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第八十二話 エルフ皇国【其の一】

 エルフ皇国は城塞都市であった。城門からぐるりと城壁を伸ばし、外からでは町並みが全く見えない、おそらく高い壁で都市を包んでいると思われた。壁に使われている石積みは、薄い青色で統一されており、物語にさえ出てきたことがないような、美しい色合いをした造形物であった。


 重厚のある正面入り口の前には、多くの荷馬車や人が列を作って並んでいる。テトラはそこに向かって一直線で走っていく。


 「そんなに慌てて走ると転ぶぞ」


 声を掛けながら追いかけたら、自分の足がもつれて倒れてしまった。彼女に見られたと思い真っ赤な顔になったが、テトラは俺を振り返ることもなく、入り口に到着していた。俺は身体の土を振り払い、何事も無かったような顔をして、彼女のそばに近づいた。


 衛兵に取り囲まれ、満面の笑みを浮かべて涙を流す彼女を見るだけで、この旅の苦労が報われた気分だった。


 俺の顔を見た衛兵たちの顔が歪む。


 突然、腹に痛みが走り顔面を拳で殴られたとき、初めて誰かに攻撃されたことに気が付いた。


 「人間風情が皇国に近づくなど、臭くてかなわん!」


 反撃しようと試みたが、俺を殴っていたのは集団の衛兵たちであり全く刃が立たない。


 諸手を挙げて歓迎されるとは期待していなかったが、まさか拳で歓迎されるとは少しも考えなかった。彼女を助けたので、ヒーローインタビューみたいなものはあると思い、にやけていた自分が馬鹿であった。俺は身体を殴る蹴るされながら


 やっぱり異世界は糞だと思った――


 鉄臭い血の味が口に広がる。腹に蹴りが入り胃液が逆流し、今度は酸っぱい味に変わった。俺は地面に叩きつけられ突っ伏した。その場に集ったエルフたちも声を上げ俺をなじった。やめて! というテトラの悲鳴がうっすらと聞こえ、俺は完全に意識を失った。


  *      *      *


 身体の痛みで目が覚めた―― 


「痛ててててッ」


  身体中に痛みが残り、意識がまだ朦朧としている。目を開こうとするが腫れているので前がよく見えなかった……。石畳の地面に直接寝かされていたらしい。徐々に自分が殴られ此処に移動されたのが理解出来た。痛い身体に鞭打って体を起こすと、なんとなくここが牢屋だと分かった。


「遠慮無く殴ってくれたな……」


 誰に言うともなく、この理不尽な仕打ちに対して怒りををぶちまける。虎の子のポーションを使おうとしたが、革ジャンごと没収されていた。今の現状は完全な詰みだが、テトラが何とかしてくれるという確信があった。とりあえず、少しでも体力を取り戻すために、身体を横に倒して目を瞑る。身体が熱を帯びて眠れない……薄暗い牢屋の中で天井をぼんやりと見つめるしかなかった。


 いつのまにかうとうとして、眠りに入ろうとしたとき『ギギギギィ』と扉の開く音が聞こえた。


「おっちゃん! 死なないで」


 テトラが俺に抱きついてきた……。


「だ、大丈夫だ……」


 全身に痛みが走ったが何故か心地良かった……。


「でも、顔が……」


 声を震わせる。


 彼女の反応から、どうやら見た目は相当酷いらしい。目の腫れから想像すると、リングでボコボコにされ、顔の腫れ上がったボクサーみたいになっているのだと推測出来た。


「無事に帰れたのか」


「みんなのお陰で帰ってこられたよ」


「そこは嘘でもおっちゃんのおかげだろ」


「ば、馬鹿ッッ」


 彼女の顔がリンゴのように真っ赤になっている。


「現状を説明して欲しいが、その前にポーションを返して貰えるように頼む」


「うん……それは安心して、もう、一番腕の良い医者を呼んであるから」


「 ……??」


 俺の前に女性が立ったのはうっすらと分かる。その身体から香水の甘い香りが漂ってくる。


「私の名は、リグ・グレンナダ・エルゾナ、この子の母でございます。この度は、娘を救って頂きありがとうございます。それなのに、その恩人である貴方様に大怪我をさせてしまい誠に申し訳ありません。心よりお詫び申し上げます」


 定型文のような挨拶――


「静岡音茶だ、人間の国で冒険者をやっている」


 乾いた咽喉から声を絞り出した。


「失礼ですが、お身体を見させて頂きますが宜しいでしょうか?」


「ああ、医者なら遠慮無く診察してくれ」


 エルゾナは手のひらを俺にかざすと、不思議なことにスーと顔の痛みと腫れが和らいでいく。腫れが引くにつれ彼女の顔がはっきり見えてきた。腰まで伸びた金髪の髪、テトラと同じく均整のとれた美貌、熟れた胸に引き締まった身体その女性が俺に回復魔法を掛けていた。今度は、俺の身体をなめ回すように、手のひらを動かすと身体全体の痛みも消えていった。


「お母様の回復魔法はエルフ(いち)よ」


「これで傷は粗方治りました……詳しい話しは場所を移動してからにしましょう」


 牢から外に出てみると、辺りはすでに真っ暗になっていた。俺たちは、出口の前に横付けされていた馬車に乗り込み移動を開始した。二十分ほど走った後、暗くてよく分からないが邸宅の中に馬車は入っていく。馬車から降り建物の中に入ると、シャンデリアで煌々と照らされ、真っ赤な絨毯が敷き詰められた大広間が目に飛び込んできた。


「王室みたいな部屋だよな」


「王室だけど……うちの母様は皇妃よ……」


「はぁ!? テトラのお母さんはエルゾナ皇妃ってか」


「私はリグ・グレンナダ・テトラ、テトラ皇女」


 ――――俺はその場で突っ伏した。


 大浴場で一人湯につかって疲れを癒している。振り返ると激動の一日だった。ここで物語の様な裸の男が入ってきて、後から皇帝でしたみたいな展開があるはずもない。彼女たちを待たすのは悪いとは思ったが長風呂にさせて貰った。


 風呂から出た俺は、侍女から服を受け取り着替える。彼女に連れられ皇妃の部屋に通された。


 部屋の中にはテトラとエルゾナ皇妃が、俺を待っていた。皇妃はつかつかと歩いて来て、俺の前で改めてお詫びを繰り返した。


 たわいもない会話をかわす。やがてエルゾナ皇妃の口から、テトラが皇国から居なくなった後の、出来事が語られた。


「娘が家を出て数日後、馬とその荷だけが皇国に帰ってきました。捜索隊を出して森中を探し周りましたが、手がかりさえ見付けることが出来ず、娘の生存をほぼ諦めかけていました。その娘がまさか貴方(にんげん)に助けられ、ここまで無事に届けてこられたことは今でも信じられないのです」


「人間にも変わり者が居ただけのことよ」


 そう言って、うそぶいた……。


「その恩人に対して無礼を働いてしまい、国を代表して、もう一度お詫びさせて頂きます」


  俺に向けて、エルゾナ皇妃は深々と頭を下げる。テトラは横で気恥ずかしそうに、モジモジして立っていた。


 ことある度に頭を下げる皇妃を見て、イジメがばれて謝りに来た親子みたいだと思った。


「怪我も治して貰ったことだし、部下をきっちり処分さえすれば水に流すさ」


「ここは部下も許すとこでしょ!」


 テトラは悪戯っぽい表情を作り俺をなじった。


「こら! テトラっ、はしたない」


 エルゾナ皇妃は諭すように彼女を叱った。


「俺は心の狭い男だから、奴らの処分が無けりゃ、旨い酒が飲めやしないのよ」


「……」


「おれの目的はテトラを皇国に無事に届けることだった、それが達成した今、なんの憂いもなく国に帰れるよ」


エルゾナ皇妃は自分と彼との温度差に薄ら寒いものを感じた……。


「お母様、おっちゃんはこの国に来てから食事を取っていないのよ! まずは美味しい物を食べて貰いましょうよ」


「そ、そうね……粗末なものですが、お料理が冷めないうちにどうぞお召し上がりください」


 豪華絢爛の食事に舌鼓をうつ


 二人の食べっぷりを見ながら、テーブルから次々料理が消えていく様を見て血筋だったと……すとんと腑に落ちた。


 粗末なもの(・・・・・)を一番食べたのはエルゾナ皇妃であった――


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