第三話 赤の骸
ボウリング場が荒野となり、泡を吹いて気絶する男たちが転がる有様となった頃。
「はあ!? わざと捕まったぁ!?」
紗良々の絶叫が静寂を切り裂いてこだました。
「やっぱり聞いてなかったのか……」
様子から分かりきっていたことだが、蓮華は改めて肩を落とす。紗良々に伝えるなら伝えるでしっかり漏れなく伝えてくれよ、と暮木に文句を言いたくなったが、しかしこの紗良々の様子だと最後まで伝える前に紗良々が飛び出したのだろうことが目に見えてしまい、暮木を責めきれなかった。
「このカラーギャング……イエロースネークって言うらしいんだけど、のぞみに殺された仲間の逆恨みで絡んできやがってさ。ムカついたから、逆に組織ごと潰してやろうかなって。わざと捕まってボスを直接ぶっ飛ばしてやろうと思ったんだ。結局ボスは来なかったけど」
「なんちゅう無茶を……。バカちゃうか!? 心配したやないか!」
「ごめんごめん。ちょっと頭に血が上っちゃって……」
冷静に考えてみれば、短絡的で危険な行動だった。のぞみのことを思い出し、怒りが沸いて視野が狭くなっていた。
「……ったく。気ぃつけや、バカ」
ぶっきらぼうな気遣いを受け取って胸が温かくなりながら、蓮華はもう一度「ごめん」と謝罪を口にする。その口元が言葉に反して緩み、笑みを浮かべていたものだから、紗良々に蹴りを食らう始末となった。
「お前らは……何なんだ……? どこのチームだ……?」
茶番を割って声を上げたのは、転がるイエロースネークの輩ではない。椅子に縛られて座っていた虫の息の男だった。見た目は若く、茶髪の髪から覗く目元はズタボロでありながらも凜々しく力強い。仲間割れで制裁を受けていたというわけではなく、別のチームのカラーギャングなのだろう。真っ赤なシャツを着ているため、『赤色』をチームカラーとするギャングなのかもしれない。
「僕たちはカラーギャングじゃねーよ。たまたま巻き込まれただけだ。……それにしても、酷い怪我だな……。大丈夫か?」
あまりの痛ましい姿に、蓮華はすぐ男の手足を縛っていた鎖を焼き切って解放させてあげた。だが立つこともままならないのか、彼は動く様子がない。深刻なダメージを負っているようだ。
「紗良々。肉持ってないか?」
「持っとるけど……」
「この人に分けてあげてくれ」
当たり前のように口走る蓮華に、紗良々はわざとらしく盛大な溜め息を吐いた。
「まったくこのお人好しは……。人肉がどれだけ貴重やと思っとんねん……。ホンマ、頭ン中チョコレートやわ……」
紗良々はブツブツと文句を垂れながらも、ポケット代わりにしている帯の隙間から小包を取り出し蓮華に投げ渡した。「ありがとな」と蓮華は受け取ると、その白い紙包みを剥いて肉の干物を晒し出す。
「ほら」
それを男へと差し出すと、彼は驚きに目を見開かせた。躊躇いもなく差し出された人肉に動揺を隠せない様子だった。何か企んでいるのかと蓮華を疑いすらしているように見える。
「……くれる、のか……?」
「ああ。食べれるか?」
貴重な人肉を簡単に差し出し、さらに身を案じる言葉までかける蓮華の愚直な姿に、どうやら男は疑うのも馬鹿らしいと思ったようだ。漏れるような笑いを零し、それを受け取った。
「すまない……ありがとう」
心から絞り出したように言って、男はむしるように肉を食いちぎる。全てを平らげた頃には痣が消え、顔に色味が戻っていた。
「お前たちが何者だろうと、本当に助かった。恩に着る。でも、お前も怪我をしているのに……本当に良かったのか?」
「僕なら大丈夫だ。〝コレ〟がある」
蓮華はポケットから可愛げな包みに入った玉を取り出して包装を剥き、露わになった赤黒い飴玉を口に放り込む。瞬く間に全身から痛みが引いていき、顔に残っていた赤い打撲痕も消えてなくなった。以前に紗良々からもらった血飴を参考に自分でも輸血パックの血から飴を作成し、予備として数個持ち歩くようにしているのだ。
一粒の飴玉を舐めただけで傷を癒やしてしまった蓮華に、男はまず驚いていた。だがそれも一瞬で、すぐに「はっはっは!」と可笑しそうに豪快に笑った。
「お前、面白い奴だな。俺は桜木誠だ。助けてもらったこと、心から礼を言う」
「白崎蓮華だ。僕は僕のやりたいようにやっただけだし、気にしないでくれ」
蓮華は誠から差し出された手を握り返す。その蓮華の言葉に誠は驚いたように目を丸くしたかと思うと、すぐにキザな笑みを浮かべた。蚊帳の外にされていた紗良々は「男同士でイチャイチャすんなや」と野次を飛ばしていた。
そうして波乱を含みながらも解決を迎えた頃。破壊された入り口から重みのある足音が近づいて来るのを察知し、蓮華と紗良々は警戒して空気を緊張させる。
悠然と現われたのは、軍人のように鍛え上げられた肉体を持つ大柄な男だった。
新緑のカーゴパンツに、肌にぴったりと密着したスキニーの黒いTシャツ。その上に羽織るのは、血のように赤いベスト。胸元には赤い髑髏マークのワッペンがついていた。
新手かと身構えたが、どうやらイエロースネークの仲間ではない。彼は黄色の衣類や装飾品など身につけていなかった。特徴的に色を放つのは、朱色のベスト。誠と同じ『赤色』だった。
彼を見て、誠は嬉々として顔を輝かせて叫ぶ。
「骸門寺さん!」
誠は主人を見つけた犬のように駆け寄っていった。
「誠……これはどういうことだ?」
「彼らに助けられたんです」
骸門寺と呼ばれた男はナイフのように鋭い眼光を放つ力強い目で蓮華たちに視線を移した。
彫りの深く濃い顔つき。長い黒髪。そして何より、大木のように鍛え上げられた体。纏う気配が常人とは一線を画している。教えられなくとも、彼こそが誠の所属するチームのボスであろうことが理解出来た。
彼は重みのある足取りで蓮華たちに歩み寄った。蓮華はただそれだけで気圧されそうになって唾を飲み込んだが、しかし次の瞬間、その重厚な気配からは想像もできないほど丁寧に深々と、彼は頭を下げた。
「仲間が世話になった。感謝する」
「いや、べつに大したことしてないし……。コイツらには個人的に因縁があって、たまたまこうなっただけっていうか……」
蓮華は大人からここまで丁寧に頭を下げられたことなどなく、ドギマギして言葉に詰まった。それも、こんな渋くて厳つい男が相手となれば尚更だった。
「骸門寺さん。コイツらどうしますか?」
誠が気絶して転がるイエロースネークの一人を踏みつけながら、言葉の物騒さに反して穏やかな声を上げた。
だが、骸門寺は無様なほど惨憺たる周囲を一望してから静謐に返す。
「こんな死にかけにトドメを刺しても名が穢れるだけだ。今日は引き上げる」
男らしく、気高く、高貴な姿だった。
骸門寺の言葉に誠は反論の一つも上げることはなく、むしろボスの気高さに脱帽するような含み笑いを零して、踏みつけていた足を離した。
二人は改めて、蓮華たちに振り返る。
「俺は『赤骸』のリーダー、骸門寺正道だ。仲間の窮地を救ってくれたこと、心から感謝する。もしお前たちが窮地に陥った時は、レッドスカルの全霊を以て助太刀すると誓おう」
「ありがとな、蓮華。俺たちはもう〝仲間〟だ。骸門寺さんの言葉通り、お前が助けを望んだ時はいつだって俺たちが駆けつけてやる。その時はただ一言『助けてくれ』って呟いてくれればいい。それだけで俺はわかるから。じゃ、またな」
それだけ言い残して、二人はボウリング場を去って行った。
「怪異の次はギャングかいな。次から次へと妙な仲間ばっかり連れてきよるなぁ」
紗良々は呆れたように言い、ギャングチームを仲間に取り入れたなんて現実味の湧かない蓮華は頭を掻いて立ち尽くした。