第七十三話 生きるが勝ち
「右斜め二十メートルに大きな反応があるから、左から回り込んで追い出して頂戴」
テトラが小さな声で俺に指示を出す。音を立てないように茂みをゆっくり掻き分けて、彼女の指示した先に近づいた。目の前にはエレレクというイノシシに似た野獣がのったりと草を食べている。俺は真上から薙刀をその野獣に振り下ろすと『ブヒィ』と小さな鳴き声を出し逃げていく。
エレレクが俺に驚き藪の中に逃げ去った数秒後『ヒギィィィィィ』という甲高い声が茂みの奥から響き渡る。
「よくやった! テトラ 」
藪を掻き分けると、エレレクがテトラの前で血を流して仕留められていた。大きな獲物を狩った俺たちは、お互いに高く掲げた手をパンと叩き合わせ祝福する。エレレクの後ろ足をロープで縛り上げると、エレレクはふわりと浮かび上がる。ロープを確りと木の枝に固定して獲物を、逆さに吊り下げ血抜きの準備をする。
「何度見ても凄い魔法だな!」
「どっちの魔法が?」
鼻をプクッと膨らまし誇らしげに聞いてくる。
「浮かす魔法も、こいつを始末する魔法もどちらもだ!」
「師匠のお陰だね♪」
満面の笑みを浮かべた。解体用のナイフを使い、エレレクの動脈を切り取りながら話しを続ける。
「探査魔法の使い勝手の良さに脱帽するよ……俺も魔法が使いたいよ」
やれやれといった顔をしながら、手を動かし続ける。
「ぼんやりと見えるだけよ。何がいるかまでは分からないし、まだまだ練習が必要だね」
「今のままでも冒険者にとっては十分すぎるぞ……魔法に慣れてしまうともう薬草狩りなんて出来ないわ」
テトラは少し寂しそうな顔をした。
クリオネと別れたあたりから、彼女の魔法力はメキメキと上達した。今では俺がいなくても森の中で十分活躍できるほどの力を付けている。
解体が終わり、二人のソリに獲物を分けて森の中を進む。
「運ぶことを考えたら、あと一匹が限界かな」
「しっ! 静かにして、前方にまた同じような反応が出たわ」
(どっちが先輩か判らなくなってしまったよな……)テトラ先輩の指示通り足を進めると、先ほどより大きなエレレクを見付けた。集中力を高め気配を殺して獲物に近よる、始めからエレレクの位置が判るから風下から狙いに行くのが容易になる。エレレクは全く警戒をしていない、魚群探知機を使って漁をしているのと同じだ。
薙刀を振って当てなくても、テトラの前に追い込むだけの簡単なお仕事だ。俺はいつものように獲物の首筋に向けて刃を飛ばした。『ブギィイイイイ』思いのほか薙刀の攻撃が上手く入り、エレレクの太くて大きな首からドクドクと血が流れ出し、千鳥足で逃げようとした野獣は、数メートル進んだところでバタリと倒れ落ちた。
「凄いじゃないの!」
テトラが走ってきて手を叩く。偶然に決まったと言い出せずに『イエーイ』といってハイタッチで誤魔化した。
大物を次々と仕留めてギルドに持って帰るので、エルフの存在も徐々に知られていく。このまま噂が広がれば碌なことにはならない。彼女にはまだ伝えていないが、来週にはエルフ皇国に旅立つことを決めた。
* * *
今日も二人で森の奥に入る。
俺はテトラの耳元で囁く。
「後ろから妖しい冒険者が二人付いて来る」
「かなり先で三匹の獣の反応が出ているの……これもそうでしょうか?」
「間違いない! 少し足を速めて向こうに見える巨木の後ろに隠れるぞ。そして、前の三人が来たら殺すつもりで魔法を放てる自信があるか」
「当たり前よ! オットウ達に魔法をかましたのは私なんだからね」
「それは心強い相棒だぜ」
後ろから付いてきている冒険者から距離を広げて、大木の後ろに隠れた。そうとは知らずに弓を持った三人の男達が、そろりと間を詰めてくるのが確認できた。テトラは魔法が届く圏内にはいるとすかさず攻撃を掛けた。二人に上手く魔法が叩き込まれたが、もう一人はそれを偶然かわし矢を放ってきた。無理な体勢で放った矢だったが俺の顔の横をスレスレで抜けていく。一瞬ひやりとしたが、体勢を崩した男に薙刀をぶち込んだ。
冒険者の数が減り、テトラにも余裕が出来た。
三人の怒号を聞き、後ろの冒険者が剣を構えて走り寄ってきた。俺はニヤリと笑う。
「足をはじき飛ばしてくれ」
冷たく言い放った。
「ええ判った」
剣が届く間合いに届かないまま、魔法で足を潰された二人はすっころんだ。倒れた男の手から刀が離れる。男は倒れたままそれを拾おうとしたが、俺はその手を足で潰した。ヒイィと悲鳴を上げ睨みつけてくる。どこかで見た顔だがまったく思い出せない……。
「森で私をいたぶってくれた奴だわ」
「虎の爪の下っ端のギャロじゃねーか」
「痛テテテテ、何しやがる! 俺たちは何もしてないぞ!!」
「何もしていないので、俺たちは助かったんだ」
「おい! おっさん、わしは此奴に痛めつけるように頼まれただけなので許してくれ」
「幾らでで引き受けた!? 」
「き、金貨五枚だ」
俺は男の首を掻き切った。
「金貨五枚でいたぶるなんて高すぎなんだよ……その金額は殺しの価格だ」
「ひ、人殺し!」
ギャロの顔が恐怖で引きつる。
「今更お前に言われたくはないが、そこまで恨まれる筋合いはないと思うぞ」
「女に指飛ばされて我慢出来るものか!」
憎しみの籠もった目で俺を睨みつけてきた。
「金貨五十枚貰ったら、十分な成果とは思わなかったのか」
「エルフがどこかの金持ちに売られていれば、俺の溜飲も下がった……。おっちゃんに買われてからずっとエルフの泣き叫ぶ顔を見ながら、お前の前で遊び尽くしてやると決めた」
呆れた理由に無視しようとも思ったが、最後まで付き合ってやることにした。
「良い趣味をしているな! エルフは俺が毎日美味しく頂いてるので、安らかに死んでくれ」
「コブクロやオットウが黙ってはいないぜ 」
まさに三下の台詞を実際に聞けてちょっぴり感動した。
「ここで消えれば問題ない、だからお前達も此処まで付いて来たんだろ」
そう言うと、一瞬で押し黙る。
俺は静かに彼の胸に刀を沈めた。男達の身体から衣服と防具をはぎ取る。彼女に手伝えるかと聞くと、流石にそれは無理と断られた。剥ぎ取った防具と刀は足が付くと拗れそうなので、ギルドの階級プレートと一緒に茂みの奥に放り投げる。死体は野獣が食べやすいように切り込みを入れ、山道からかなり外れた窪みや高く生い茂る藪の中に転がした。
ギャロが雇った冒険者の懐事情は寂しく、全員併せても銀貨数枚にしかならなかった。ギャロの財布には金貨二十枚と、思いのほか少ない金額に肩を落とした。
テトラがかなり憔悴していたので町に戻りたかったが、変に勘ぐられるのは避けたいので、久しぶりに薬草狩りを夕方まで続けた。帰り道も狙われないかと心配したが、杞憂に終わり何事もなく森から出られた。
太陽が少し傾く頃、ギルドで換金を済ませた俺は彼女に伝える――
「人間国も十分楽しんだだろ、明日から帰国の準備だな」
彼女は豆鉄砲を喰らった顔をして、頭を刻々下げた。
ギルドに戻るとオットウと出会う。
「ギャロを見かけなかったか?」
「奴に関わるのは一回で十分だ!」
彼が右手を差し出したので銅貨一枚を握らせた。
嬉しそうな顔が一瞬で崩れる。
それを見て、今日一日が幸せに思えた――




