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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第二章 vs暴食の鬼人
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第十八話 愛、故に

 ぼやけた意識が次第に覚醒してくる。重たい瞼を持ち上げて、後ろ首に痛みを感じつつ蓮華は目を覚ました。そしてまず目に飛び込んできたのは――仁王立ちして蓮華を見下ろすターヤンだった。


 蓮華は椅子に座っていて、なぜか後ろ手に鎖のようなものでキツく縛られている。さらに両足も椅子の脚とそれぞれ頑丈に縛られ、全く身動きが取れない。どうやら蓮華は拘束されているらしい。

 血が足りないのか、体が重くて頭の中に霧がかかったみたいに意識がぼーっとする。


「ターヤン……これはどういうことだよ……?」


 蓮華は問いかけるが、しかしターヤンは人形のように口を固く閉ざしたまま何も答えない。


 周囲を見渡してみる。いくつかテーブルがあって、カウンターがあって、その奥にある棚にはワインやらリキュールやらの高級そうなお酒の瓶がずらりと並んでいる。どうやらどこかのバーのようだ。空気感から察するに、おそらくヘルヘイム側のだろう。


 蓮華がわけもわからず店内を見回していると、テーブルの上にのぞみが寝ているのを見つけた。だが、ぐったりとしていて動かない。


「のぞみ……? のぞみ!」

「安心しロ。気絶してるだけダ」


 そこで初めてターヤンは口を開いた。


「良かった……」


 のぞみがなんともないことに蓮華は一先ず安堵する


「で、どうして僕はこんなところで拘束されてるんだ……?」


 ターヤンを怒らせるような何かをしてしまったのだろうかと考えたが、それにしても、ここまでするなんて冗談が過ぎる話だ。


「なあ、そろそろ教えてくれよ。これはどういうことなんだ?」

「…………」


 だが、やはりターヤンは答えない。


「おい、いい加減にしろよ……。一体どうしたって――」


 その時だった。シャラララン――と鈴の音色を奏でて入り口のドアが開く。


「おーおー。どうやらちゃんと約束の()()は揃ってるみてぇだなぁ」


 うざったらしい喋り方をしながら入ってきた男を見て、蓮華は目を見開く。


「猪俣レオ……!?」


 酷く混乱した。

 まるで待ち合わせたかのような口振り。これでは、ターヤンがレオと手を組んでいたと汲み取れてしまう。

 困惑が渦を巻き瞳が揺れる。思考がぐちゃぐちゃになって整理できなかった。


「うひはははは! いいねぇその顔! 期待通りの顔だ」


 レオは高らかに笑って近くの椅子にどっかり腰掛けた。


「どういうことだよ……。どうしてお前が……!」

「どうしてだろうなぁ? 自分の胸によーく訊いてみたらどうだ? なんたって、この状況の元凶は緋鬼の鬼人……お前自身にあるんだからなぁ」

「は……? 僕が……?」

「お前たちの間に不協和音が生じていることは掴んでた。俺様はそれをちょいと利用しただけだ」

「なんだよそれ……何のことだよ……」

「てめぇが気づかなかっただけだろ? だから現にこの状況を作り出してんだ。特に、シェン・ターヤンのお前に対する不信感は甚大だった。だから俺はそれを利用して、取引を持ちかけたのさ。お互いにとって旨味しかない取引をな――」


 レオは愉快そうに話した。この結末を導いた事の顛末を。

 人肉を喰わず紗良々に迷惑をかけ続ける蓮華にターヤンが苛立ちを募らせていたこと。そして蓮華がのぞみとショッピングモールに出かけ、紗良々と暮木、ターヤンが緋鬼の捜索のためにヘルヘイムに赴いた、あの日に、レオはターヤンが単独行動を開始したチャンスを見計らって接近し、その不信感を利用して、『緋鬼の鬼人と怪異を餓鬼教に引き渡せ』という取引きを持ちかけたことを。


「――だがいつまでたってもシェン・ターヤンが行動に移さねぇもんだからよ、痺れを切らして手を出しちまった。さっさと差し出しゃ、家まで燃やさずに済んだのによ」


 そう言ってレオは回想を締めくくった。

 蓮華は合点が行く。やっぱりあの火災は餓鬼教の――レオの仕業だったのだ。


 いや、今はそれよりも。


「今の話は……本当なのかよ、ターヤン……?」


 しかし返ってきたのは、肯定としか受け取れないようなターヤンの沈黙だった。いや、そもそも、この状況が何よりも決定的だろう。初めからレオの話を疑う余地などなかった。


 蓮華の胸の奥が針で突き刺されているみたいにズキズキと痛む。悲しかった。ターヤンにそんなふうに思われていたことも、理由がなんであれ自分が仲間に売られたという事実も。


 いや、悲しいんじゃない。自分自身が情けなくて、悔しいのだ。


 だって蓮華は、何も言い返せない。事実、蓮華は紗良々たちに頼りっきりだった。助けられてばかりだった。甘えていた。

 それは紗良々に忠告されて自覚していたことではあった。どうにかしないととは思っていた。でも答えを見出せず、結果、この結末を招いてしまったのだ。


「うひはははは! なぁに俯いてんだよ。無様だなぁ、緋鬼の鬼人。信頼していた仲間に裏切られた気分はどうだ? 信頼していたのは自分の方だけだったと知った気分はどうだ? ショックで言葉も出ねぇか?」


 その通りだった。言葉なんて出てこない。もし今口を開いてしまったら、嗚咽が出てしまいそうだった。


「安心しな。俺様はお前の期待を裏切らねぇ。しっかり『食料』として管理してやるからよ」


 そう言ってレオは立ち上がると、ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、刃を光らせた。


「さて……さっそく緋鬼の鬼人の肉がどんな味か、試食と行こうか」


 完全な捕食者のそれになった目で蓮華を見るレオに、しかし「待テ」とターヤンが口を挟む。


「話が違ウ。危害は加えないと言っていたはずダ」

「ああ、あれは嘘だ」


 レオは清々しくも吐き捨てた。


「この件は餓鬼教の教祖様直々の指令でな。確かに『丁重に扱え』と指示を受けた。だがこの際だ、腹を割って話してやる。俺はそもそも餓鬼教の目的なんざに興味はねぇんだよ」

「なんだト……?」

「聞いたぜ。緋鬼の鬼人は回復力が並外れてんだってな。なんでも、一滴の血で腕を再生させたらしいじゃねぇか。つまり、腕を切り落として喰っても、血を飲ませりゃまた生えてくる……! 永遠に喰い続けられる! うひははは! まるで永久機関じゃねぇかよ!」


 レオはピエロのように狂気に満ちた笑いを浮かべた。


「いいか、俺が餓鬼教に居座る理由はただ一つ。それは喰うことに困らねぇからだ! 餓鬼教に居りゃ、どこからともなく肉が取り寄せられ、いつでも好きなときに肉を喰うことができた。だから仕方なくめんどくせぇ規律に従って餓鬼教に残り続けた。だが! この永久機関さえ手に入れちまえば、餓鬼教に居座り続ける必要もなくなるわけだ! 緋鬼の鬼人を奪って餓鬼教からトンズラこいちまえば、俺はもう喰う物に困らねぇ! もうめんどくせぇ規律に従う必要もなく、誰にも何にも邪魔されず、喰いてぇ時に喰いてぇもんを喰える最高の鬼人ライフを手に入れられる! うひははは!」


 レオは高らかに野望を語る。

 蓮華はゾッとした。監禁され、腕を切り落とされては血を飲まされて回復させられ、また腕を切り落とされる日々を想像して。骨の芯から震えが込み上げてきそうだった。


「どうする? 俺を止めるか? いや、そんなことしねぇよなぁ? お前は緋鬼の鬼人に消えて欲しいと思ってんだからよ。それに、お前程度に俺は止められねぇ」

「……勝手にしロ」

「うひははは! だとよ。残念だったなぁ、緋鬼の鬼人」


 ターヤンが蓮華を見捨てた。だがそのことに、蓮華もう何も思わなかった。いや、頭が空っぽになっていて、何も考えられなかった。何も思えなかった。


「そんじゃ、お言葉に甘えて勝手にさせてもらうぜ」


 レオはナイフを手放す。しかしナイフは落下することなくその場に浮く。そして宙を泳ぎ、蓮華に寄ってきた。

 蓮華は無気力な目でそれを追う。

 ナイフが蓮華の背後に周り、右腕に刃の宛がわれた冷たい感触が走る。その瞬間、唐突に沸点を迎えたように、恐怖が押し寄せた。


「やめろ……やめてくれ……!」


 蓮華は必死になって暴れ、鎖をほどこうとする。でも、頑丈に結ばれた鎖を断ち切ることなどできない。少しでも鬼の力を使えるくらい力が残っていれば、焼き切ることができただろうが、今の蓮華にはその力すら残っていない。


 そして、


「――ぐあぁああああぁああああああッッッ!」


 まるで北京ダックの肉をスライスするみたいに蓮華の腕の肉が削ぎ落とされた。

 腕に迸る鋭い激痛に全身が震えを起こし、呼吸が乱れる。おびただしい量の生暖かい血が滴っているのがわかった。血が足りていない中で出血したせいか、意識が朦朧とする。


 蓮華の腕から削ぎ落とされた新鮮な肉はナイフと一緒に宙を漂い、レオに吸い寄せられた。レオはそれを摘まむと、期待に満ち溢れた顔でハムを頬張るように食らいつく。その一口を頬張った瞬間、レオは狂ったように恍惚とした様子で破顔した。


「う――うめぇええええぇええええ! なんだこの旨味! なんだこの風味! 口の中が溶かされちまいそうだ……! ありえねぇ! 今までに喰った肉のどれよりもうめぇ! さすが緋鬼の鬼人の肉……格がちげぇ……うますぎる……! これを永久に喰えるのか……? マジかよ……うひひ! うひはははは!」


 レオの酔狂な哄笑が鼓膜を撫でる。だが、蓮華は吐き捨てる一言を放つ気力すらなかった。


「はああ……そんじゃ次は、例の再生力を拝見と行こうか」


 余韻を残したレオの溜め息の後、宙に浮いていたナイフが再び遊泳を始め、テーブルの上で寝ているのぞみちの手の甲に刃の切っ先が軽く突き刺さる。薄く切れたその傷口から血が滲み出したかと思うと、一滴の雫ほどの血が重力に逆らい浮上した。


「その傷なら、普通の鬼人は肉を喰わなきゃまず再生不可能だ。たった一滴の血でどこまで再生するのやら」


 その血の雫が蓮華の目の前まで漂ってきた時、蓮華は見えない力によって強引に顔を上に向けさせられ、口を開かされる。そして血の雫が蓮華の喉の奥まで侵入し、無理矢理飲まされた。

 刹那。肉の削ぎ落とされた右腕が熱を帯びる。それと同時に傷口にむず痒さが貼り付き、肉が構築され、次いで皮膚が覆い――瞬く間に蓮華の右腕は完治した。


「こいつは驚いた……うひははは! まさか本当に一滴の血で完全に再生しちまうとはな! まさに永久機関だ……!」


 レオは宙に漂わせていたナイフを掴み取ってポケットにしまい込む。


「さて……味見も終わったところで、お次はいよいよメインディッシュだな。くぅ~! 怪異を喰うのなんざ初めてだぜ。どう調理すりゃいいかわかんねぇな」


 その言葉に、蓮華はぼやけていた意識から頭を打たれたように目を覚ます。


「やめろ……! のぞみに手を出すな!」


 蓮華の絞り出した声に応えるように、一つのテーブルが粉砕された。しかしそれはレオの仕業じゃない。ターヤンの振り下ろした拳によるものだった。

 その光景に驚いていたのは蓮華だけではなかった。レオも目を丸くしてターヤンを見ている。


「何だよ、シェン・ターヤン。今更俺とやり合おうって――」

「違ウ。ボクは蓮華に怒っているんダ。悪いケド、レオは席を外してくれないカ? ボクは最後にコイツと二人で話がしたイ。その怪異を喰うつもりなら外でやってくレ」


 レオは一瞬、ターヤンに疑惑の視線を向けた。が、すぐに口元を歪ませる。


「ああ、いいぜ。俺は一足先に教会に帰ってゆっくりメインディッシュを楽しむとしよう。お前は別れの挨拶が終わったらそいつを俺の教会まで連れて来い」


 どうやらレオはターヤンを信用しているらしい。のぞみを担ぎ上げ、この場から立ち去った。

 薄暗い店内に蓮華とターヤンだけが残される。張り詰めた空気が充満していた。


「……どういうことだよ、ターヤン……。どうして、こんなことしたんだよ……」


 先に口を開いたのは蓮華だった。すると、ターヤンも重い口を開く。


「レオの言っていたことは全て本当ダ。ボクはキミの身勝手な行動のせいで紗良々たんが危険な目に遭った事に、心底怒りを覚えてイル。ボクはキミにムカついているんだヨ。邪魔だとすら思ってイル。今のキミを見ているだけで腹立たしいくらいにネ。それが答えダ」

「だったらそれを言ってくれればよかったじゃないか……! 何も、急にこんな仕打ちすることないだろ……! それに、のぞみは関係ないじゃないか! どうして……!」

「やっぱりお前は何もわかってないな」


 ターヤンの口調ががらりと変わる。それは外人風に飾った口調ではなく、怒りを露わにしたターヤンの素の口調だった。


「のぞみは関係ない? 大いに関係あるだろ。お前が連れてきた怪異だ。お前が責任持つのが筋ってもんだろ。それなのに……このザマはなんだ? 『のぞみに手を出すな』だと? 死にかけてボクに助けられた今のお前に何ができる? 何もできねぇくせに口だけ達者に動かしやがって。ボクはお前のそういうところに苛ついているんだ」

「それは……」


 その通りだった。蓮華は何も言い返せない。


「お前に誰かを守る力なんてない。それどころか自分自身を守る力さえもない。そのくせ、正義感丸出しで厄介事に突っ込んで行きやがって……! 今日の件もそうだ! どうしてあんな餓鬼の群れに一人で突っ込んだ!? ボクが助けに行かなければ死んでいたんだぞ! 弱いくせに出しゃばんじゃねーよ! 紗良々がどういう想いでお前に自分の血で作った飴を渡したと思ってんだ!? どうしてお前の身を案じている誰かが……お前を大切に思う誰かがいることを考えないんだ!? 自己犠牲も大概にしろ! 誰かを守る前にまず自分の身を守れるようになれよ!」


 突沸したように鬼気迫るターヤンの怒声が響く。

 しかしその暴力的な声とは裏腹に、まるで蓮華の身を案じているかのような言い回し。

 ターヤンの言いたいことが、真意が掴めず、蓮華は困惑した。


「どういうことだよ……。お前は僕を餓鬼教に売ったんじゃないのか?」

「ボクは紗良々の幸せのために生きている。紗良々の幸せに仇なすもの全てを、ボクは赦さない。餓鬼教は紗良々の憎む敵……つまりボクの敵だ。そんな奴らにこのボクが手を貸すわけないだろ。餓鬼教の脅迫に屈するなんてこともあり得ない。命に代えてでも抗う覚悟はできている。確かにお前を疎ましいとは思っていたけれど、それでも餓鬼教に差し出すなんてこともあり得ない。それをするくらいだったらあのままお前を見殺しにしたさ」


 言われてハッと気がつく。

 その通りだ。本当にターヤンが蓮華に消えて欲しいと思っていたなら、あの時蓮華を助けず、見殺しにすればよかっただけの話なのだから。


「じゃあ、どうしてこんなことを……」

「理由は知らないけど、餓鬼教は蓮華を欲しがっているらしい。それと、レオは個人的にのぞみも。つまり、お前とのぞみがいるかぎり、レオとの衝突は避けられない。このまま放っておいたら、アイツはいずれ、お前とのぞみを奪いに襲撃してくる。だからその前に手を打とうと思っただけだ」


 言いながら、ターヤンは蓮華を縛っていた鎖を怪力で容易く引きちぎっていく。蓮華はやっと束縛から解放され、体が自由になった。


「手を打つって……一体何を……」

「お前自身のことだ、蓮華」


 ターヤンの有無を言わせない鋭い眼光が蓮華を突き刺す。


「きっとお前の言うことも、行動も、全て正しい。人として立派な奴だとも思う。でもな、はっきり言って今のお前は邪魔なんだよ。いつまでも我が儘言って肉を喰わず、そのせいで力が足りなくて何もできねぇってのに、正義感だけは一人前で厄介事ばかり持ってきやがって……! その無責任さが、見てて苛つくんだよ……!」


 ターヤンは怒りに拳を振るわせていた。それがターヤンの本心なのだと、すぐに飲み込んだ。

 そして言われて改めて、蓮華は自分の浅はかさに気付かされた。

 全て無責任だった。自分の理想を皆に押しつけて、そのくせ自分は何もできず、結局助けられてばかり。そんなの、周りにとっては迷惑でしかない。


「……ごめん……」


 情けない事に、そんな言葉しか出てこなかった。


「謝罪なんていらない。ボクが求めているのは、お前の変化だ。……いや、本心を言うと、ボクはお前に消えて欲しいと思っている。今のお前はただの厄介者で、ボクらにとって弱点でしかない。いない方がマシだ。だから本当はあの時、見殺しにしようかとも思った。自業自得だろって。……でも、それはできなかった。お前を護らないと、紗良々の幸せを護れないから。だからお前に生きて、変わってもらうしかないんだ」

「は……? どういう……」

「ボクは紗良々のことが好きだ。だからこそ、紗良々の想いにだってとっくに気がついている。紗良々の幸せのためなら身を引く覚悟だってある。でも、このままじゃダメなんだ。喩えお前が紗良々の幸せの一部だったとしても、お前のせいで紗良々が傷つくようなことがあるなら、お前のせいで紗良々が危険に晒されるようなことがあるなら、ボクはお前を赦さない」

「だから、さっきから何言ってんだよ……」

「餓鬼の群れに躊躇なく突っ込んでいくお前を見て、ボクは思い知ったよ。このままじゃ、お前は紗良々を悲しませる。お前を変えなければ、紗良々の幸せは守れない。でもお前を変えられるのは、お前自身だけだ。もしお前が変わってくれないのなら……もうボクにできることは一つしかない。お前に消えてもらう。それだけだ。その方が、きっと紗良々の傷も浅く済むはずだから」

「な、何を――」


 話が読めず、蓮華は困惑を口にする。だが、ターヤンは続けた。


「蓮華……選択しろ。自らの力を証明してこの先もボクらと共に歩むか、それともこのまま口先だけの男に成り下がって、ボクらの前から姿を消すか」


 ターヤンはポケットから一つの紙包みを取り出し、テーブルの上に置いた。


「ボクは一切力を貸さない。もちろん、紗良々たちが助けに来ることもない。お前一人の力でのぞみを助けて、自分のケツは自分で拭けると証明しろ」


 ターヤンは蓮華の胸倉を掴み上げ、まるで心の奥底まで届きそうなほど一直線に蓮華の瞳を見据えて言う。


「人間の肉を喰いたくないとか、もうそんな我が儘を言っていられる状況じゃない。そんなんじゃいつまで経っても、お前は誰かを守る力も、自分を守る力すらも得られないんだ。そして何より……お前のその我が儘のせいで紗良々たんが傷つくことが赦せない。だから覚悟を決めろ。受け入れろ。それができないなら……ここでお別れだ、蓮華。力のない者に用はない。紗良々を振り回して悲しませるだけの存在なんていらない。ボクはそんな紗良々を見ていたくない。だから金輪際、ボクらの前に姿を現さないでくれ」


 そう静かな声で言い残して、ターヤンは蓮華を置いて出て行った。


 ターヤンがテーブルに置いた紙包みの中身は、赤い肉の塊――人肉だった。


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