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そして僕はバケモノになった  作者: 夢見 裕
第三章 紅い糸
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第五十話 死

 ボロボロの笑顔を向けるターヤンは、しかし瀕死で倒れいている。暮木もやれやれと口元を綻ばせているが、動くこともままならないように伏せ込んでいる。沸々と、髪の逆立つような怒りに駆られ、紗良々は主犯格の男を睨んだ。彼はその殺意を浴びて、悦びに浸るかのように口角を歪めた。


「必ず来ると思っていましたよ、紗良々さん」

「……ずいぶんといたぶってくれたみたいやなぁ」


 紗良々は帯の中から二つの包み紙に巻かれた人肉を取り出して、それぞれ暮木とターヤンに投げ渡した。二人が何とかそれを口に運んで喉に下すと、徐々に傷が癒えていく。すぐに立ち上がれるまでに回復した。


「しかし残念です。あなたが来るまでに彼らの生首を飾っておくつもりだったのですが。あなただって、こんな足手纏いが減れば嬉しいでしょう?」


 衝動的に、紗良々は一発の迅雷を放った。安い挑発だということがわかりきっていても、その浅ましい口が我慢ならなかった。


 梶谷は生み出した業血の盾によって雷を阻んだ。雷は業血を打ち砕くものの、梶谷に届くことはなかった。紗良々としても挨拶程度の威力で放ったものだ。ハナからこの程度の技が通用するとは思っていなかった。


「てめぇクソチビィ! 梶谷さまに何して――」


 食いついた綾女を、しかし梶谷が手で制した。


「体の中身が普通ではないそうですね。見せてくれませんか? あなたの〝中身〟を」

「ただの変態やな」

「心外ですね。そんな下劣な言葉で語って欲しくない。これは飽くなき探究心です。知りたい。いや、手に入れたい……! その空っぽで、未知の詰まった身体を……!」


 梶谷の顔が狂気に歪んだ。


「だから、あなたは殺しません。その心を粉々に砕いて、僕のものに造り替える……! そして僕のコレクションに迎え入れて差し上げます!」


 仰ぐように腕を広げた梶谷の目が赤く光った。呼応するように、ざわざわと無数の気配が近づいてくる。瞬く間に周囲を取り囲んだのは、赤い目をした悪魔のなり損ない……梶谷の実験により醜い姿へと変貌してしまった操り人形たちだった。


「単身で乗り込んできたのは失敗でしたね。と言っても、他に頼れる仲間なんていないのでしょうが」

「どうやろな」


 四方で(むご)い斬撃音が響いた。血飛沫が上がり、闇に紛れて次々と赤目のバケモノたちの首が落ち、あるいは体が粉砕されて宙を舞い、あるいは細切れになり、あるいは胴体が二つに両断されていく。


 闇に溶け込むように蠢く四体の鎧武者。それぞれ斧、鎚、刀、鎌を手に持ち、梶谷の操り人形を無慈悲に粉砕していた。


 それを見咎めた梶谷は赤い瞳を大きく見開く。


「馬鹿な……! なぜ〝国士武将隊〟が……!」


 国士武将隊――決して日の目を浴びることのないその部隊は、それ故にその存在を知る者自体が少ない。ほとんどが、()()()()()()()()()()()。知る者には〝死神〟と恐れられる、鬼人を殺すためだけに暗躍する特殊部隊だ。その構成は貞晴の〝傀儡〟の鬼の力により遠隔操作された人形、あるいは特定の命令通りに動くオートタイプの人形たちである。


 人間でない彼らは人間を超越した動きにより敵を翻弄して殺戮し、また人形故の気配のなさを利用して近づき暗殺する。対鬼人のための、秘密警察の保有する武力の一つだ。


 警察の武力がなぜ一個人の紗良々に荷担しているのか――梶谷はそんな混乱に苛まれているのだろう。当然、紗良々がただの一鬼人であったなら、そんなことはあり得ない。


「答えは簡単や。ウチもその部隊の一人だからや」


 紗良々は宙を握り、影無を具現化する。怪しく煌めく刃の切っ先を梶谷へと向けた。


 西の空から爆発音に似た空気の揺れが轟いた。


「ターヤン。あの音が蓮華か?」

「だろうネ。丈一郎に西の方へと連れ去られていったカラ」


 梶谷は差し置いてやり取りする紗良々へと四本の業血の鎌を放った。紗良々は素早い剣戟によりそれらを弾き落とす。


「行かせませんよ」

「自惚れんなや。今のアンタらの相手はウチらやない」

「なに?」


 四体の鎧武者が梶谷、綾女、ガフタスを取り囲んだ。既に梶谷の操る人形は一人残らず殲滅されている。彼らは苦い表情を浮かべ、守りを固めるように身を寄せ始めた。


「二人とも、行くで」


 紗良々は踵を返し、西へと向かって跳躍した。暮木とターヤンもそれに追従する。


「行かせるかぁあああ!」


 梶谷の発狂したような怒号と共に、無数の業血の触手が伸びて出た。だがそれは刀を持つ武者によって一つ残らず斬り伏せられた。そして、全ての武者が一斉に斬りかかる。梶谷と綾女は業血により応戦し、ガフタスは蓮華の崩した教会の屋根より落ちた十字架を振りかざして武者の猛攻を凌ぐ。両者の力は拮抗し、激しい攻防が繰り広げられた。


 紗良々は振り返る事もせず、先を急ぐ。ここで国士武将隊と手を合わせれば梶谷たちを殺すことができるかもしれない。この先の脅威を排除できるのだから、それも一つの手だろう。


 だが、今は蓮華が最優先だ。


 嫌な予感しかしない。()()()()()を見てしまっては。


 見間違いかとすら思った。そうであって欲しかった。まさか、蓮華の幼馴染みの死体が転がっているなんて――


 気付いてからは平静を保つために敢えて目を逸らすようにしていた。今自分が冷静さを欠くわけには行かない。一番危うい精神状態なのは蓮華のはずなのだから。


 家屋の屋上を跳び移って最短距離で西に走ると、異様な光景が目に入った。


 凍りついた荒川と、ダイヤモンドダストの舞う銀世界。反して、その舞台の中央は赤く熱を帯び蜃気楼のように歪んでいる。周辺の大地は激闘の痕跡を刻み、地形が変わっていた。


 そこに居たのは、侍を模したような水の巨人と、侍の持つ氷の刀に腹を貫かれた紅い餓鬼。


 侍の中、およそ胸の位置には片腕を失い全身に深い傷を負った満身創痍の丈一郎がいた。そして灼熱にも溶けない氷の刃に貫かれたあの餓鬼は――


「蓮華……」


 前回の暴走時には半身までに留まっていた餓鬼化が、全身に及んでいる。故に蓮華の面影を残さないそれを断定する根拠はないが、紗良々は蓮華だと直感した。


「君は感情に振り回されすぎる。それどころか、感情でしか動けない。怒りや憎しみでしか強くなれない。()()()()()()()()()。怒りや憎しみは、()()()()()()()()沸き起こる感情です。それでは全てが手遅れだというのに……」


 丈一郎はその言葉を最後に――倒れた。氷の刃は溶け、侍は崩れてただの水となり流れていく。


 あれほどまで追い詰められた丈一郎を見るのは初めてのことだった。相打ち――かに見えた。しかし、蓮華が唸りを上げて立ち上がる。


 丈一郎は伏せたまま薄く笑みを浮かべた。それだけだった。もう立ち上がることもできないのだろう。


 紗良々たちは遠目にその行く末を見守っていた。


「どうスル? 紗良々たん……」


 紗良々は即座に答えられなかった。餓鬼化した蓮華を止める手立てがわからない。記憶を改竄する呪術『明浄剥離(めいじょうはくり)の術』を使えば強い催眠状態に落し眠らせることもできるかもしれない。だがあの状態の蓮華に通用するかどうか……。


 影無で斬りつけ、限界まで血を吸い動きを止める? でも手負いとはいえ、丈一郎をも破ったあの蓮華に勝てるのか?


 策を見出せず動けずにいた時、丈一郎へと歩み進めていた蓮華が何者かに突き飛ばされた。鋭い蹴りを放ったそれは、胸に膨らみのある、身体に女性的特徴を持った餓鬼だった。


「なんや、あれは……」


 あんな餓鬼は見たことがなかった。餓鬼に雌雄を区別するような性的特徴は存在しないはずなのだから。


 その雌の餓鬼の出現を皮切りに、状況は混沌へと急変を迎えた。


 新たに二本のブレードを振りかざし雌の餓鬼へと斬りかかる男が現われ、雌の餓鬼は腕で斬撃を防ぐもののその勢いに押されて後退する。男はプロテクターで守られたバトルスーツを身につけ顔に仮面を被った珍妙な姿だった。


「ご苦労様でした、丈一郎さん」


 二刀流の男は伏せる丈一郎を労うと、空高く飛び上がり、華麗に回転しながら宙を舞う。そして落下に合わせて回転により勢いを付けた二本のブレードが、起き上がりかけた蓮華の首を切り落とした。


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