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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第二章 vs暴食の鬼人
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第二話 灰色のバケモノ

 他の餓鬼など比べものにならない圧倒的な大きさ。あまりにも巨大過ぎるせいで、全長何メートルなどと目測では予想ができない。まさに怪物という言葉がしっくりくる存在感だった。

 あんな餓鬼がいるなんて、聞いていない。それとも、都会の餓鬼は発育がいいのだろうか。


 とにかく、これはまずい。


「逃げるぞ!」


 蓮華は問答無用で少女を引っ張り上げ、お姫様抱っこよろしく抱きかかえて全力ダッシュ。

 しかし背後から猛烈な速度で地響きのような足音が迫ってくる。首だけ向けて背後を見れば、灰色の餓鬼が四本の脚を巧みに使い、整然と立ち並ぶビル群の壁を伝うように這って追ってきていた。

 奴の通ったビルの壁面が無残に破壊されていき、道路に瓦礫をぶちまけていく。


「なんだよあれ! 気持ちわりぃな……!」


 怖いではなく、不気味でもなくて、キモい。でっかい虫みたいで気色悪い。それが蓮華の真っ先に抱いた感想だった。


 背後を警戒しつつ逃走を続けると、灰色の餓鬼は蓮華へと向けて大きく口を開いた。その口先に、冷気が集まり始める。それは隕石を彷彿とさせるような氷塊へと変貌し、蓮華めがけて射出された。


「くそ……!」


 巨大な氷塊が弾丸のごとく迫り来る。蓮華は少女を片手で脇に抱え直し、フリーになったもう片方の手を氷塊へと翳す。そして火球を発射し、間一髪で氷塊を相殺。氷塊は蒸気を発しながら溶けて水になり、周囲に激しい雨を降らせる。

 しかし、灰色の餓鬼の攻撃はそれだけではなかった。蒸気を突き抜けて、新たなる巨大な氷塊が現れる。


「な――ッ!?」


 灰色の餓鬼はもう一発、氷塊を放っていたのだ。

 だが、それは蓮華を大きく外して上空を飛び、遙か前方に着弾する。初めはただ単に外したのかと思っていたが、違った。

 道路に着弾した氷塊が周囲を凍らせていき、道路を完全に塞ぐような壁を築き上げたのだ。

 どうやら、逃げ道を塞がれた。

 蓮華の力で溶かすこともできるが、そうすると膨大な水が足下をすくうことになる。それに、高温の蒸気が発生してこの少女が焼け死んでしまうだろう。


「やるしかないか……」


 蓮華は立ち止まって少女を降ろし、灰色の餓鬼に向き直る。


「お前はここで大人しくしててくれよ。危ないから」


 そして蓮華は走りながら右手に炎のエネルギーブレードを造り出し、ビルの壁面を駆け上がる。とは言っても垂直の壁を走り続けられるわけではない。だから勢いをつけて、適度なところで飛んだ。


「うおぉおおおおぉおお!」


 ギリギリ、灰色の餓鬼の一本の前脚に届く間合いに入り、蓮華は渾身の力でブレードを振り抜く。

 火焔の刃は、驚くほどあっさりと餓鬼の脚を切り落とした。一本支えを失った灰色の餓鬼はバランスを崩し、落下。轟音を響かせて巨体を地面に叩きつけた。


「なんだこいつ……意外と雑魚なのか?」


 緋鬼のように恐ろしく硬いのかと思って警戒していただけに、拍子抜けだった。もしかしてただでかいだけで、見かけ倒しなのだろうか。


 ――これなら楽勝かもしれない。


 蓮華は三本足で立ち上がろうとする灰色の餓鬼の胴体を両断する勢いで飛び込み、振りかぶったブレードで一閃の一撃を叩き込む。灰色の餓鬼のおよそ脇腹と思しき部位が、大きく裂けて口を開けた。やはり緋鬼のように硬質な外殻を持っているわけではないようだ。まるで粘土のように柔い。


 と、そこで違和感に気がつく。


「……血が、出てない……?」


 目の前で口を開く裂傷からは、一滴の血も垂れていない。そう言えば、前脚を切り落とした時もだ。さらに今し方捌いて露わになった断面は、内臓も骨も覗かせず、ひたすら灰色の肉が続いていた。そう、まるで本当に粘土の塊のように。


 そして、蓮華は目を疑った。


 目の前で、みるみるうちに切り口が塞がっていく。それだけではない。初めに切り落としたはずの前脚も、切り口からぼこぼこと肉体が膨張し、再生していく。

 あっという間に、灰色の餓鬼は元通りになった。


「そんな……」


 あり得ない……。いくら餓鬼でも、傷を癒やすには何かを食べなければならないはずだ。あの餓鬼の王――緋鬼でさえ、失った腕は再生できなかったというのに……。


 混乱からか、蓮華は判断が鈍り、行動が遅れた。

 灰色の餓鬼がぐるりと体を捻り蓮華を睨むと、長い腕を伸ばして蓮華の体を掴み、乱雑に壁に投げつけた。


「ぐはっ!」


 背中を強打し鈍痛が走り、呼吸が苦しくなる。一瞬意識が朦朧とした。

 何重にもぶれる視界の中で、灰色の餓鬼がこちらに向けて掌を翳しているのがわかった。その手には、バチバチと電流が迸っている。


「まさか……ウソだろ……?」


 しかし、そのまさかだった。

 灰色の餓鬼は、蓮華に稲妻を放つ。

 蓮華はすぐさま右手に持っていたエネルギーブレードを投擲。稲妻と衝突したブレードは大爆発を巻き起こし、火炎と熱風の嵐を生む。


 蓮華は理解出来ず、困惑した。

 餓鬼については紗良々たちから一通り説明を受けている。その説明の中で、鬼の力は一体の餓鬼に一つまで、と聞いた記憶があった。事実、この三ヶ月に遭遇したどの鬼の力を持つ上級種の餓鬼も、鬼の力は一種類しか持ち合わせていなかった。

 なのに、あの餓鬼は冷気を操り、雷まで発生させた……。つまり、複数の鬼の力を持っている。それに、あの異常な再生力。

 頭のなかで疑問が渦巻く。イレギュラー過ぎて思考がまとまらない。


 爆炎が収まり、視界が晴れる。灰色の餓鬼は蓮華に興味がないのか、既に少女に向かって進み始めていた。


「クソッ……!」


 蓮華は地面へと右掌を押しつける。地面に亀裂に似た赤い光が走り、火のついた導火線のように一直線に灰色の餓鬼へと向かっていく。赤く輝く亀裂が灰色の餓鬼の真下にたどり着いた瞬間、燃えさかる槍が剣山のごとく地面から飛び出し、灰色の餓鬼の四本の脚と胴体のど真ん中に、さながら虫の標本のように貫いた。そして蓮華が掌に力を込めると、五本の槍を同時に爆破。灼熱の炎に包まれ、灰色の餓鬼が爆散する。

 灰色の餓鬼の残骸が汚らしく飛び散り、道路やビルの壁面に付着した。頭部だけが唯一原型を留めたまま、ごろごろと道路を転がる。


「……ふざけんなよ……!」


 目の前で繰り広げられた冗談染みた光景に、蓮華はそう吐き捨てるしかなかった。

 灰色の餓鬼の転がった頭部から胴体が生え、再生を始めたのだ。


 今日はもう力を使い過ぎている。これ以上の戦闘はまずい。もうこれは――無理だ。


 蓮華は全速力で少女を回収し、再び抱き上げてその場から逃走。できる限り遠くを目指す。

 背後から再生を終えた灰色の餓鬼の地響きのような足音が追ってくる。

 蓮華は細い路地に入って迷路を突き進むようにがむしゃらな進路を取り、最後に近くにあったオフィスビルに飛び込んで物陰に隠れた。少女を抱きかかえ、そして呼吸音さえも殺すため、少女と自分の口元を押さえ込む。


 蓮華たちの隠れているオフィスビルの目の前を灰色の餓鬼が通る。一瞬脚を止め、注意深く周囲を伺っていた。


 緊張が走る。心臓がうるさい。冷たい汗が噴き出た。


 だが、どうやらやり過ごせたらしい。灰色の餓鬼はのしのしと通り過ぎ、その足音は遠くへ消えていく。


「――ぶはぁああああ……! なんだよあのバケモノ! あんなのがいるなんて聞いてねーぞ!」


 こんな恐怖を味わうのは緋鬼の件以来かもしれない。


「あっ! ごめん!」


 蓮華は少女の口元を押さえつけていたことを思い出し、慌てて手を放す。少女は相当苦しかったのか、ぜぇぜぇと呼吸していた。

 そして、少女は怯えた表情で蓮華を見る。


「お兄ちゃん……何者なの……?」

「いやー、そう聞かれても……なんて言えばいいんだろう……」


 何も知らない相手にイチから上手く説明できる気がしない。


「一先ず安全な場所に避難しよう。話はそれからだ。……お前、名前は?」

「……のぞみ」

「のぞみか。僕は蓮華だ。よろしくな」


 蓮華は立ち上がって、もう一度、手を差し伸ばしてみる。すると少女はおっかなびっくりといった感じではあったものの、蓮華の手を握り返した。蓮華はその手を引っ張って、少女を立ち上がらせる。

 そしてとりあえず、外に出た。


「……ダメだよ……わたしに近づいちゃ……」


 歩きながら、のぞみはぼそりと何か呟いた。


「ん? 何か言った?」

「わたしは……不幸にしちゃうから……」

「……? 何を言って――」


 その時だった。蓮華は近くで厄介事の気配を感じ取る。

 前を見ると、蓮華たちを待ち構えていたかのように、あのフードを被った男が立ってこちらを見ていた。


「おい、あの炎の力……お前がやったのか?」

「ああ、そうだけど」

「お前、名前は?」

「白崎蓮華だ」

「そうか……お前が……。……くっひひひはは! なるほどなぁ! それならあの『灰鬼(かいき)』と渡り合えたのも頷ける! ツイてる……今日の俺はサイッコーにツイてるぜぇ! まさか二つの珍味と同時に出会えるとはなぁ!」

「はあ? 何言ってんだ?」


 話の流れから『灰鬼』が灰色の餓鬼の呼称だろうことは容易にわかった。しかし、『珍味』とはどういう意味なのか、推測もできなかった。


「てか、お前こそ名乗れよ。人に名前を聞いたくせに。無礼だぞ」

「おっと、そうだったなぁ。俺は餓鬼教東京司教区教区長――猪俣(いのまた)レオだ」


 餓鬼教――

 そのワードに、蓮華の血がざわめいた。


「おお? その顔、なにやら因縁ありげな感じだなぁ?」

「ああ……ありまくりだよ。僕にとって餓鬼教は……敵だ」

「うひひはははは! そいつはわかりやすくていい! じゃあ早速――殺し合おうぜぇ?」


 猪俣レオは翼を広げるように両手を大きく広げた。すると周囲の道路に亀裂が生じ、破壊され、瓦礫となったそれらが宙に浮き始めた。

 つまりこれは『念動力』と呼ばれるものなのだろう。それがレオの鬼の力のようだ。


 蓮華もすかさず臨戦体勢に入る。が、その額には冷や汗が垂れた。

 残りの力で勝てるかどうか……正直自信がなかった。


「俺はお前を喰いたくてしかたねぇ! さあ、早く喰わせろぉ! 緋鬼の眷属の肉ゥ!」


 レオが腕を振ると、周囲に漂っていた瓦礫が弾丸のように放たれる。


「く……っ!」


 蓮華は対抗して炎の力を使おうとした――しかしその時だった。

 蓮華とレオの間を割るように、膨大な水の濁流が通り抜ける。それはレオの放った瓦礫を飲み込み無力化。濁流を生み出した水はビルの壁にぶちあたって勢いをなくし、道路に捌けて一時的な川となり、蓮華たちの足下を濡らす。

 そしてレオの背後からもう一つの影が現われた。


「レオさん。これまであなたの暴食に幾度となく目を瞑ってきましたが……今回ばかりは見過ごせませんね。彼は来たるべき日に必要不可欠な存在です。そもそも、彼は神の所有物。そんな彼を殺し、あまつさえ食そうなどと、あってはならないことです」


 群青色のスーツに、同色のフェルトハットを被った胡散臭い男。


「丈一郎……ッ!」


 蓮華は思わずその名前を口ずさみ、拳を震わせる。


「……チッ。ちょーっと味見しようと思っただけじゃねぇか」

「あなたが味見程度で踏み止まれるとは思えませんがね」

「はいはい。それで? 大司教様がこんなところへ何の用だ?」

「あなたが変な気を起こさぬよう、お目付役というわけです」

「うひははは! まるで問題児扱いだなぁおい!」

「ええ、問題児ですから」

「ああん?」


 レオが額に青筋を浮かべる。両者が睨み合い、険悪なムードが流れた。


「おやおや、私と()り合う気ですか? 私は一向に構いませんよ。どうやらあなたは私の植え付けた恐怖を忘れてしまったようですし……。もう一度その体に恐怖を刻みつけておくのも悪くないでしょう」


 丈一郎からただならぬ殺気が滲み出た。


「……チッ。興醒めだぜ……」


 レオはバツの悪そうに顔を背ける。丈一郎は満足げに、いつもの貼り付けたような笑顔に戻った。


「この度の非行、教祖様には黙っておいて差し上げましょう。さあ、帰りますよ」


 二人は蓮華に背を向け、歩き出す。まるで蓮華のことなど眼中にないみたいに。

 蓮華の脳裏に父と母の顔が思い出された。そして次に、その両親の惨殺されたあの日の光景が強烈にフラッシュバックする。

 唐突に、怒りが沸点を迎えた。


「丈一郎……てめぇッ!」


 蓮華は胸の奥底で溢れんばかりに煮えたぎる憤怒に身を任せ、右拳に極大の業火を纏わせる。


「……クソッ!」


 しかし、蓮華は暴れだそうとするその右手をすぐに左手で押さえ込み、止めた。辛うじて残っていた蓮華の理性が止めたのだ。

 丈一郎は、紗良々たちでさえ敵わなかった相手。血を消耗した今の蓮華では敵うはずがない。怒りに身を任せて勝てる相手ではない。冷静な思考が、今は耐えろと蓮華に命令した。


「……正しい判断ですね、蓮華くん。今の君では私の足下にも及ばない。もし君が私に戦いを挑んできたら、私は君を殺しはしなくとも、死ぬ寸前まで追い込んだでしょう。私を殺したければ……早く人を喰らいなさい。話はそれからです」


 丈一郎はそれだけ言い残して、レオと共に姿を消した。

 その全てを見透かしたような言葉に、蓮華は怒りが助長されると共に自分自身への情けなさが込み上げる。


 わかりきっていた。今の自分では到底あいつを殺せないことくらい。それなのに……。


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