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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第十八話 微笑む狂気

「果たして……油断していたのはどちらでしょうか?」


 薄気味悪く笑みを浮かべる梶谷の足下からは、赤黒い『業血』が伸び、その矛先は紗良々の腹を抉って突き上げ、彼女の体を宙へと持ち上げていた。


「不思議ですか? もちろん、これは他の誰でもない僕自身の力……。そう――これが答えです」


 梶谷は見せつけるように掌を開き、自身の目の前で両腕をクロスさせる。


「二つ目の鬼の力を発現させた初めての〝成功作〟。それがこの僕です」


 露わになった彼の両掌には、餓鬼の呪いによる赤い痣が刻まれていた。


「さあ、まずはこの美しくも厄介な結界から消して頂きましょうか」


 梶谷の操る業血が尾を振るようにしなり、乱雑に紗良々を投げ飛ばす。

 自らの創り出した結界へと背中から打ちつけられた紗良々は、そのままガラスを割るように結界の障壁を破って転がる。結界はその衝撃が波紋を広げるようにしてひび割れていき、ついには脆く崩れて光を失った。


「紗良々!?」

「紗良々たん……!」


 激闘の最中(さなか)に異変を察知した蓮華とターヤンが目をひん剥く。

 ターヤンは襲いかかってきたバケモノを邪魔だと言わんばかりに腕を振り上げて撥ね除け、紗良々に駆け寄る。蓮華は浩太郎たちを守りながら引き連れ、紗良々とターヤンのもとへ合流を果たす。次いでその異変に気がついた暮木も残り数匹のバケモノを相手しながら紗良々のもとへと後退してきた。

 依然としてバケモノたちは容赦なく襲いかかってくる。故に蓮華は紗良々をターヤンに任せ、暮木と共に守りに徹する。


「大丈夫か、紗良々!?」


 爆炎の砲撃によりバケモノどもとその業血を始末しながら蓮華は背後へと声を張るが、紗良々からの返答はない。ターヤンの介護を受けながら横たわる紗良々を横目に見ると、額に異様な汗を浮かべて呼吸を荒げており、漆黒の浴衣には血の染みが広がっていた。おびただしい出血だ。


「……傷が深イ……」


 ターヤンはすぐさま人肉の干物を取りだし、食べやすいようちぎって紗良々に食べさせる。紗良々は辛そうにそれを咀嚼したが、やっとという様子で喉に下した。そうして一包みの人肉を食べ終えた頃には、出血も止まっていた。


「……これで傷は塞がったはずダ。なのにどうしテ……」


 麗との戦闘で負った切り傷も完治している。浴衣で見えないが、出血が止まったことから考えても、腹部の傷もおそらく問題なく治癒されているはずだろう。だが、どういうわけか紗良々は苦悶の表情のまま意識を混濁させていた。


「おやおや……。まだ息があるのですか。相変わらずしぶとい人だ」


 勝者の余裕すらも見える梶谷の口振り。蓮華たちのことなどまるで脅威と認識していないような、自身に対する絶対的な自信が見て取れる。

 さらに梶谷はメガネを指先で押し上げて薄ら笑いを浮かべた。


「しかしそうでなくてはならない。僕はあなたを簡単に殺したくはありませんから。もっといたぶって、泣かせて、引き裂いて……そうして最後に助けを懇願させた上で、殺して差し上げます。あの時、あなたの両親をあなた自身に殺させた時のようにね」


 梶谷が最後に放った紗良々の過去に繋がる一言に、蓮華は耳を疑う。


「紗良々が……自分の親を……?」

「キサマ……それはどういうことダ?」


 ターヤンの顔の表層に僅かな憤怒が滲み始めた。すでに梶谷の言葉の奥に含まれた意味を察しているのだろう。


「おや? あなた方は何も知らないのですか? 彼女がどのようにして鬼人になったのかを」


 梶谷の口角が快楽を得たかのようにつり上がって歪んでいく。


「彼女はね、自分で自分の親を喰い殺して鬼人になったのですよ。もちろん、僕の催眠によってですがね。あの時の催眠を解いたあとの彼女の泣き顔といったらもう……嗜虐心をそそられてたまりませんでした。あの時は邪魔が入って結局紗良々さんを逃がす羽目になってしまい、とても悔やみました。是非とも、もう一度あの泣き顔を拝みたいものです」


 ゾワリと総身に鳥肌が立つような、そんな言いしれぬ怒りを蓮華は覚えた。

 人に人を――親を殺させるという鬼畜の所業。それを平然と行使し、それどころか快楽を覚えているかのような口振りの梶谷に嫌悪と憎悪が同時に湧いて混ざる。そして紗良々を弄ぶような許しがたい彼の発言が起爆剤となって、それが怒りに変わった。

 蓮華はこれまで抑えていた鬼の力を際限なく解放し、コンクリートの塀を溶かすほどの灼熱の業火を放射してバケモノの群れを一気に炭へと変える。炎の過ぎたあとに残ったのは、燃えさかる地面と溶けかけたコンクリートの塀だけになった。

 また発作で理性を揺さぶられてしまうかも知れない――そんな懸念から力を抑えていたのだが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。


 そして怒りを爆発させたのはターヤンも同じだった。

 無表情ながらも目の奥に殺気立った憤怒を宿し、ターヤンは梶谷に殴りかかっていく。大地を揺るがすような助走と共に繰り出されたターヤンの拳は、凄まじいインパクト音を打ち鳴らして梶谷を弾き飛ばした。

 風を切って飛んだ梶谷の体は、バケモノたちによって半壊させられた建物に衝突し、さらに瓦礫を崩していく。

 その崩壊した建物に向けて蓮華は掌を翳す。そして掌の先で渦を巻く小さな火球を生み出し、解き放った。

 ピンポン球ほどの火球は梶谷の埋もれた瓦礫に衝突した途端、周囲の大気を飲み込み、その火球の小ささとは反する大爆撃を生じさせ、建物もろとも爆破した。

 普通の人間など、その爆炎の中で人の形を保つことすら不可能だろう。


 だが、


「な……ッ!?」


 蓮華は驚きを隠せずに声を漏らす。


「ああ……やはり僕は戦闘が苦手です。そもそも僕は、体を汚すようなことをしたくないのですよ」


 燃えさかる炎の中から、梶谷は鬱陶しそうに体の埃を払いながら悠然と歩いて出てきたのだ。

 体に損傷など皆無。祭服にわずかに白い土埃がついている程度だった。

 その代わり、彼の周囲には卵の殻のような形状をした、分厚い業血の壁が形成されていた。恐らく、あの業血の防御壁によりターヤンの拳も蓮華の炎も防いだのだろう。

 だとしたら、先ほどのバケモノたちの業血とは比べものにならない強度だ。


 ターヤンは梶谷の姿を見咎めた瞬間、間髪入れずに再び殴りかかる。しかしそれは、怒りに任せたような短絡的な動きだった。

 だからこそ、梶谷にとってもターヤンの動きは読みやすかったのだろう。梶谷は表情ひとつ崩すことなく、ターヤンの筋骨隆々とした太い腕から繰り出される強烈な拳を業血で受け止めた。


「ウォオオォオオォオオオオオッ!」


 それでも怒りをまき散らすかのような雄叫びを上げながら、ターヤンはまるでサンドバッグを殴るように梶谷の業血の殻に向かって無造作な殴打を繰り返す。業血と拳がぶつかる度に鐘を叩いたような反響音がこだました。

 しかし、他のバケモノの業血を簡単に砕いていたターヤンの拳でも、その業血にヒビを入れることさえ叶わなかった。逆に、ターヤンの拳が血だらけになり壊れ始めている。


「うるさいですね。邪魔ですよ」


 腕のように伸びた梶谷の業血が大きくしなり、ターヤンを横からどつき飛ばした。


「ターヤン! くそッ!」


 蓮華はすかさず梶谷の足下に狙いを定めて掌を向け、力を込める。紅蓮に輝く地割れが走り、梶谷の足下を明るく染める。

 ――が、それは不発に終わった。液状化した業血が梶谷の足下を水溜まりのように満たし、蓮華の爆炎を飲み込んで威力を殺したのだ。


「そんな……!」


 緋鬼の腕を飛ばした時ほどの威力ではないにしろ、血は十分に足りていて思う存分火力を出せるコンディションではあった。なのに――通用していない。

 相手は鬼の力を二つ持つ異質な存在とは言え、ありふれた業血の力だ。特段珍しい力でもないはずなのに。


「不思議そうですね。ただの業血の力のくせに、と、そう思っているのではないですか?」


 蓮華の疑問は、顔に表れていたのだろう。梶谷は見透かしたように口走る。


「愚かなことだ。僕はね、業血の力こそが最強の鬼の力だと確信しています。液体のような柔らかさを持つ鋼……それを変幻自在に操ることができるこの力が弱いわけがないでしょう。もちろん、その強度を出すには相応の血の濃度が必要ですがね」

「血の濃度……?」

「我々鬼人は摂取した血肉を自分の血肉へと即時変換します。人間の体に蓄えられる血液量は体重の約八パーセント。それは鬼人も変わりません。では鬼人が許容量を超えて血肉を摂取した場合どうなるのか……単純なことです。血が濃くなるのですよ。その濃密な血液を対価に生み出される鬼の力は、より強力なものになるということです」


 梶谷は鋭い爪を持つ餓鬼の腕を模した巨大な腕を生み出し、軽く横になぎ払う。たったそれだけで、コンクリートの塀が発泡スチロールのように脆く崩れていく。


「どうせあなた方は不足した血の分しか〝食事〟をしないのでしょうが、僕は血が足りていようと毎日〝食事〟を欠かさない。そこに決定的な差が生まれるのです。あなた方では束になっても僕には敵わない。さあ……わかったらひれ伏して僕に従いなさい。僕は僕の言いなりになって尻尾を振る人は好きです。逆に、僕に刃向かってくる奴は大嫌いなんですよ!」


 梶谷の業血によって造られた巨大な腕が、横たわる紗良々に向かって振り下ろされる。

 大きな影が紗良々を覆い、大地が揺れる。が、紗良々は無事だった。間一髪で割り込んだターヤンが巨大な手を受け止め、さらにバケモノの始末を終えた暮木が業血の柱を地面から突き出してつっかえ棒のように腕を塞き止めていた。

 その隙に、蓮華は紗良々を抱えて危険地帯から脱出する。


「往生際の悪い人たちだ……。抵抗など数秒の延命にしかならないというのに」

「グゥ……ッ……!」


 梶谷がより強く業血に力を込めたのだろう。ターヤンが苦しげに呻き、暮木の業血の柱にも亀裂が走る。

 このままではターヤンが危ない――蓮華はすぐさま炎により援護を試みようとした。


 しかしその時だった。


 流星のように、赤橙色のレーザー光線が梶谷の業血の腕を射貫く。業血の腕に空いた風穴は数秒の時間差をもって赤熱していき、破裂するように爆炎を生みながら爆散。周囲にどろどろとした生温かい血の雨を降らせ、梶谷の巨大な業血の腕を木っ端微塵にした。


「な……ッ!?」


 その場にいた誰もが驚きに目を丸くする。そしてその存在の出現は、頭に上っていた血を急激に冷めさせた。

 炎の力。しかし、それは蓮華によるものではない。

 自然と、全員の視線が赤い光の放たれた方向――梶谷の崩したコンクリート塀の方へと引き寄せられる。


 燃えるように紅い体皮。不気味にぎょろつく単眼の瞳。左右ともに肘から枝分かれした四本の腕。灼熱を纏う紅い――鬼。

 そこにいたのは、餓鬼の王――緋鬼だった。そしてその大きく開く口先には、レーザー光線を放った名残と思しき炎の球が渦を巻いていた。


「な……ぁ……っ! どうして緋鬼がここに……!?」


 開いた口が塞がらずに困惑を口に出した梶谷に、緋鬼からもう一発のレーザーが放たれる。梶谷は咄嗟に業血の殻を生み出し身を守ったが、緋鬼の一撃の前では彼の業血も紙くずのように貧弱だった。眩い閃光と共に爆ぜた火炎により、梶谷が吹き飛んでいく。

 蓮華とターヤンは言葉も出ずに硬直していた。そんな中、いち早く行動に出たのは暮木だった。


「逃げるぞ」


 暮木は拳で地面を叩くと、目の前に大陸を分断するような巨大な業血の壁を築き上げる。

 しかし蓮華は、業血の壁の向こうに消えた緋鬼から未だに目を離せずにいた。


「蓮華! 早くしロ!」


 ターヤンの呼び声でやっと我に返り、蓮華は紗良々を抱えて走り出す。何かが違う――そんな、以前にも感じた緋鬼への違和感を胸の中で再燃させながら。



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