第十七話 プレートの花嫁【後編】
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森の中を歩いて一時間がたつ。最初は辺りの景色を楽しみ、饒舌だった伯爵夫人の口数が少なくなった。まだ行程の三分の一程しか消化していないにもかかわらず、二度目の休憩を取る。プレートを拾った所まで一時間強ぐらいだったので、彼女の足で二倍の時間を想定していたが少し甘かった。とりあえず、水分はもちろん焼き菓子も食べるように勧る。
「昔はこれぐらいの距離なら何ともなかったのですが……」
「大丈夫だ、もう少しゆっくり行けばいい」
そういって彼女から預かった水筒と焼き菓子を差し出す。
「ふふふふ……鞄は必要ありませんでしたね」
可愛く笑いながら焼き菓子を頬張る。その姿を見て、まだ引き返す必要は無さそうだと判断した。
「さあ行きましょうかマダム」
地面に座った彼女に手を差し出す
「エマと呼んでください」
ギュッと俺の手を握り返し立ち上がった。
獣道に近い山道を進みながら、ゆっくりとした歩調で進む。時折、木の根や石に足を取られそうになる彼女を支えながら目的地を目指す。日は頂点に達していないので、まだ時間に余裕がある。彼女の体力が尽きない限り、このペースで歩いても無事に着くことを確信出来た。
「そろそろ着くぞ」
彼女は弱々しい笑顔で頷いた。帰りが心配になったが、休憩を長く取れば大丈夫だと思うことにした。そこから100メートルほど歩くと、見覚えのある木が見えてきた。プレートを拾った場所だ――
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彼が荷物を下ろしたのを見て、目的地に着いたことに安堵した。分かってはいたがそこには娘が残した物は何もない。現地に行けば何か自分の中で区切りを付けられると思い、彼に案内を頼んだ。しかし、実際に着いてみれば少し開けただけの空間が存在するだけ。
森の中を呆然と見つめる――――
彼が私の肩に手を回してきた……自然と涙が出あふれ出る。
泣く、泣く、泣く
その涙はいつしか嗚咽に変わる
突然――私は彼に弾かれた。ぼやけた視界にネズミ色の醜悪な生き物が二匹映る。彼は槍のような刀でその動物を切り裂く。さらにもう一匹の首が瞬時に飛んだ。何が起こったのか頭が追いつかない。
「もう大丈夫だ」
その声を聞いて初めて小鬼に自分が襲われたと実感した。目の前で血を流して倒れている魔物が娘を襲った仇に見えた。
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うわ~実際やばっかたよ!エマって呼んでっていわれて調子こいちゃった。人妻の色気に負けて肩に手をかけて格好つけたけど、いや~危なかった。もうちょっとで伯爵夫人は小鬼に殺されてたぞ。依頼不達成どころかギルドに抹殺されるところだった。ギブソンタックからちょろりと見えるうなじの妖艶さと来たら! そうそう、運が良かった偶然目線に小鬼が入った。あのとき、涙を拭ってあげるという行為でもしてたら、二人同時にアウトでした! けど小鬼空気読めよな、あの美人さんが泣いてたら普通どこか行くよな、いや行かないにしても花の一輪ぐらいもってこいよ。そんなこと出来ないから花の代わりに自分が捧げられてしまったんじゃないのか。
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小鬼がまた襲ってくるとは思わないが、一応もう少し安全な場所に移動する。彼女の疲労も溜まっているはずなので、そこで一端休憩を取る。自分の鞄から昼食を取り出す。
「ご馳走とはいえないが、昼食にしよう」
「あ……すいません今は喉が通らないので……」
鞄から水筒を出して彼女に渡す。俺から水筒を受け取りゆっくりと水を喉に流し込む。一息ついたのか彼女は話し出す。
「娘が男に騙されて家を出たというのは嘘なんです……」
「そんな気はしてたが、言えない事情があったんだろ」
それを聞いても誰も得しないので、この話はこれでおしまいという空気を作った。
「駆け落ちです……私たちが頑に二人の交際を認めなかったので遂に二人で……」
それでも彼女は話を聞いて欲しかったらしい。
「こんな事になるんでしたら、もっと夫と話し合えば良かった――」
それから、彼女は駆け落ちの経緯を堰を切った様に話し出す。話としてはどこにでも転がっているような、平凡な内容の駆け落ち話。しかし、登場人物が貴族となると話は変わってくる。知ってはいけないアンタッチャブルな世界。俺は彼女の話が終わるまで頷くしかなかった。
「二人は見つかりたくないのにギルドに実名で登録していた。育ちの良さでかたづけるには疑問が残る」
「疑問……!?」
綺麗な顔にしわを寄せて、難しい顔になる。
「このプレートを作るためだけにギルドに入ったとしたら……」
「二人は死んでいないと言うことですか!」
「ここだけの話でいうが、プレートを拾う前からこの場所で薬草を狩っていた。そこで、もし二人が何かに襲われていたとしたら、プレートはなくても某かの痕跡は残ってた可能性は大きい。しかし、プレートを拾うまでそんな痕跡を感じたことは一度もなかった。しかも都合良く二つ見つけるというのも、エマの話を聞いた今、作為的に思えてしまう」
「私たちが捜索を止めるために打った芝居だと貴方はいうの?」
「プレートに捜査依頼がついていた……これ以上この件について俺は関わりたくない」
キッパリと言い放つ――彼女の顔を見ると何か吹っ切れたような笑みを見せた。
「やっぱり、お腹がすきました」
俺は鞄から手作りのカツサンドを彼女に手渡した。それを美味しそうに頬張る姿を見ながら、改めて女性のたくましさを知った。
何とか日が沈む前にギルドに帰ってくることが出来た。彼女がギルドで着替えていると、ギルドの前に伯爵の馬車が止まる。従者が彼女を迎えにギルドに入る。
帰り際彼女は俺の耳元で――
「もし彼女と出会うことがあればこれを渡してください」
そう言って俺の手を握った。
俺の手の中には、小さな指輪が彼女の温もりと共に残った。それが何を意味するのか考えることはやめにした。
今回の話は自己完結しすぎか少し心配です。好きに書けばいいのですが、暴走しすぎると只の文章になってしまいます。話を紡ぐのは難しいです。
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