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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第二章 vs暴食の鬼人
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第隠話 希望の糸

 季節が変わってもこの町の夜はとても心地が良い。初めて訪れた時からそう思っていた。のどかで過ごしやすい町だ、と。


 丈一郎は蓮華の生まれ育った故郷に再び舞い戻って、小高い山の上からその町並みを眺めた。草木も寝静まった夜は、ため息が出そうなほど安らぎを与えてくれた。


「……さて、どう口説いてくれましょうか……」


 口説き文句を考えながら山を下った。そのまま住宅街へと進み、しばらくして蓮華の焼け落ちた家が目に入る。ブルーシートで覆われているものの、取り壊されることはなく形を残していた。


 そして、目的であるその隣の家へと近づいた時。


 蓮華の家のブルーシートを突き破り、二つの影が飛び出した。上空から同時に襲い来たそれを、丈一郎は素早い反射神経で反応し、氷刀を生み出してなぎ払う。


 刃と刃がぶつかり合い、弾けた。


 宙でくるりと軽やかに身を翻し着地した二つの影は、それぞれ日本刀と斧を手に持つ古風な鎧武者だった。その体からは黒い靄のようなものが漂い、目は不気味に赤く煌めいている。


「……なるほど。護衛、ですか……」


 しかし気がかりだった。なぜ、あの〝国士武将隊〟が……。






「……ごちそうさま」

「ちょっと穂花、もう食べないの?」

「うん。食欲ない」


 母の心配する声をよそに、漆戸穂花は食卓から立ち上がって食器をキッチンに片付ける。父と母は顔を見合わせて「仕方ないか」みたいな空気を醸し出していた。


「……ねぇ、蓮華のこと、まだ何もわからないの?」


 リビングを出る直前、ドアノブに手を掛けながら穂花は訊ねる。


「そうね……。白崎さんの親戚の人も何も知らないって言うし……」

「そっか……」


 穂花はリビングを出て階段を上り、自分の部屋に籠もってベッドに潜り込んだ。


 燃えさかる蓮華の家。その晩に穂花の部屋の窓を叩いて現われた、青いスーツが特徴的な『戸賀里丈一郎』を名乗る男。突然彼に連れて行かれた薄暗くて奇妙な世界。そこにいた左腕のない蓮華と、知らない人たち――


 あれからもう三ヶ月が過ぎた。

 あの日を境に蓮華は高校を中退し、消息を絶った。蓮華の両親の葬儀にすら姿を現さなかった。


 今では、穂花はあの日見た景色が全て夢だったんじゃないかと思い始めていた。

 警察の人が言うには、最後の聴取で蓮華は「しばらくはどこか遠くで静かに暮らしたい」と言っていたらしい。でもその後のことは誰も何も知らない。


 解約されたらしく、ケータイは通じない。同様にメールもアドレスエラーになって返ってきた。

 穂花は、せめて蓮華が無事かどうかくらい知りたかった。それだけでも良かった。


 右手首に結ばれた赤色のミサンガが目に()まり、意味もなく引っ張ってみる。


「……どうして何も言ってくれなかったの、蓮華のバカ……!」


 不意に涙が込み上げて、穂花はすぐに目元を拭う。

 別れの言葉くらい言ってくれてもいいじゃんか――と蓮華に対する怒りにも似た感情すら湧いてくる。


「……絶対許さない。何が何でも見つけ出して、とっちめてやるんだから」


 あと一ヶ月もすれば高校は冬休みに入る。そこが勝負所だと、穂花は勝手に意気込んでいた。

 休みを全て使ってでも旅に出て、がむしゃらに動き回って、蓮華を見つけてやる。そして一発ひっぱたいてやろう――と。



 しかし、その日の深夜。何の前触れもなく唐突に、穂花に転機が訪れた。


 時刻は午前二時を回っていて、穂花はなかなか寝付けずにベッドの中でぐずぐずと転がっていた。その時。

 こんこん――と、窓を小突くような音が聞こえた。

 穂花はその音を覚えている。あの日、穂花を奇妙な世界に(いざな)った音――


 飛び起きてカーテンをひん剥く勢いで開ける。


「お久しぶりです。漆戸穂花さん」


 青いスーツに、同じく青いフェルトハット。そして人当たりの良い紳士的な笑み。


「戸賀里、丈一郎さん……」


 眩いほどの月明かりを背景に、窓の外、一階の屋根の部分に彼は立っていた。

 丈一郎は派手に転んだような砂埃に塗れていて、スーツを叩いて払ってから頭に被るハットを軽く浮かせて紳士的な会釈をした。穂花は大慌てで鍵を解錠し、窓を全開にする。


「夜分遅くに申し訳ありません。少々、お話が――」

「蓮華のことですか!?」


 食い掛からんばかりの穂花の勢いに、丈一郎は面食らったように目を丸くしていた。予想外の穂花の反応に驚いているようだった。


 丈一郎は穂花が怯えると思っていたのかもしれない。

 普通は窓の外に、それも二階の窓の外に不審者が立っていたらそれだけでびっくりするだろう。穂花にとって彼はそれだけでなく、一度危害を加えてきた人物でもある。悲鳴を上げたり、警戒したりするのが正解なのかもしれない。


 しかし、穂花はそんなことをしない。だって今の穂花には、そこに希望の糸があるようにしか見えなかったから。


「……ええ。お察しの通りです」


 その答えに、穂花の決意は固まった。

 迷う必要も理由もなかった。

 だから穂花は、即答する。


「行きます。いえ――連れて行って下さい」




第二章 vs暴食の鬼人  完

『第二章』完結です。

ここまでお読み頂き本当にありがとうございます。

感想や評価を頂けると凄く嬉しいです。

筆者のエネルギー源である感想や評価を、どうかお恵み下さい……!



ちなみに紗良々の使った呪術の呪文『オン アビラ ウンケン ソワカ』は魔除けの真言です。

また第三章で説明予定ですが、呪術は〝借り物の力〟なので詠唱を必要とします。

他にもいろんな真言を使う呪術が登場予定です。



次ページより『第三章』がスタートします。

第三章の予告としては、紗良々が分身してハーレムができます(嘘です)

お楽しみに!

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