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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第十三話 家族

 彼女の必死さから立ち話で聞くような軽い話ではなさそうだと察した蓮華らは、拠点であるマンションに場所を移した。

 暮木は壁際に寄りかかって立ち、ターヤンはソファーに腰掛けポテチを貪り、紗良々はバランスボールに乗っかり、蓮華は床に胡座を掻いて――各々好きなように位置についてリビングに集まっている。そんな中、蓮華たちの中央の座布団に正座しているのは、件の少女――雨里愛奈だ。彼女はピンと背筋を伸ばし、緊張した面持ちで蓮華たちを見回していた。


「そんで……小娘。なんやウチらに頼み事あるみたいやけども、まずはアンタが何者(なにもん)なんか、その辺を明かしてもらおか。話しはそれからや」


 紗良々が鋭い切れ味を持つ口調で口火を切る。しかし愛奈は臆することのない凜とした態度で答えた。


「雨里愛奈と言います。十四歳です。特に何者というほどの者でもありません。あの二人と一緒に密かに生きているだけの、ただの……鬼人です」

「ほーん……。そんじゃ、ウチらももういっぺん自己紹介した方がええんかいな?」

「いえ、先ほど聞かせて頂いた時に覚えました。紗良々さん。暮木さん。ターヤンさん。特に、蓮華さん。先ほどは助けて頂いて本当にありがとうございました」

「え? ああ、いや、べつに……」


 まるで旅館の女将などのする座礼のように両膝の前で三角に手を突いて深々と頭を下げる彼女に、蓮華は戸惑って頭を掻く。なんだか受け答えが堅苦しい。彼女の真面目さが滲み出ていた。面接みたいだと蓮華は思う。

 そんな彼女の様子を見た紗良々は「プヒヒ」と可笑しそうに笑った。


「よろしいよろしい。ほんならさっそく本題といこか。愛奈はウチらに何をして欲しいんや?」

「助けて頂いた身でこんなことは申し上げ(にく)いのですが……もう一人、助けて欲しい人がいます」


 愛奈はぐっと手を握り締めて、力強く言葉を紡ぐ。


「その子の名前は望月麗(もちづきれい)と言います。今日皆さんとお会いした私たち三人の……大切な家族です」

「家族?」


 蓮華は思わず聞き返す。

 全然似ていなかったし、そもそも全員名乗った名字が違ったはずだ。


「すみません……私たちは血の繋がった家族ではないんです。私たちには……親がいません。全員、孤児院で育ったんです」


 愛奈から語られた答えに空気が重く沈む。まだ彼女の歩んだ人生の一歩目ほどの過去しか聞いていないというのに、彼女の壮絶な人生が垣間見えた気がした。


「コウちゃんと、テンちゃんと、私と、そして麗ちゃんはいつも一緒にいて、支え合って、励まし合って、笑い合って……兄妹のように過ごしてきました。でも一年前……男の人が私たちの孤児院に訪れて、私とコウちゃんとテンちゃんの三人を養子に引き取ったんです。とても優しそうな男の人でした。……でも、それが悪夢の始まりでした」


 愛奈の声は次第に震えていく。


「結末から言うと、その男の人は餓鬼教という宗教団体の人でした。そしてその人は私たち三人に餓鬼の血を植え付けて、私たちをバケモノに変えたんです」

「は……?」


 蓮華はすぐに意味を飲み込めなかった。考えたくなかった。考えたこともなかった。そんな〝闇〟は。


「ちょっと待ってくれ。お前は餓鬼教の人間に、無理矢理鬼人にさせられたのか……?」

「はい。私たちを呪ったのは、餓鬼ではありません。餓鬼の呪いを悪用した、鬼人です」

「なんだよそれ……!」


 憤りを禁じ得ず、蓮華の握った拳が震えた。

 赦せない。子供を無理矢理鬼人に変えさせるなんて。こんな地獄に、無関係な人を故意に引きずり込むなんて。非人道的にもほどがある。


「私とテンちゃんより一つ年上で一際責任感の強いコウちゃんは、私たちを守るために抵抗してくれました。そしてコウちゃんは風を操る鬼の力を使って……その男の人を殺しました」

「な……っ!」


 蓮華は衝撃を隠せず声を上げる。


「あいつ……過去にそんなことが……」


 やたらと警戒心が強いことにも頷けた。騙されて、バケモノにされて、人生を無茶苦茶にされたのだ。誰も信じられなくなるのも当然かもしれない。


「逃げ延びた私たちは、すぐに元の孤児院に戻ろうとしました。でも……」

「その体じゃ、戻るに戻れんかった」


 紗良々が愛奈の言葉を代弁すると、彼女は「はい」と小さく頷く。


「バケモノにされる時、餓鬼教の男の人から餓鬼や鬼人やこの裏側の世界について色々と聞かされましたが、本当に人間以外食べれなくなってるなんて思わなくて……。だから私たちは、この世界でひっそりと暮らすことを決めたんです。何よりも、麗ちゃんに心配を掛けたくなかったし、巻き込みたくもなかったから」


 愛奈の気持ちが蓮華は痛いほどわかった。

 蓮華も同じだ。大切な人だからこそ、巻き込みたくない。間違ってもこんなツラい思いをさせたくない。今蓮華がここにいるのは、そう思ったからこそだ。


「でも何も連絡しないと逆に心配させちゃうと思って、週に一度は皆で麗ちゃんに会いに行っていたんです。なんともないフリして、いつもみたいに笑って。でも……二週間くらい前。突然、麗ちゃんがいなくなったんです。話しを聞くと、ある男の人に引き取られたとのことでした。私たちは嫌な予感がして、すぐに麗ちゃんを探しました。……麗ちゃんを引き取ったのは、餓鬼教でした」


 目に見えて愛奈の顔に影が差した。


「それを知ったコウちゃんはすぐに麗ちゃんの捕らわれている餓鬼教の教会へ助けに行こうしたんです。でも、ちょうど教会から出てきた餓鬼の面を被った人物と戦闘になって……。その人は恐ろしく強い人でした。コウちゃんの不意打ちの一撃以外は歯も立たなくて、返り討ちに遭ってしまったんです」

「なんちゅー無謀な……。ガキンチョだけで餓鬼教に刃向かって、よう無事に帰って来れたなぁ」

「無事……ではなかったです。その時コウちゃんは怪我をしてしまったので……。でもコウちゃんは餓鬼の面の人が持っていた人間の肉を奪って来ていて、そのお陰で助かったんです」


 そこまで話して、愛奈はすぅっと息を吸う。


「皆さんの中に、無数の餓鬼を一瞬で一掃するほどの力を持った方がいらっしゃるとコウちゃんに聞いて、不躾なのを重々承知で訪ねました。どうかお願いします。麗ちゃんを助けてください……! コウちゃんが無礼を働いたことは謝ります。本当にごめんなさい。でも、コウちゃんは私たちを守ろうと必死になっているだけなんです……! 悪気があるわけではないんです……! どうか、許してください……!」


 愛奈は涙ながらに頭を深々と下げた。


「お、おい……! べつに僕たちは怒ってねーし! 頭上げろって!」

「そうや。頭上げぇや小娘」


 紗良々が何故か険しい口調で言い放つ。


「事情はわかった。同情もする。せやけど『お願いします』一つで『はいわかりました』っちゅうわけにはいかんな」

「お、おい……紗良々――」

「蓮華は黙っとき」


 紗良々はピシャリと蓮華を止める。


「アンタの頼みはつまり、ウチらに餓鬼教と戦争しろゆうことやぞ? フツーに考えて、初めて会うた小娘に頼まれて見ず知らずの小娘助けるために命張れるわけないやろ。ウチらになんの得もあらへん。もし見合った対価をアンタが支払うっちゅうんなら話は別やけどな」

「対価……?」

「そう、対価や。ウチらは命張って戦うんや、アンタも命丸々と言わんでも、命の欠片くらい懸けてもらわんとなぁ」

「……どういう、意味でしょうか……」

「アンタの片腕、ウチらに寄こしや」

「紗良々……ッ!」


 たまらず蓮華は口を挟んだが、紗良々は構わず続ける。


「この小僧……蓮華は、ウチらが力を貸した代わりに腕一本捧げてくれたで?」

「おい紗良々! 僕は結果的に元通りになったけど、普通の鬼人は僕のように元通りにはならないんだろ!? そんなこと――」


 異議を唱える蓮華に紗良々は無言で手を向け、制する。


「どうなんや? アンタにそれができるんか?」


 紗良々の蛙を睨む蛇のような眼光が愛奈を突き刺す。

 愛奈はそれを真っ向から見据え返し、そして驚いたことに、


「わかりました」


 一切の迷いを見せることなく、即答した。


「紗良々さんの仰る通りだと思います。私は、見合った対価を支払うべきです。腕一本でも、二本でも、私の全てでも、何でも差し出します。私の命一つで足りるのでしたら、好きに使ってください。だからどうか……麗ちゃんをお願いします……!」


 その愛奈の答えを聞いた紗良々は、いつものように憎たらしく「プヒヒ」と笑みを零す。


「ええで。交渉成立や」


 蓮華はため息が出そうになった。

 紗良々の考えていることがわからない。まさか本当にこの子から腕を貰う気じゃ……。

 そして当の本人である愛奈は、自らの命を捧げたというのに心底嬉しそうに「良かった……」と、涙ぐませて顔を緩めていた。

 つまり麗という子は、それほど大切な家族ということなのだろう。


「そんで、その麗とかいう小娘が今どこに捕らわれとるか、わかるんか?」

「あ、はい。ちょっとお待ちください。今探します」


 そう言って、愛奈は瞳を閉じた。


「……ちょい待ちぃや。今から探す?」

「はい。私の鬼の力は『探知能力』で、生き物の生体反応を感じ取ることができるんです。生体反応は一人ひとり違いますから、鬼の力を発動して一度でも生体反応を見た相手ならその生体反応を探って、位置を把握することもできます」

「ホンマか!?」


 ビックリするくらいの声を張り上げて紗良々が食いついて、愛奈は戸惑ったように目を開いた。


「は、はい……。と言っても、把握できるのは頑張っても半径五キロくらいですが……」

「五キロか……。例えばそれは、どんな餓鬼がどこにおるかも把握できるんか?」

「すみません……。餓鬼の位置自体を知ることはできますが、それがどの餓鬼かまで判別することは……。一度でも遭遇したことのある餓鬼でしたら可能かも知れませんが……」

「紅い餓鬼や。知らんか?」


 蓮華は紗良々が食いついた理由がそこで初めてわかった。

 もし愛奈が緋鬼を探知できれば、目的に一気に近づけることになる。

 しかし、その希望は彼女が首を傾げたことで絶たれた。


「赤い餓鬼……ですか? すみません……見たことがないです」

「そうか……。邪魔してスマンかったな。探知続けてくれてええで」


 紗良々は落胆したようにバランスボールに座り直した。

 蓮華も少し期待してしまっただけに、少し肩を落とした。


 愛奈は気を取り直して瞼を閉じる。そして波一つない水面(みなも)のように、彼女は静寂する。彼女の息づかいが聞こえてきそうなほどの静けさが部屋に広がった。

 その数秒後。


「――っはぁ、はぁ……!」


 愛奈は突然呼吸を乱し、体勢を崩した。


「どうした!?」

「す、すみません……。ちょっと血が足りなくて……。本当は見張り役とかも私の力を使ってやれればいいんですが、この有様で……。でも、見つけました……」


 彼女は起き上がって呼吸を整える。


「地図とかありませんか……?」

「それなら……」


 蓮華はポケットから滅多に使わないスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動する。もちろんヘルヘイム側では電波もなければGPSも機能しないため、本当にただの電子地図としてしか使えない。

 愛奈は蓮華のスマホを受け取ると地図をスライドしていき、


「……ここです。今、麗ちゃんはここにいます」


 一つのポイントを指さした。紗良々がバランスボールから飛び降りてスマホを覗き込む。


「……なんやここ。刑務所……?」

「……みたいですね……」

「これはヘルヘイム側のっちゅうことなんか?」

「はい。もし表の世界にいたら、私も表の世界に出なければ探知できませんので。……あ、そうだ。念のために麗ちゃんの顔がわかる写真を……」


 愛奈がポケットから一枚のよれた写真を取り出した。

 その写真には愛奈、浩太郎、天助、そして蓮華の知らない少女の四人が、晴れ空の下で太陽のような笑顔を浮かべて写っていた。子供らしい無邪気さが惜しみなくあふれ出た心の温まるような写真だった。


「麗ちゃんは、この子です」


 当然ながら、愛奈はその中の蓮華の知らない少女を指さして言う。

 けれど紗良々は、訝しげに眉を顰めた。


「……ホンマにこの小娘なんか?」

「……? はい、そうですが……」

「どうかしたのか、紗良々?」

「この小娘……ウチが仕留め損ねた犯人や」

「は?」


 蓮華は紗良々の言っている意味がすぐに頭に入ってこなかった。


「前に言うたやろ。連続行方不明事件の犯人を逃がしてもうたって。そいつは餓鬼教の(モン)やったんや。餓鬼教の下っ端が着とる黒いローブを纏っとったから間違いあらへん。そいつは〝業血〟の力を使う鬼人で、女を攫おうとしとった」

「……麗って子は餓鬼教に捕らわれてんだろ? その話と何の関係が……」

「せやから、その鬼人がこの小娘やった言うてんのや。残念やけど、もう手遅れや。この小娘は既に鬼人にされて、餓鬼教の手に墜ちとる」

「そんな……っ!」


 愛奈は絶望に瞳を揺らした後、両手で顔を覆い「麗ちゃん、麗ちゃん」と何度も名前を呼びながら涙をこぼし始めた。

 その痛ましい姿に蓮華は胸の奥が締め付けられる。

 助け出そうと懸命に足掻いてきたのに、既にバケモノにされていて、しかも人を攫っていたなんて……いくらなんでも残酷すぎる結末だと思った。

 そんな愛奈に、紗良々は「いくつか質問や」と問いかける。


「孤児院で育ったっちゅうことは、この小娘にも親はおらんのやな?」

「はい……いません」

「家族と呼べるような親しい仲はアンタらだけか?」

「……そうだと思います。仲の良い友達くらいはいると思いますが……」

「この小娘が餓鬼教に連れてかれたんは二週間前なんやな?」

「……? はい、そのくらいです」

「最後や。ウチが見たんは、この小娘が躊躇なく人を攫おうとしとった姿やった。この小娘は元から簡単に人を傷つけるようなクズやったんか?」

「ち、違います! そんな子じゃありません! 麗ちゃんが誰かを傷つけたことなんて一度も……! きっと何かの間違いです! それか、餓鬼教に脅されているとか……!」

「そうか……。……まだこんな卑劣なことしとったんやな……あんのクソメガネ……ッ!」


 突然、紗良々の目に深く鋭い憎悪と憤怒が刻まれ、固く握り締めた拳から電流が弾け飛んだ。


「急にどうしたんだよ、紗良々……?」

「……スマン。取り乱してもうたわ」


 強ばった体から力を抜いて電流を収め、紗良々は視線を落とす。

 紗良々がこんなに歪んだ怒りを露わにしたところを見るのは、蓮華は久しぶりのことだった。蓮華が初めて丈一郎に出会った時以来だろう。あの時の紗良々も、こんな憎悪に支配された目で丈一郎を睨んでいた。


「愛奈……安心してええで。アンタの家族はウチが必ず助け出したる。何がなんでもや」


 言葉とは裏腹に、その声には決して優しさを孕んでおらず、ただ決意と怒りだけが滲み出ていた。

 そして紗良々はその声色のまま、蓮華たちに向き直る。


「アンタら、行くで。戦争や。餓鬼教を――ぶっ潰す」


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