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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第一話 黄色蛇

 その冷酷さを物語るように冷たい鎖の重みが、後ろ手に回された手首にのしかかっていた。ボロ雑巾のように袋叩きにされたせいで衣服はみっともなく汚れている。頭はぼさぼさで、唇の端が切れて血が滲んでいた。


「さっさと吐けやコラァ!」


 男の怒号がボウリング場のだだっ広い空間に響き渡り、鉄拳が頬を叩いた。白崎蓮華は頬に走った鈍痛に、しかし呻くこともなく俯いたままを貫いた。口の中には、鉄の味が広がっていた。


 蓮華の隣には全く同じような状況で男がパイプ椅子に腰掛けていた。しかしその有様は蓮華以上に惨く、顔は痣だらけで額からは酷く流血している。鈍器の類いで頭部を殴られたのだろう。

 隣の人物を、蓮華は知らない。蓮華がここに――このヘルヘイムのボウリング場に連れて来られた時には、既にこの有様でここにいた。おそらく蓮華と同じように拉致され、しかし全く別の理由で拷問を受けていたのだろう。


 人がおらず稼働もしていないボウリング場は敏感なほど音を反響させ、寂しいほどに広く感じられた。そのボウリング場のど真ん中に、晒し者のように蓮華は座らされている。


「チッ……! 鬼の力も持たねぇ雑魚のくせに強がってんじゃねぇぞ! マジで死ぬか!? ああ!?」


 男が蓮華の髪を掴み上げ、威圧的な目で蓮華の瞳を覗き込んだ。精一杯に眉間に皺を寄せ上げ貧相な睨みを利かす滑稽な姿だった。さらにその周囲では、十人ほどの男たちが色めき立った奇声を上げて鑑賞していた。手に持つ金属バットや鉄パイプ、ナイフなどの武器を打ち鳴らし、まるで合戦前の興奮した猿のように騒いでいる。


 整然とボウリング玉が陳列し、ピンの立つレーンが並ぶそのボウリング場は、しかし血に(まみ)れていた。むせ返るような血臭が充満している。このボウリング場で、常習的にこんなことが繰り返されているのだろうことが窺えた。あるいは、もっと惨たらしく残虐なことが。この男たちにとってここは『そのための場所』なのだろう。


 男たちは一様に黄色い衣類、あるいは装飾品を身につけていた。


 黄色蛇(イエロースネーク)――それがこのカラーギャングのチーム名らしい。壁に飾られたチームシンボルらしきペナントには、黒い下地に蛇が踊り、その背景に黄色い稲光(いなびかり)の弾けるイラストが描かれていた。


 そう、のぞみを襲ったとされる、あのカラーギャングだ。


「吐けぇ! テメェの仲間の居場所はどこだ!? 誰がコウキたちをやりやがった!? 仲間が見てんだよ! コウキたちのやられた現場からお前を含む数人が立ち去って行くのをな! 俺たちイエロースネークに手ぇ出してどうなるかわかってんだろうなぁ!?」


 彼らの目的は蓮華から問いただすまでもなく、男の口から汚らしい唾の飛沫とともに吐き出された。コウキというのは、のぞみを襲って返り討ちにされたギャングの内の一人のことだろう。つまり、やられた仲間の報復。呆れるくらいに予想通りで、その安っぽい理由に蓮華は思わず笑いそうになる。


 だが、当然ながら蓮華は男の求める答えなど吐かなかった。ただ、沈黙を貫く。


 男の額に苛立たしげな青筋が浮かんだ。


「ふざけやがって……! もう一遍(いっぺん)こいつを喰らいたいみてぇだなぁ……!」


 男が掌を押し当てるようにして蓮華の額を乱雑に掴む。するとその瞬間、脳内が強烈に揺さぶられ、激しい酔いを起こしたように目が回り、蓮華は思わず胃液を吐き出した。


 音波――それがこの男の鬼の力のようだった。強力な音波を頭に流し込まれ、脳が直接揺さぶられたのだ。


「脳味噌がオシャカになる前に吐いた方がいいぜぇ?」


 音波は場合によってはグラスをも砕くことが可能になる。おそらく、この男がその気になれば同じように脳を破壊することも容易いのだろう。

 それでも蓮華は吐かない。胃液は吐いても、情報は吐かない。そんな冗談をかまして場を和ませてやろうかとも考えたが、殴られるだけのわかりきった未来が見えて自重した。


「強情な野郎だ……。だがその強情もどこまで()つだろうなぁ? もう少しで俺たちのボス……蛇塚(へびづか)さんがここに来る。このイエロースネークを纏め上げる最強の(ボス)だ。テメェなんざビビって小便漏らしちまうだろうぜぇ?」


 蛇塚……そいつがイエロースネークのボス……。


 蓮華は頭の中でその名前を刻みつけるように復唱する。


 ――よかった。収穫はあった。()()()()()()()甲斐があった。あとはそいつが来るのを待てばいい。


 ……だが、熟れるのを今か今かと待っていたその果実は、目の前で幻となって消えた。


 閉鎖されていたボウリング場のドアが開くと、彼らの仲間らしき男が駆け足で入ってきた。相当焦って走ってきたのか、額には汗が浮かび、呼吸は荒々しく上がっていた。


「……庄平(しょうへい)。さっき、蛇塚さんから電話があって……」


 蓮華を尋問していた男の名は庄平というらしい。庄平は威厳を保った声で「おう、どうした?」と入ってきた男に振り返った。


「女が釣れたから後は勝手にやってろって……」

「なあッ!?」


 庄平は顎が外れそうなほど大きく口を開けて驚愕を表わした。


「そ、そんな……! どうすんだよ!? もう〝レッドスカル〟の桜木を拉致っちまったんだぞ!? 蛇塚さんが来ねぇって……今レッドスカルの……骸門寺(がいもんじ)に攻め込まれたら……!」


 庄平の顔がみるみる青ざめていく。どうやら大きな誤算が生じたらしい。イエロースネークのボスは身勝手な性格のようだ。


「で、でも、『一人で来なきゃ桜木を殺す』って言ってあるんでしょ? レッドスカルのボスとはいえ、一人なら俺たちだけでも――」

「バカ言ってんじゃねぇ!」


 庄平が怒号と一緒に唾をまき散らした。


「新入りのお前は知らねぇだろうが、骸門寺の強さはバケモンだ……! 俺たちが束になっても到底敵わねぇんだよクソッタレ!」


 話が見えてきた。どうやらイエロースネークは、『レッドスカル』という敵対組織の仲間を人質として拉致し、脅してボスを誘い出して袋叩きにしようという算段でいたのだろう。やることが汚い。小物らしくお似合いではあるが。


「どうすんだよ! 蛇塚さんの命令だったんだぞ!? なのにその蛇塚さんが来ねぇってどういうことだよ! どうすんだよ!?」

「いや、俺に言われても……!」


 庄平は報告に訪れた男の胸倉を掴んで揺すり、喚き散らした。かなりの動揺が見て取れる。さらに、取り乱しているのは庄平だけではなかった。周囲の男たちにも動揺の波紋が広がっていた。どうやら相当〝マズい事態〟らしい。

 だが、蓮華にとっては〝期待外れ〟もいいところだった。


「……なんだ、お前たちのボスは来ないのか。せっかく痛い思いを我慢して芝居まで演じたのに」


 落胆のあまり、思わず愚痴をこぼす。

 ようやく口を開いた蓮華によって男たちの喧騒は静まり返り、視線が集まった。


「芝居だと? テメェ、何言って――」


 蓮華は軽く力を込めて手首を縛っていた鎖を引きちぎる。鬼の力で鎖を焼き切れば容易いことだった。


 易々と鎖をちぎり、これまでの尋問など何でもないように立ち上がった蓮華を見て、威勢の叩き売りをしていた庄平は言葉を詰まらせて硬直していた。言動からもわかりきっていたが、庄平や周りの輩たちはこれまで無抵抗を貫いていた蓮華を見て、勝手に鬼の力を持たない鬼人だと勘違いしていた。蓮華はその勘違いを利用し、『鬼の力を持たないか弱い鬼人』の芝居を打ったのだ。


 理由は単純だった。のぞみを襲ってくれたイエロースネークというゴミ溜め以下の組織を、頭から叩き潰してやるために――

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