第十二話 崩壊の報せ
翌日、月曜日。鬼人もどき七日目――つまり、鬼人もどき最終日。
蓮華は普通に学校へ登校して、いつものように過ごす。
ちなみに、登校してまずグラウンドを確かめたが、どういうわけか何事もなかったかのように綺麗さっぱりしていて、いつも通りのグラウンドで野球部が朝練に励んでいた。例の工業団地もそうだったが、ヘルヘイムで起きたことは表の世界には影響しないらしい。
学校は先日の花火大会の事件のことで朝から大盛り上がりで、「雷が原因のガスボンベ爆発事故って聞いた」「それが違うらしくて、空飛ぶ女の子の幽霊を見たって人が……」「なんかこう……空をしゅばばばばーって高速で飛んでたらしくて……」「幽霊の仕業なんじゃ……」等々、そんな噂話が飛び交っていた。さすがにあれほどの人混みの中で騒動を起こしたら目撃者の一人や二人は出てくるだろう。ニュースでは『落雷による爆発事故』とのことで片付けられていたが、密かに『幽霊・妖怪の仕業説』が囁かれている。
また、商店街破壊事件も記憶に新しいことから関連づける人も現れてきて、「もしかしたらポルターガイスト的なやつかも」「悪霊となった少女の呪いだ」などなど、こんな田舎町で起こるミステリー事件に皆の関心は釘付けだった。実際、テレビ番組でも「同一犯の犯行ではないか」と(現実的な方向で)取り上げているところもあったほどだ。
そして穂花もそんな噂話に夢中な連中の一人だった。
「ねぇねぇ! 花火大会の日、友達が空飛ぶ女の子の幽霊を見たんだって! 蓮華は見た!? 見た!?」
朝練終わりに教室に飛び込んできた穂花が一直線に、席で静かに勉強していた蓮華へと向かって突っ込む勢いで問いかけてきた。
「い、いや……僕は特に見てないけど……」
「えーそうなの? 私は蓮華に抱きしめられてて何にも見えなかったしなぁ」
「ちょ、おま――ッ!」
――急になんてことを……!
案の定、聞き耳を立てていたのであろう周囲の男子の嫉妬に燃えた視線が蓮華に突き刺さる。
蓮華が人前で穂花と関わらなかったのは、穂花を遠ざけようとしていたから……だけではない。本当に、蓮華は人目を気にするのだ。というよりも、人気のある穂花と関わるとこういうことになるから嫌なのだ。
このままではマズい。誤解を解かねばなるまい。
「あ、ああ! あれな! 爆発事故で物が飛んできて、咄嗟に僕がお前をかばったやつのことな! 別に抱きしめたとかそういうわけじゃないけどな!」
「えー? あんなに強く抱きしめてくれたのにぃ?」
「てめぇぶっ飛ばすぞ!」
わざととしか思えない穂花の言動に蓮華はもう遠慮せず声を荒げた。
そんなこんなで朝の修羅場を乗り越えて、それからは平凡に時間が過ぎ、放課後。蓮華はまた母親に《友達と勉強してから帰る。夕飯は食べてくるからいらない》とメールで嘘をつく。こんな嘘をつかなければいけないのも今日で最後だ。今日を乗り切れば人間に戻れるのだから。
だけど。だけどその前に――
蓮華は愛車に跨がって強くペダルを漕ぐ。例の工業団地の〝隙間〟まで一直線に漕ぎ続けた。
そして〝隙間〟を目の前にして急ブレーキ。辺りを見回し、誰もいないことを確認する。
しかし、自転車に乗ったままでも通れるのだろうか……。そんな疑問が湧いたが、ゆっくりと通ってみたら問題なく自転車ごと通過し、闇の支配する裏世界――ヘルヘイムへと入れた。
自転車があるのは心強い。移動距離も範囲も段違いだ。これなら見つけられる――そう自信を持って、蓮華は走り出す。
人間に戻ってしまったら、もう二度と会えないような気がした。だからその前に、せめて一目会うだけでも。
――いや、欲を言えば真実を知りたかった。こんなモヤモヤしたまま終わるなんて、後味が悪すぎる。
しかし、結論から言うと紗良々を見つけることはできなかった。
自転車で散々走り回ったのにも関わらず、人の気配一つ見つけることができなかったのだ。
考えてみれば、鬼人の住まう世界と言えどヘルヘイムには何もない。蛻の殻の建物があるだけで、それはつまり等身大のプラモデルの世界みたいなもの。
何も映らないテレビ。動かない自販機。営業していないお店……。こんなところ、全てが退屈だ。鬼人だって表の世界で自由に生活できるのだから、わざわざそんなところで生活しないのかもしれない。
見落としていた。紗良々はヘルヘイムにいると、蓮華は勝手に思い込んでいた。
でも表の世界では人が多すぎて、がむしゃらに走り回っているだけでは紗良々を見つけ出すなんて不可能だ。もう、どうしようもないのだろうか……。
収穫ゼロのまま、ケータイを見ると時刻は夜八時を過ぎていて、そろそろ帰ろうといつもの〝隙間〟から表の世界に出る。心地よい喧騒が耳を突き抜けて、やっぱりこっちは安心するな、と改めて再確認。
ポツリ、と肌に冷たい感触。雨だ。小雨が降っている。どうやら表の世界では知らないうちに雨が降り始めていたらしい。ヘルヘイムでは降っていなかったが、もしかしたらヘルヘイムには天候という概念が存在しないのかもしれない。
と、そんなことを考えていた直後だった。
電子的なメロディーが鳴り響いた。ケータイの電話着信音だ。
ディスプレイを見ると、穂花からの着信だった。
「もしもし」
「あっ! 良かった……! やっと繋がった……っ!」
何度か電話をかけていたような穂花の言い回し。そうか、と見落としに気がつく。ヘルヘイムでは当然電波など通じていないだろう。だから電話が繋がらない。あまり長時間ヘルヘイムに潜るのは不都合がありそうだ。
「ごめん。ちょっと電波の悪いところにいて……。どうかしたのか?」
穂花は何やら切羽詰まった声だった。何かあったのだろうかと言いしれぬ不安を感じて、胸が寒くなった。
そして次に放たれた穂花の言葉に、蓮華は電源を落としたみたいに思考停止した。
「蓮華の家が……家が燃えてるの……!」