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第十五話 男の料理そして男の威厳

ブックマーク、評価ありがとうございます。この積み立てが大きくなるのです。

 浴槽に水を貯めている途中、玄関から人の呼ぶ声が聞こえた。水を貯める作業は手作業なので、中断するとやる気をそがれる。作業を中断して玄関に向かう。扉を開けるとレイラが立っていた。


「なんだ、いるじゃあねえか」


 俺が入室を許可していないのに、ガチャガチャと防具の音を立て入ってくる。冒険帰りのせいか、彼女の身体から枯葉や泥が落ちてきて床を汚す。


「部屋に入る前には泥ぐらい落としてこい!」


「あー悪い、悪い」


 俺はレイラの母親か! と軽く舌打ちしながら彼女についた泥を拭いてやる。最近、彼女は頻繁に俺の家に寄る。何故なら彼女の泊まる宿屋の途中に俺の家があるからだ。上級冒険者なので宿屋には風呂もついているのでうちに来る必要はない。どうやら俺のつくる料理に胃袋を捕まえられたらしい。後はこの家の目玉であるフローリングに……。


 部屋に入った途端ごろごろし出したので、今から料理の準備をするから風呂の用意を頼む。『あーーん』と嫌そうな声を出し風呂場に向かう――完全に俺はレイラの母親だ。


 野菜を短冊切りすると、まな板から心地よい音色を奏で出す。一人の食事ならすぐに演奏は終わるのだが、大食漢がいるので演奏は止まらない。後ろから視線を感じたので、振り返ると彼女がジッと見ている。見ているぐらいなら手伝いなさい! 喉まで出かかったけど言うのを止めた。 


「風呂が沸いたから先に入ってこい」


「おっちゃんが先でいいよ」


 汚いからお父さんの後に風呂なんか入らない――うちの子は良い子に育った。馬鹿な妄想をしながら一日の疲れお湯で流す。木灰の灰汁で身体を洗いながら、日本で当たり前のように使っていた安石けんを懐かしむ。湯船の中に山で採れた草を絞り入れると、風呂一杯にレモンのような匂いが広がる。


 風呂に浸かろうとしたその時、バシャン! と湯船から大量のお湯が飛び出した。シシシといいながら大きなメロンを湯船に浮かせた馬鹿が一人……。何もかも残念美人だと思いながら風呂に一緒に浸かる。隣から汗臭い蒸れた匂いが漂よう。湯船の中でお互いに洗い合う。彼女が吐息を漏らし、俺の身体に胸を押し当ててくる。柔らかい彼女の重みが伝わってくる。そのまま抱き合いながら、初めて酒の味がしないキスを交わす。彼女は気持ち良さそうにお腹からグーと音を鳴らす。


 ――――やっぱり残念美人だ。


 風呂から上がると真っ先に冷蔵庫へ向かい、中からアイスクリームを出してくる。アイスは食後だといって取り上げる。あ~あ~と駄々をこねるがアイスを先に食べさせると、俺の食べるアイスをなくなるまで見続ける。そんな見られながら食べて、美味しいと言えるほど大人ではない。


 テーブルには大皿に乗せたハンバーグの山。異世界料理と言えばハンバーグが必ず出てくる。しかし、実際これを作るのはめんどくさい。何故なら、ミンチ肉など店では売っていないからだ。買えるのは肉の塊、薄く切るように頼んでも極薄スライスにはしてもらえない。


 肉塊を薄く切りタタク、タタク、タタク 。200g程度の大きさのハンバーグなら問題はないが、そんな量で彼女の腹は満たせないだからタタク、タタク、タタク。その努力の結晶がこのハンバーグの山である。他の料理と合わせて出せばいいと思うかもしれないが、初めてハンバーグを出したとき、一瞬で食べてしまった彼女の切なげな姿を思い出すと料理人としては頑張るしかなかった。そんな俺のがんばりを知ってか知らずかハンバーグの山は幻のごとく消え去る。


 彼女の腹があらかた満たされ、お酒が回った頃合いを見て話し出す


「じつは大切な話がある……」


「た、大切な事って!!!」


 彼女はゴクリとつばをならし顔を赤らめる


「すまないが酒代と食費がきつくて……」


 大きな身体を揺さぶりながら声を立てて笑われた。ふがいないおっさんの懐事情に涙する。


「それでどれぐらい必要だ?」


「魔道具で魔石を多く消費しちまうから、適当に持ってきて欲しい」


「魔石ね! 小さいやつはいつも捨ててるし、次から持ってくるわ」


「ああ、頼む」


 これで家の台所事情は明るくなった。


 後日談――彼女の持ってくる魔石は、ゴブリンから採れる親指を半分にした位の小さな魔石などではなかった。冷蔵庫の横にある魔石置き場には、こぶしだいの魔石が一財産分は溜まっている。上級冒険者ってどれだけ稼いでるのやら。


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