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第五十二話 至宝の包丁

ブックマーク、評価ありがとうございます。この数日風邪をこじらせて唸っていました。これから連日投稿は出来そうにないのでゆっくりお付き合いください。

 タン、タン、タン、タン、タン、まな板から心地よい音が流れる。檜の棒から勇者の剣に、武器を持ち替えたぐらい劇的な変化を実感した。名人が打ったドワーフの包丁は、筋だらけの肉塊やトマトをいとも簡単にスライスすることが出来た。深夜番組の胡散臭いナイフと同じ扱いにしては失礼だが、釘を切ることさえ簡単に出来そうな切れ味を誇った。


 今夜の夕食は一人だというのに、ボールの中には綺麗に切った野菜が山盛りに積まれて、今にも溢れそうになっていた。取り敢えず切った野菜と、骨ごとぶつ切りした肉を全部鍋にぶち込んだ。弱火でぐつぐつと煮ながらあくを丁寧に取る。なんだかラーメンのスープを作っている錯覚に陥る。骨から十分に美味しいエキスが溶け出し味噌で味付けをした。完全な猟師料理だがこれが非常に美味い。今まではスジ肉を切るのさえ大変だったので、作りたくても作らなかったが、これからは肉じゃが以上の簡単レシピが加わった。


 うちの雛鳥たちはなんだかんだで外で高い飯を食べているので、少し手を抜くとばれてしまう。これからは神の包丁を片手に料理人として生きていこうと誓った。


「頂きます」


 味見をしたときには抜群に美味しかった料理だが、一人で食べると味気ない物であった。レイラたちと飯を食べているときは、五月蝿くて敵わないと思っていたがボッチというのは寂しいものだ……。今日は酒でも飲んで寂しさを紛らわせようと、席を立った直後玄関の呼び鈴が鳴った。扉を開くとクリオネが立っていたのでドアを閉め直した。


「なんで扉を閉めちゃうのよ!」


「お約束だろ」


 彼女はぽかんとした顔をした。クリオネはタリアの町まで月に一度の割合で食材を買い付けに来る。買い出しなど部下に任せればいいのではと疑問をぶつけると、料理人が自分で食材を吟味しなくてどうして美味しい物が作れるのと返された。この優秀な料理人はその度に、俺の家に来るようになっていた。


「あら、今日はおっちゃん以外誰も居ないのね。折角美味しいお肉を食べさせたかったのに残念だわ」


 彼女はとことこと台所に走っていった。


「無理して作らんでも良いんだぞ」


 彼女は返辞の代わりに料理を作り始めていた。相変わらずあれな奴だと思いつつ、この五月蝿いつまみが今日は何故か美味しく感じた――


「あんた、これ何なのよ!」


 突然、俺に包丁を向け走ってきた。


「何って聞かれたら包丁としか言えないんだが……」


「あんたばか? こんなみすぼらしい家に置いとける包丁に見えるの!?」


「いい包丁だろ!」


「こんな包丁使うなんて百年早すぎるのよ、それに包丁自体見たことも聞いたこともないほどの名刀に違いないわ」


「まあな……ドワーフの刀匠が丹精こめて打った刀だぞ」


 彼女はその言葉を聞いて目を丸くした。そして、懐から何故か包丁のセットを取りだして俺に手渡した。俺はこの次の展開を何故か知っていた……。


「あんたにはこれを使わせて上げるから、これは私が使うわ」


 なんたるジャイアン的理屈に青いロボットに助けを求めたくなった。


「悪いがそれは気に入ってるんでお金を幾ら積まれようと譲る気は無いよ、一応それドワーフの女王からのプレゼントなんで人にあげられる訳無いだろ」


 彼女はまた目を潤ませる。


「クリオネは年は幾つだ?」


「ぐす……二十才だけどそれが何か?」


「俺の知ってるエルフは長命で何百才も生きる種族と聞いているがお前はどうなんだ?」


「私は小さいときにこの国に捕まったからよく分かんないけど、五百才ぐらいは生きると聞いてる」


 彼女のさらりとした爆弾に驚きを禁じえなかった……。


「人の寿命は百年も満たない、そこで俺が死んだらこの包丁を譲ってやるよ。まあエルフにしたらこの待つ間の時間なんて一瞬だろ。もしも、待つ間不安になるなら書面にでも書き置きしてやるさ」


 クリオネは手を顎に当て少し考えていた。


「仕方がないわね、それで手を打ちましょう」


 俺はこの理不尽な交渉が不快感はなかった。彼女の笑った顔が十分な報償に見合ってるとさえ思った。ただ彼女が俺の庖丁を持ちながら台所で料理を再開しながら


「早く死ね~早く死ね~」


 と、鼻歌を歌っているのは少しだけ納得いかなかった……。


 皿に盛られた一枚のステーキ。食べやすいように切り分けられ、その切り口から覗き見える赤い肉。俺はそれを食べる前にも拘らず口の中の唾液が溢れ出てきた。その肉をフォークで刺すとぽろりと油ですり落ちそうになる。慌てて口に放り込む――


「んふー、おいひい、おいひいれす~」


「私が腕をふるって作った料理なんだから当たり前でしょ」


 いつもはこのどや顔がマイナスなのだが、俺はそんな彼女をすべて許す。そうこれを食べるために俺は異世界にきたのだ……。ペロリという言葉があるがこの日のペロリが人生一番のペロリだった。俺は無くなった皿をジッと見つめながら


「お代わりをもて」


「ごめんなさい、この肉は数が中々そろわないのでなんとかみんなに食べてもらう量がこれだけしかないの……」


 なんだかんだで健気な女である。


「レイラたちの分も焼けばいい」


「折角持って来たんだから、彼女らにも食べて欲しいのに……」


「今週いっぱい帰ってこないと言ってたし、これが最後の肉でもなかろう」


「仕方がないわね~」


 彼女はそういって台所に走っていった。待つこと数分俺の前にお肉様が運ばれてきた。俺はもう一度手を合わせて――


「なんだ! 美味そうな肉だな」


 泥だらけの雛鳥が帰ってきてしまった。俺は涙を流しながらその料理を食べることを諦めた……。


「クスクス、これが最後の肉でないでしょ」


 彼女に慰められるとは一生の不覚である。

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