第十二話 繋がる世界
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タリアの町をもう小一時間さまよっている。自分が住んでいる土地ではあるが、決まった店でしか買い物はしないので、少し道をそれてしまうとこのざまである。スマホが一台あれば簡単に解決するはずが、この世界では自分の位置を確認するすべさえ難しい。とりあえず、目指す店の名前と大まかな場所は聞いているので、通行人に道を尋ねて探すしかない。まあ、これをしながら時間を無駄にしているのだから笑えない。そこで道に座っている浮浪者に、銅貨数枚を握らすと簡単に目的地に着くことが出来た。
裏通りの薄汚れた商店が立ち並ぶ中で、目的の店だけは清楚な佇まいをしている。看板は掲げられておらず、一見さんお断りな雰囲気を醸し出していた。俺は怖ず怖ずと店の扉を開け中に入る。
店内からハーブのような匂いが漂い、棚にはガラス瓶に入れられた高そうな薬がずらりと並ぶ。それを見て初めてここが薬屋と解った。『いらっしゃい』という可愛い店員はおらず、そのかわりに耳の尖った老婆が車椅子に座り俺をにらみつけていた。
「お前は誰じゃ?」
見た目より若い声で話しかけてくる。俺は手に持った荷物を彼女に見せながら
「クレハン先生の依頼で来た音茶という冒険者だ」
老婆は荷物の一部を手に取り寂しそうにそれを見つめていた。
「あいつは死んだのじゃな」
「ああ、先日亡くなった……」
少し肩を落としながら彼女は彼の最後を聞いてきた。
「デザートを食べた後、テーブルに座ったまま死んじまったよ」
「そうか……デザートを食べて死んだんじゃの」
老婆は肩を震わせながら、クククと小さな声で笑った。
「おっちゃんといったかな、主はクレハンの家で飯を作っている男かえ?」
「たまに先生の家で夕飯を作っていたことはあるが……」
「すまんがお前さんに依頼したい、わしにも夕飯を作ってくれぬか」
思いもかけない依頼に少し戸惑いながら
「まだ飯は食べてないので、依頼なしで料理をつくるさ」
「嬉しいねェ~、すまんがこの荷物を部屋の中に運んでくれ」
部屋の中に荷物を運びこむとき少しだけ違和感を感じた。薬師らしく大きな魔道冷蔵庫があったので、開けても良いかと尋ねて覗かせてもらう。冷蔵庫の中を覗いて、足らない食材を確認した。
「材料を買いに行ってくるわ」
そう言った俺に、彼女はコインを爪ではじき飛ばしてきた。
「これで好きな物を買ってきてくれ、酒と食材はケチるんじゃないよ!」
手に握ったコインは金貨であった――
* * *
先ほどまでハーブの匂いをしていた部屋が油の匂いに変わる。俺は近くの市場で買った食材を使い、天ぷらと肉カツに仕上げる。異世界の食材もお金を出せばレベルは格段にあがる。いつもは肉の下処理に時間がかかったが、今使っている肉はナイフを軽く刺すだけで切れてしまい、肉のサシも綺麗に入っている。パチパチと油の弾く音を聞きながら、この料理の出来を期待した。
テーブルの上には、揚げたての天ぷらと肉カツが並ぶ。年寄りには胃もたれしそうなメニューだが、よく考えればクレハンに作っていたメニューとさほど変わらない。彼女が美味しそうな顔をして次から次に天ぷらを口に入れる姿は年寄りを感じさせなかった。
「この食材はなんじゃの?」
フォークを止めて尋ねてきた。
「キノコだ」
はあ? という顔をしてもう一度キノコの天ぷらを食べる。
「このキノコは天プラにすると全く味わいが変わる」
グルメマンガの主人公のような台詞を吐いてしまい頬が染まる。日本にマイタケというキノコがあるが、煮たり炒めたりすれば飛び抜けて美味しいという食材ではない。しかし、天ぷらにすると抜群な食材に変化する。この世界にもマイタケに似たキノコが市場に流れている。
「ただの青野菜やキノコがこんなに美味しくなるとは、摩訶不思議な料理法じゃな」
そう言って天ぷらをフォークで転がす。
「故郷の料理だ、キノコの天ぷらは揚げたてでないとこの味は出ないのよ」
「残った物を明日食べようと思ったのじゃがちと残念」
またキノコの天ぷらを口に頬張る。
「天プラもいいが、肉カツも中々の出来だから堪能してくれ」
「そうせかすな……この茶色の気持ち悪いやつじゃな」
そう言われてみれば揚げ物って知らなければ旨そうに見えないかも……彼女の口をジッと見る。
「サクサクじゃな」
それだけか!? こんな良い肉使って揚げたこの肉カツの感想が……。自画自賛すると恥ずかしいがこの肉はむちゃくちゃ旨いぞ。もうあの肉には私もどれない~とNTRするほどなんですけど。
「美味しくないのか?」
「サクサクじゃな」
クゥーーーッなんだか味勝負に負けた気分。死んだ母上様、ご飯に文句ばっかりいってすみません。今更後悔する俺……。
彼女の顔をよく見ると目尻が下がっている。このババアわざといってやがる! 完全に目が旨すぎるといっているのに! それなら俺が全部食ってやる~~という展開は大人らしくないので止めにした。まあ、皿から肉カツがあっと言う間に無くなっている事実こそが母の幸せですから(チーン)。
テーブルにあった料理があらかた消えたので、冷蔵庫からデザートを取り出す。彼女はもうお腹いっぱいというジェスチャーをしながら、デザートをスプーンですくう。
「クレマカタラーナみたいじゃな」
クレマカタラーナとは卵黄、牛乳、小麦粉をオーブンで焼き、表面はパリッとし中はクリーミーな熱々で食べるデザート。
「プリンというデザートだ!」
クレマカタラーも冷やして食べたりする。しかし、冷蔵庫という魔道具が一般に普及していない世界において、プリンという圧倒的……圧倒的破壊力の前では卵で作った焼き菓子など足元にも及ばない美味さなのだ。更にそのぷるぷると振るえる姿の上から、とろりと滴り落ちるカラメルソース。口に入れると冷たくて柔らかい食感と、ビターな甘みが加わり相乗効果を現す。
「これを食って死んだんじゃな」
「俺が風呂からでたとき、食事の後に出すはずだったプリンの器が空になっていた」
彼女は笑いをかみ殺していたが、堪えきれなくなりキャハハハハと涙を流しながら大声で笑った。笑い終わっても彼女の青い瞳から涙は流れ落ちていた……。その後はクレハンの話をお互いにしながら盛り上がる。俺よりチェルシーが彼の話を多く語っていた。
週に一度飯を作りに来るように頼まれた。俺はしばらく考え込み
「二週に一度、赤の日に遊びに来るわ」
そう返答し
「待ってるぞ」
俺に向けて金貨を指で弾いた。
「そうそう忘れていた、冷蔵庫の中にプリンを三つばかし入れておいたが腐りやすいので注意しろ」
「わしも殺す気か」
顔をしわくちゃにしながらケケケと彼女は笑う。
先生が週に一度だけ家を不在にしてたことを思い出す。少し酔いが回り、心地よい夜風を受けながら千鳥足で帰路についた。
物語りの中に『クレマカタラーナ』というお菓子がでてきます。地名を含んだ洋菓子ですが、ここではプリンやアイスみたいな品名として扱っています。伏線ではないです(笑)。
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