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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第一章 始まりの一週間
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第十四話 それでも生きる理由

 遊び心のない几帳面な天井。無機質で素っ気なくて、ベッド一つ置いただけでもう手狭なほど窮屈な空間。目を覚ますと、蓮華は全く知らない部屋にいた。

 その部屋にはベッド一つと窓一つ、扉が一つと電灯が一つ。後はちょっとした引き出し付きの棚が一つと椅子が一つ。それだけで説明が事足りてしまうほど簡素で何もなかった。


 どうして自分はこんなところに――少し混乱していると、こんこん、とドアのノックする音がして、すぐにドアが開いた。


「おや、もう目が覚めたんだね」


 そう言って入ってきたのは、警察官の制服を着た白髪交じりのおじさんだった。


「私は小河原(おがわら)と言います。君は白崎蓮華くん、だよね?」

「あ、はい。そうですけど……。すいません、ここ、どこですか?」

「ここは警察署の仮眠室だよ。君のような子を預かるとき用のね」


 小河原は椅子に腰掛けて蓮華と目線の高さを合わせた。


「今日は災難だったね……。何があったか、ちゃんと覚えているかい?」

「何があったか……」


 ハッと、すぐに全てを思い出した。

 燃えた家。血だらけのリビング。動かなくなった父と母。そして、母の腕を切り落とした丈一郎――全てのシーンが脳裏に強烈にフラッシュバックする。


「……どうやら覚えているようだね。酷なことをするようだけれど、君には色々と聞かなくちゃならないんだ。今、大丈夫かな?」

「……はい」


 小河原は、家の燃え跡から蓮華の父母の遺体が見つかったこと、その遺体には外的損傷があったことを話した。蓮華が燃え盛る家の中に飛び込んでいったことと、家から吹き飛んで出てきた時に顔に血がついていたことを踏まえて、何か知らないか、何か見てないかと聞かれたが、蓮華は、何も知らない、わからないと答えた。だって本当に、何を言えばいいのかわからなかった。どう説明すればいいのかわからなかった。


 そしてなによりも、全て現実だったんだという事実に蓮華はまだ頭が混乱していた。


 その蓮華の煮え切らない返答を聞いて、あるいは生気の抜けた蓮華の姿を見て、小河原は堪忍したらしい。「また落ち着いたら改めて聞くよ。悪かったね。今日はゆっくり休んで」と優しい言葉をかけて部屋から出て行った。

 部屋は静かだった。今何時だろう。気になってケータイを見ると、夜十時半だった。ということは、二時間くらい気を失っていたのだろうか。


 人間に戻るまであと何時間だろう。

 ふとそんなことを考えた。

 あの餓鬼――緋鬼とやらに呪われた時の正確な時間がわからないため、丸々一週間の区切りがいつなのかわからない。でも、多分あと数時間だ。


 蓮華はなんとなく立ち上がって、なんとなく歩き出して、部屋から出る。静かな警察署からも抜け出して、ふらふらと外に出た。

 まだ雨は降り続いていた。土砂降りだ。体が冷えていく。でも、どうでも良かった。むしろ、その冷たさが心地良いと感じてしまうくらいだった。雨が何かを洗い流してくれる。そんな気さえした。


 別に何も考えていない。ただなんとなく、足が動いていた。そして足の赴くままに徘徊する。気がつけばあの工業団地の〝隙間〟まで来ていて、そしてまた気がつけばその〝隙間〟を通ってヘルヘイムに迷い込んでいた。


 静かだ。何も聞こえない。誰もいない。雨も降っていない。


 ――ここなら、どれだけ泣き喚いても大丈夫だろうか。


 そんなことを考えた途端、蓮華の中で唐突に糸が切れた。


「……うぐっ……うううあああぁあああぁあああああ――ッッッ!」


 声を上げて泣いたのなんて、兄が死んだ日以来のことだった。


「どうしてだよ……どうしてッ! どうして僕の家族ばかりがこんな目に……ッ! どうして僕の大切なモノばかり奪ってくんだよ! 僕が何したっていうんだよ! 僕の家族が何したっていうんだよッ!」


 道路に蹲って、何度も何度もアスファルトの固い地面に拳を叩きつける。

 中に溜まった黒くて冷たい感情を吐き出さないとどうにかなってしまいそうだった。

 拳が痛い。血が出ている。でも、そうして自分を痛めつけないと、黒い感情が出て行ってくれない。だから蓮華は闇雲に地面を殴りつけた。

 怒っているのか、悲しんでいるのか、もう自分でもわからなかった。頭の中がぐちゃぐちゃだった。


「クソ……ッ! チクショウ……! ――ッああぁあぁああああああああッッッ!」


 感情が爆発して叫んで、知らずうちに鬼の力を発動していた。拳を叩きつけると同時、蓮華の怒りを、憎しみを、悲しみを体現するかの如く爆炎が吹き荒れ、周囲一帯を火の海に変えた。周囲の民家は炎に包まれ、道路は蓮華を中心に赤熱してマグマのように溶けている。


「どうしてだよ……どうして……」


 一頻り暴れて、体に痛みを刻みつけて、やっと落ち着きが戻ってくる。それに伴って周囲の炎も消失していった。


「……憎い……憎いッ……!」


 誰かが、というよりは、自分自身の人生が。自分自身の運命が。


「こんなの……嫌だ……」


 誰かの不幸を見るのはこりごりだ。大切な人の死を見るのは耐えられない。

 およそ罰を受けるに値しない善良な人が残酷に人生を奪われる様を、赦せない。

 だってそんなのは、あまりにも理不尽で、不公平じゃないか。

 この世界にはもっと罰を受けるべき人間がいるはずだ。

 なのに……どうして――


「もう……こんなクソみたいな世界で生きるくらいなら、いっそのこと……」


「死んでやる――とでも言う気か?」


 気配もなく唐突に聞こえた渋い男の声。顔を上げると、紗良々の仲間のやつれたおっさんが蓮華を見下ろしていた。


「お前の父と母が産み落としてくれた命を無駄にするのか? 回りの人に支えられながら今日まで育んできた命を捨てるのか?」

「そんなこと言ったって、そのお父さんとお母さんが死んだんだぞ! 殺されたんだぞ! どうしてお母さんたちが死ななくちゃならなかったんだよ!? どうして僕の家族ばかり死ななくちゃならないんだよ!? こんなの……こんな人生間違ってる! 不公平だ! 理不尽だ! こんな世界間違ってる! 僕はこの世界が――嫌いだッ!」

「お前がどれだけ嫌おうと、どれだけ憎もうと、この世界は変わらない。時に不条理なこともあるだろう。時に理不尽なこともあるだろう。この世で起きることは全て運でしかないのだから。それでも、生まれたからには生きなければならない。それが、生きる者の宿命なんだ。どうしてかわかるか?」

「……どうしてだよ?」

「誰かが悲しむからだ」


 数式の答えのような、揺るがない真実を突きつけられたような気がした。


「父と母が死んでお前が悲しんだように、お前が死ねば悲しむ誰かがいるはずだ。そうだろう?」


 咄嗟に穂花の顔が頭に浮かぶ。あいつは、悲しむだろうか。自分がいなくなったら、泣いてくれるだろうか。そう考えたとき、簡単に彼女の泣いている顔が想像できた。


「だからお前は、その誰かを悲しませないために、傷つけないために、不条理に立ち向かって生きなければならない。わかったら立て」


 手を差し伸べられて、蓮華はそれを強く掴み、立ち上がる。


 完全に腑に落ちたわけではない。そんな綺麗事を並べただけの言葉で片付けるなと吐き捨ててやりたい気持ちだった。

 だが、彼の言葉には納得できるものがあり、胸を打たれた思いをしたのも事実だった。


 そして、蓮華は思い出していた。自分がこれまで何のために生きてきたのかを。

 全ては、この世界を見返すためだ。理不尽に抗うためだ。

 ここで自分が死を選べば、また一つ、世界の不条理を認めたことになる。証明したことになる。そんなの赦せない。そんなの気が済まない。なにがなんでも――抗ってやる。


 どん底の反動からか、蓮華の中により強い反骨精神が芽生えていた。


「……お前、なんなんだよ……? どうして僕に構うんだ?」


 彼に向かって、鼻声でぶっきらぼうに蓮華は問う。


「俺は暮木(くれき)だ。俺たちがお前に手を貸すのには、いくつか理由がある。取り敢えず、ついて来い」


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