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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第二章 vs暴食の鬼人
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第二十三話 教祖

 物陰から一部始終を鑑賞していた丈一郎は、彼らの無事を見届けてから静かにその場を去った。


「まさか餓鬼の肉を喰らうとは……さすがは蓮華くんといったところですか。ことごとく私の思惑を裏切った行動を起こしてくれるんですから。いやはや、由々しき事態になってしまいましたね……」


 丈一郎としては計算外どころか、予想すらしていないことだった。

 いくら正義の心が根付いた蓮華でも、だからこそ最後には怪異の少女を守るために人間の肉を喰らうと思っていた。餓鬼の肉を喰うという発想すら抱かないだろうと思っていた。……いや、普通は食べられないのだ。本能が拒絶する。これは〝毒〟だと。だからほとんどの鬼人がそれを食べようとしない。あのレオでさえ、口にしないのだ。


「その危険性を知らぬが故の選択、ということでしょうね……」


 だが、これで一つはっきりした。蓮華は、憎しみでは動かない。彼は、誰かを守るためにしか強くなれない。

 紗良々たちを守るために血を飲み鬼人になったように、今回も、怪異の少女を護るために力を求め餓鬼を喰らった。彼の原動力は、つまりそこにしかないのだろう。


 とはいえ、状況はもはや手遅れ。原因は全て、レオの暴走にある。問題児だとは思っていたが、まさか餓鬼教の裏切りにまで発展するとは、これも丈一郎の予想外な展開だった。


 しかし妙だった。丈一郎はレオに「怪異の少女ならば喰うも殺すも自由にしてよい」という旨の、指示にも満たないような誘導を施しただけに過ぎない。それが、何故あそこまでの事態に発展したのか。

 それに、何故かレオは紗良々たちの内部情勢を把握していて、それを利用しようとしていた。丈一郎はそんな情報を流していない。一体誰が……。


 チリリン――と、澄み渡る晴れ空を連想させるような涼しげな鈴の()が届いた。

 音のした方向を見上げれば、ビルの屋上から梶谷がいつもの貼り付いた笑顔を丈一郎に向けて鈴を鳴らし、一礼して去って行った。


「私に召集命令ですか……珍しい」




 

 

 表の世界に戻り、餓鬼教の教会へと帰還した丈一郎は思わず目を丸くした。

 礼拝堂の十字架へ、キリストの代わりにレオが縛り付けられていた。項垂れたまま動かないが、恐らく死んではいない。気絶しているだけだろう。

 レオを縛っているのは業血によって造り出された血の鎖。それを見て、丈一郎はまさかと眉を顰める。


 丈一郎の予感通り〝彼〟は現われた。

 全身を黒のローブで包み込み、顔には餓鬼の面を付けた、素性の一切掴めない禍々しい人物。


「お久しぶりです――教祖様」


 約三ヶ月振りの対面。丈一郎はフェルトハットを脱ぎ、深々とお辞儀をして出迎える。

 そう、彼こそ餓鬼教の教祖、その人だ。後ろには気持ち視線を下げながら歩く梶谷の姿もある。


「顔を上げろ」


 機械的に吹き替えられた抑揚のない声。素の声でないことは明らかだ。餓鬼の顔を模した面に細工がしてあり、声を変えられるようになっているのだろう。


「恐縮です」


 丈一郎はハットを被り直す。

 教祖はレオの縛り付けられた十字架の下まで赴くと、腰を下ろした。そこに椅子はない。だが彼が腰を降ろした瞬間、玉座のように立派で、しかし禍々しい椅子が業血により生み出された。


「さて……どうして私がお前を呼んだか、もうわかるな?」

「……レオの件、でしょうか」

「そうだ」


 教祖は重々しく頷いた。


「この者は目的を取り逃がすどころか、我々に裏切りを働いた。厳正な処分を下さねばならない」


 目的――その一言に丈一郎は眉を密かに顰める。


「……一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ」

「先ほどの教祖様のお言葉からでは、レオに白崎蓮華を捕らえるよう、教祖様が直々に指示を下されたように読み取れるのですが……」

「その通りだ」


 教祖は迷いなく肯定する。


「『天冠の日』が近づいている。それまでに『王の血』を我々餓鬼教の管理下に置きたかったのだ。何か問題でも?」


 ということは、レオに紗良々たちの内情を流し利用させたのも教祖ということだろう。一体どこからそんな情報を得たのか疑問ではあるが。


「その件につきましては三ヶ月前にもご報告させて頂いた通り、私と私の内通者がぬかりなく見張っておりますので――」

「甘い」


 教祖は丈一郎の言葉を遮って言う。


「私もこの三ヶ月間、緋鬼の鬼人の様子を監視させてもらった。その上での結論だ」


 丈一郎は驚かずにはいられなかった。これまでずっと蓮華を監視してきた丈一郎だったが、教祖までもが監視に回っていたなど、そんな気配は毛一本ほども感じられなかったからだ。


「アレは危うすぎる。自己犠牲を繰り返し、何度死にかけたことか……。『天冠の日』まで、あの者に死なれては困る。見張り程度では何が起きるかわからない。さらには緋鬼の鬼人は――餓鬼の肉を喰った」


 そんなつい先ほどの出来事まで――

 彼の得体の知れなさには丈一郎でも恐怖さえ抱いた。


「もはや予断の許されない状況だ。故に我々の下で厳重に〝保管〟し管理するべきだと判断した」

「……かしこまりました。教祖様のご判断ということでしたら異論はありません。それで……私を呼んだ理由はその指令に背いたレオの処罰、ということですか」

「それもある。元々レオの教育係だったお前に処分は一任しよう。それと今回の件を踏まえ、レオを東京司教区教区長の座から降ろすことにした。代わりに梶谷に教区長を務めてもらう」

「光栄です」


 梶谷は丁寧に頭を下げた。


「そして丈一郎。もう一つ、お前には働いてもらいたいことがある。それが本命で召集をかけさせてもらった。……梶谷」

「はい」


 呼ばれた梶谷は丈一郎に歩み寄り、腰に携えたポーチから一本の小瓶を取り出して差し出した。

 瓶の中では血のような赤い液体が蠢いている。呪血だ。


「それは鬼の力を持たない下級種の餓鬼の呪血だ」

「……これをどうしろと?」

「緋鬼の鬼人には唯一の身内と呼べる幼馴染みの女がいるそうだな。確か……名を漆戸穂花と言ったか」


 まさかそんなことまで調べ上げていたとは……。教祖の情報網が一体どうなっているのか、丈一郎は疑問が尽きなかった。


「利用価値がありそうだ。その女に呪血を植え付け、連れてこい。お前ならば既に顔も見て知っているはずだ。簡単な仕事だろう。それに、お前はその女をこちらに連れて来るだけでいい。後は梶谷に任せる。梶谷の力を使えば、もう二度と失敗はあり得ない」

「はい。僕にお任せ下さい」


 梶谷は不気味に目を赤く光らせ、微笑んだ。


「では頼んだぞ、丈一郎」

「――仰せのままに、教祖様」


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