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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第十一話 最後の砦

「――どうですか、穂花さん。体の調子は。そろそろ慣れましたか?」

「はい……そうですね。初めよりは」


 漆戸穂花は絶え間ない空腹を訴えるお腹をさすりながら答える。

 戸賀里丈一郎は「それは良かった」と営業的なスマイルを浮かべた。


「そうだ。何かお召し上がりになりますか? あるいはお飲み物でも。ココアなんてどうでしょう?」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


 穂花は窓から夜空を見上げる。薄くスライスされたような三日月が辛うじて見える。東京の夜空って本当に星が見えないんだ、と少し寂しく思った。

 ここはマンションの一室で、丈一郎の隠れ家の一つらしい。穂花は今、そこに住まわせてもらっている。いや……匿ってもらっている、の方が正しいのかもしれない。


「それで……お話というのはなんですか?」

「おっと、そうでしたね」


 湯気の立つコーヒーを堪能していた丈一郎は、芝居がかった仕草で驚いて見せてコーヒーカップをテーブルに置いた。

 丈一郎の家に住まわせてもらっているとは言っても、丈一郎は時々様子を見に来る程度で、穂花と一緒に暮らしているわけではない。今日は話しがあるとのことで真夜中に訪れてきたのだ。


「実は蓮華くんのことでお話がありまして」

「蓮華の? 何かあったんですか!?」

「ありましたが……まあ落ち着いてください。まだ慌てるほどの事態ではありませんから」


 腰を浮かせて詰め寄った穂花を丈一郎は優しく宥める。穂花は(はや)る気持ちを抑えて、もう一度窓際のソファーに腰を落とした。


「……丈一郎さんには、今も蓮華の様子が見えるんですか?」

「ええ。私は自分の操る〝水〟を通して視覚と聴覚を共有することや、その水を振動させて話すこともできますから。今も蓮華くんの近くに私の操る小さな水滴を漂わせて見張っています。今までは蓮華くんの監視役という名目でストーキングできたのですが……任を解かれてしまった今、それもままならなくなってしまいましてね。残念です」

「それで、蓮華に何が……?」

「つい先ほど、自我を失うレベルの暴走状態に入りました。既に体の一部に餓鬼化が始まっています」

「それって大丈夫なんですか……?」


 まだ餓鬼についても浅くしか知らない穂花は事態の深刻さがイマイチ理解できなかった。


「そうですね……ちょっと厄介な子たちと巡り会ってしまったことが気がかりですが、概ね問題ないでしょう」

「厄介な子たち……?」

「まあ、それはこちらの話しですのでお気になさらず。餓鬼化の件については……私にはどうにもできませんね」


 軽い調子で言って、丈一郎は再びコーヒーカップを手に取り啜り始める。


「どうにもできないって……それじゃあ……!」

「安心してください。私にはどうにもできませんが、どうにかできるかもしれない人を助っ人として呼んであります」


 丈一郎がそう言うと、タイミングを見計らったように部屋のドアが開いた。

 そして入ってきたのは、海のように深い蒼色をした髪が特徴的な女性。やる気のないジト目をしているが、可愛さと美しさを共生させたような美貌をしている。そして何より、黒革のライダージャケットからはみ出んばかりの胸が際立つグラマスなボディをしていた。


「紹介します。澄風奈月(すみかぜなつき)さんです。彼女は――」

「あらー! 何この子チョーカワイイ! めっちゃ好みなんですけど!」


 丈一郎の声を遮って、澄風奈月は穂花に抱きついた。穂花は柔らかくて豊満な胸に顔を埋められて呼吸ができない。突然のことにプチパニックになった。


「ねぇねぇ、この子食べてもいいの!?」

「あなたがどちらの意味でおっしゃっているのかわかりかねますが……どちらにせよ答えはノーです。穂花さんに手を出すことは私が許しません」

「何よケチー。ちょっとつまみ食いするくらいいいじゃない。ぶー」


 奈月はほっぺを膨らませてぶー垂れる。やる気のなさそうなジト目からは想像できないくらいテンションの高い人だった。


「……申し訳ありません、穂花さん。彼女はこういう人なんです。大目に見て付き合ってください」

「え、えーっと……」


 穂花は戸惑うばかりで何を言えばいいかわからず、言葉に詰まる。


「初めまして。アタシは澄風奈月よ」

「は、初めまして……。私は漆戸穂花っていいます」

「穂花ちゃんね。アタシのことは奈月って呼んでくれていいわよ」

「は、はい……奈月さん。よろしくお願いします……」

「よろしくよろしく! あなたみたいな子なら大歓迎! もちろん性的な意味で!」

「え、えーっと……」


 穂花はまた言葉に詰まってしまった。ただでさえ真夜中で眠いのだ。高すぎるテンションについて行けなかった。


「澄風さん。なにやら勘違いしているようですが……あなたにお願いしたいのはその子ではありませんよ」

「えっ!? 違うの!?」

「白崎蓮華くんという男の子です」

「はぁー? オトコぉ? うっわ、マジありえねぇ……」


 奈月のテンションが目に見えて氷点下まで急降下したのがわかった。


「あの……丈一郎さん。この方は……?」


 穂花の疑問に、丈一郎はフェルトハットを被り直し、そして仕切り直して答える。


「彼女は、蓮華くんを救うための最後の砦です――」


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