条はビルの屋上を飛び交いながら言葉を交わす。探知能力を持つ鬼人の存在も、北条の偵察による下調べによって明らかになっていたことだ。たまたまこのタイミングで蓮華たちと行動を共にしている鬼人がその力を持っているというのだから、北条の言う通り確かに運のない話だった。

 しかし、だからこそ身構えができたというものだ。もしその情報がなければ、まんまと出し抜いた気になって『喰い場』に戻ったところを、蓮華たちから奇襲を受けていたかもしれないのだから。


「さっさと戻って迎撃態勢を整えるぞ。二度と奴らの好きにはさせねぇ! なにより……蛇塚さんの邪魔に入らせるわけにはいかねぇからな……!」


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