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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第十七話 ヒーローじゃない僕ら

「お久しぶりですねぇ、サラさん。いえ……今は紗良々さんでしたか。お元気そうで実に……残念です」


 紗良々に切り刻まれんばかりの殺意を向けられた彼――梶谷壮士は、不敵に口元を歪めて言った。


「紗良々……こいつは……?」


 サラ――その紗良々の呼び名に疑問は残った。

 だがそれ以上に、たった一言二言の口振りだけで伝わってくる、深淵の縁に手をかけたような禍々しさ。その異質な雰囲気を感じ取った蓮華は警戒レベルを跳ね上げて紗良々に問いかける。


「この小娘に催眠をかけとった元凶……餓鬼教の幹部的な存在や。気ぃつけや。心に隙つくったら最後、乗っ取られるで」


 なみなみ注がれたコップの水面のような緊張感が張り詰める。そんな蓮華たちを、梶谷は可笑しそうにクスクスと笑い始めた。


「そう肩を張らないで下さい。僕は争いに来たわけじゃない。そう、その子を返して貰えればそれでいいんです」


 浩太郎、天助、愛奈が守るように麗の肩を強く抱く。


「誰が渡すかよ……! もう二度と麗には触れさせねぇッ!」


 一際激しい怒りを露わにした浩太郎が自身の眼前に気弾の塊を生成した時、しかしそれは一筋の雷撃によって相殺された。


「勝手に手ぇ出すなや小僧」

「何でだよ!? コイツが麗をこんな目に遭わせたんだろ!? 一発ぶん殴るくれぇしねぇと気が――」

「死にたいんか?」


 相手を凍りつかせるほどの冷徹さを持った絶対零度の紗良々の視線が浩太郎を突き刺す。おそらく、浩太郎はその時初めて自身より小さい彼女に恐怖を抱いたことだろう。完全に威勢を消沈させ、口を固まらせた。


「成長しましたね、紗良々さん。以前は僕を目にした途端に襲いかかってきたというのに。あの頃のあなたが懐かしい」

「黙れや下衆が」

「口汚い人だ。まあいいでしょう。もう一度言います。その子を返して頂けますか? 彼女は僕にとってとても貴重な〝サンプル〟なのです」

「どういうことや。この小娘の二つ目の鬼の力……まさかアンタの仕業か?」

「いかにも」


 梶谷は微笑みを浮かべて清々しくも頷く。


「餓鬼から採取した呪血を鬼人に植え付け、二つ目の鬼の力を発現させる……彼女はその実験の数少ない〝成功作〟なのです。あなた方も見てきたでしょう? 檻の中に転がった数多(あまた)の〝失敗作〟たちを。アレは二つ目の呪血に肉体が耐えきれず崩壊した弱き魂たちです。そんな中成功を掴み取った彼女の存在がどれほど貴重か……おわかり頂けますか?」


 蓮華の脳裏に、通りかかった牢屋に広がっていた無残な光景がフラッシュバックする。そして同時に、この男の狂気に悪寒と怒りを覚えた。

 つまり、人体実験。それも、〝失敗作〟と言われた彼らが麗と同様のケースだとすれば、何の罪もない無関係な一般人を連れ去り、実験を繰り返し、殺していたことになる。正気の沙汰ではない。


「本当はその子を切り捨てるつもりであなた方と戦わせたのですが……いやはや、二つ目の呪血を受け入れたばかりでこの性能……! 形状崩壊を起こす兆しすら見せない安定性! 実に素晴らしい! さすがに菜鬼の鬼人には歯が立ちませんでしたが、それでも十分すぎる成果です! だからこそ、やはりここで失うには惜しい存在だ!」

「外道が……ッ! 人を鬼人に変えるだけじゃ飽き足りんくなったか!」

「おっと……勘弁して頂きたい。僕は戦闘が苦手なので。そちらがその気なら、僕も武力に頼らなくてはならない」


 攻撃的な電流を弾けさせる紗良々を見て梶谷は両手を挙げる。そして――その目を赤く光らせた。

 すると彼の背後にあった棟が崩壊を始め、虫の巣を叩いたようにわらわらと黒い影が湧いて出る。

 片腕ないし両腕が異形のものへと変わり果てている者、顔の半分が崩壊し牙と角のようなものが生えた者、半身が餓鬼のように変質した者――それは、人と餓鬼の狭間のような形態をしたバケモノの群れだった。さらに彼らは皆一様に、梶谷と同じような赤い目をしている。


「なんだよあいつら……!?」

「さっき言ってた無数の生体反応ってやつだろうナ」

「気をつけろ。厄介そうだ」


 ターヤンは筋力を増加させた戦闘モードへと切り替わり、暮木は業血の大剣を造り出し、すぐに臨戦態勢へと入る。


「彼らは失敗作の中の生き残りです。壊れかけのおもちゃのようなものですが……それでもこの数がいればあなた方と刺し違えるくらいの役目は果たせるでしょう。さあ……どうします? 彼女をこちらに渡して穏便に済ませるか、彼らに喰い殺されてから彼女を奪われるか」

「どっちでもあらへん。アンタを殺す。それでハッピーエンドや」

「……残念です」


 赤目のバケモノたちが一斉に襲い来て、紗良々が雷撃により迎撃を始める。それに続くように、暮木とターヤンもバケモノの群れへと進軍を開始した。

 ――だが、蓮華はそれを躊躇う。


「ちょっと待てよ! そいつらも操られてるだけなんだろ!? 殺すのか!?」

「またキミはそうやって甘っちょろいことヲ……!」


 ターヤンがバケモノの一人を拳で粉砕して吹き飛ばしながら声を震わせる。


「ボクらは正義のヒーローじゃナイ! いつでも誰かを救えるわけじゃないんダヨ! いい加減諦めロ!」

「それに、今のこいつらを正気に戻したところでどうなる。あんな姿では、さらなる絶望を与えるだけだろう。恐らく元に戻す(すべ)もない。いっそのこと、ひと思いに殺してやれ。それがこいつらにとっての、せめてもの救いだ」


 殺すことが救い――大剣を振るいながら言った暮木のその言葉に、蓮華は胸が締め付けられる。

 どうしようもなく、納得してしまったのだ。

 このまま彼らに生き地獄を味わわせるよりも、せめて安らかに眠らせた方が彼らにとって幸せなのかもしれない、と。

 今自分にはそれしかできない。それ以上の方法で彼らを救うことは、できない。

 自分の胸に、半ば強引に言い聞かせる。まるで、命を奪う事への卑怯な言い訳のように。

 そして、手を伸ばす。


「……ごめん」


 蓮華は一言、風の吹くような消え入る声で謝って、飛びかかってきた一人の男を焼き払う。せめて苦しまないように、一瞬で灰に変える威力で。

 圧倒的なバケモノの軍勢にものともせず対処する蓮華たちを見て、しかし梶谷は余裕そうに口角を上げた。


「やはり一筋縄ではいきませんか……。ではこれでどうでしょう」


 何かの信号を送るように、梶谷の目が一層強い光を瞬かせる。すると無闇矢鱈と暴力的に体を振り回していたバケモノの軍勢が一変し、その手や背中、足下から大量の血を放出し始めた。

 赤黒くうねるその血は、出血によるものではない。明らかに鬼の力――業血だ。


「ク……ッ! まさかコイツら全員が業血を使えるのカ!?」


 ターヤンは迫りくる業血の嵐を強力な拳で破壊して凌ぐものの、数が多すぎて二つの拳では対処が間に合わない。捉え損ねた業血の刃がターヤンを四方から斬りかかる。頑強な筋肉の鎧を持つターヤンの体は簡単に業血の刃を通すことはなく薄く傷を刻む程度だが、斬りつけられる度にターヤンは顔を苦く潰す。


「これは思った以上に骨が折れそうだな」


 暮木は自らの業血を自身の周囲に展開し、飛びかかってきたバケモノたちの業血を防ぐ。暮木の周囲にはバケモノたちの業血と暮木の業血の混じり合った業血の壁が形成され、均衡を保っていた。


「なんて数だ……!」


 蓮華は背後にいる浩太郎たちに被害が及ばないよう、半円状に爆炎をまき散らし、業血を塵に変える。


「蓮華さん! 下っ!」


 愛奈の叫んだ警告により足下を見ると、業血の触手が地中から飛び出し蓮華の足を絡め取る。蓮華はすぐに足に力を込め、その業血へと導火線のように炎を流し込む。業血の触手を伝って流れた蓮華の炎は業血を操る主へとたどり着くと、火を噴いて爆発。事なきを得る。


「……アンタら、スマンけど雑魚は頼んでええか?」


 悠然と立ったまま火花のような電流を体から放電させて一切のバケモノを寄せ付けずにいた紗良々は、そう口を開いた。

 それを聞いたターヤンは、そして暮木も、口元を綻ばせる。


「もちロン」

「承知した」


 防御に徹していたターヤンはスイッチを切り替えたように反撃へ転じ、デタラメに拳を振り回して暴れ始める。まるで飛び回る羽虫を振り払うがごとくバケモノを散らし、業血の刃に体を切り刻まれようがお構いなしにとにかく暴れる。防御を捨てた捨て身の攻めだ。

 暮木は自身の周囲に展開していた業血の壁から新たに幾本もの触手のような業血を飛び出させ、業血の間を縫うように走らせる。針のように鋭い矛先を持った暮木の業血は次々と囲んでいたバケモノたちの腹や胸を貫いていく。


「プヒヒ。おおきに」


 紗良々は安心したように言うと、電流を収め、人差し指と中指の二本を立てた右手を口元へと持ってくる。


「オン アビラ ウンケン ソワカ――我が境界に踏み入れんとする悪しき魂を退けよ。天地蒼翠(てんちそうすい)――境結(きょうけつ)(かい)


 紗良々の光を宿す右手の指先がゆるりと横一線に振り抜かれると、その足下から五芒星の描かれた魔法陣が浮かび、拡大を始める。それは梶谷の足下まで広がっていき、梶谷と紗良々だけを囲む純白に輝く結界が完成した。


「ほう……これが例の陰陽師の術――呪術というものですか。初めてお目にかかりますが、なかなか素晴らしい光景だ。そして察するに、これは結界……といったところですか」

「ああ、そうや……。これでもう、アンタは誰の助けも借りれへんで……」

「ふむ……」


 梶谷は物珍しそうにぐるりと結界を見回して、最後に肩を揺らして息を荒げる紗良々を見る。


「しかし、どうやら呪術とやらはかなり消耗が激しいようですね? 果たしてその余力で僕を殺せるでしょうか?」

「アンタ一人あの世に送るくらいわけあらへんわ。それに、今日はアンタの護衛の、あの気色悪い女もおらんみたいやしなぁ」

「ええ、運の悪いことに彼女は今お出掛け中でして」

「そらホンマに運があらへんかったなぁ。油断しすぎやで」


 紗良々は呼吸を荒げたまま、最後の力を振り絞るように、矛を形作った右手に電流を迸らせる。


「護衛のおらんアンタなんぞ――ただの人間同然や!」


 そして地を蹴るようにして駆け、梶谷へと一直線に突き進む。標的を血祭りに上げんとする、殺意の弾ける右手を構えて。


 だが――


「――か……は……ッ!」


 血を吐くことになったのは、紗良々の方だった。


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