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3、父の兄

 マリアはバルコニーの床に降ろされた後、周囲を見回し、自分がどういう場所にいるのかを理解すると、顔色を変えた。


「お、お父さん⁉ 何考えてるのっ⁉」


 そしてアランの服を掴み、器用にも小さな声で怒鳴るということをして、アランを見上げた。


「お城に勝手に入るなんて⋯⋯」

「いや、そんなこと言われてもな⋯⋯」


 アランは困ったように頬を掻いた。


 遠くからバタバタと駆けてくる足音が近づいて来る。マリアはお父さんの所為だとじっとりした目をアランに向ける。

 それとほぼ時を同じくして、甲冑に身を包んだ騎士の手によって、室内へと通じる大きな窓が開け放たれた。


「何者だっ⁉ ここがどこだと、わかって⋯⋯」


 アランの姿を認識すると、徐々にその語気が弱まる。


「えっ?」


 そして信じられないものを見たかのように固まった。


「なん、で⋯⋯?」

「久しぶりだな。兄上はまたいつものところか?」


 まるで慣れ親しんだ友人にでも問いかけるかのような気安い口調に、マリアは顔を青ざめさせ、身を固くしながら、アランの腕にしがみついていた。


「は、はい」


 対照的に、騎士は緊張でもしているのか、その声音は強張っていた。


「そうか。ありがとうな」


 短く礼を告げると、マリアの手を引いてアランは慣れた様子で城の中へと入っていった。

 すれ違う人間が皆、信じられないものを見たように目を瞬いたり、目を怒らせて道を塞ごうとした者を、周りの者が慌てた様子で止めたりする様子を、マリアは不思議そうに見ていた。そして同時に、父親が何者なのかという謎が膨らむ。


「お父さん? なんか今、貴族みたいな人が頭を下げていたけど⋯⋯」


 明らかに地位の高そうな人に深々と頭を下げられ、居心地の悪い思いをしたマリアは思い切ってそう尋ねてみた。とはいえ、周りには聞き取れないレベルの小声でだが。


「んっ? ああ、今のは貴族みたいな人じゃなくて貴族だ。確か⋯⋯子爵家の次男だったっけな。それにさっきの騎士も貴族の端くれだぞ」


 その返答に、マリアは意識が遠くなるのを感じた。


「⋯⋯お父さんって、何者?」


 そして核心に触れた。


「ん〜、すぐにわかるさ」


 だがアランはマリアの頭をなでながらそう言葉を濁す。

 誤魔化すなと、マリアは追及を続けようとしたが、アランの着いたぞという言葉に遮られた。

 重厚な木製のドアを、アランはノックもなしに躊躇なく開いた。


「⋯⋯ノックぐらいするようにと、何回言えばわかるのだ?」


 その部屋の机に向かっていた中年の男性は少し驚いた様子だったが、すぐに平静を取り戻したようだった。そしてアランの顔を見て重く溜息を吐きながら立ち上がる。


「悪い悪い。次からは気をつける」

「まったくそなたは⋯⋯少しは反省の色を見せたらどうだ」


 このやり取りはいつものことなのか、男性は呆れた目でアランを見た。


「今日も、何年も音沙汰がないと思えば事前の連絡も何もなしに⋯⋯」


 そう言って溜息を吐く。


「いや、でも下手に手紙でも何でも出してみろ。確実にあいつが待ち受けているじゃないか。もうあんな思いをするのは御免被る」

「そなたの気持ちもわからないでもないが。私もあれの行動は行き過ぎているところがあると思うからな」


 マリアには2人が誰のことを話しているのかわからないのか、キョトンとした顔で2人を見上げた。


「んっ? ああ、すまぬな。そなたのことを忘れていた。一度だけ会ったことはあるのだが、覚えておるか?」


 マリアは静かに首を横に振った。


「⋯⋯話せるようになるよりも前の話じゃねぇか。流石に覚えているはずがないだろ? 逆に覚えていたら怖い」


 アランの言葉に男は苦笑いする。


「そうであったな」


 男はマリアの前まで歩み寄ると、膝をついてマリアと目線を合わせた。


「私はサウロン。サウロン・フィン・エーデルという。そなたの父の兄であり、ここエーデル王国を治める王でもある」


 マリアは固まって動かない。


「⋯⋯こく、おう? えっ? ええっ⁉」


 数瞬遅れて、ようやく言われたことを理解したのか、マリアの口から驚きの声が漏れる。


「⋯⋯言っていなかったのか?」


 サウロンの言葉には、どこか呆れの色がにじみ出ていた。


「言うタイミングがわからなくてな。下手に言うわけにもいかないだろ?」

「それはわかるが」


 サウロンは溜息を吐くと、隅の本棚から分厚い本を取り出した。


「頼まれていた本だ。まったく、娘の為に一国の王に手ずから本を丸々一冊書かせる者など、そなたぐらいだ」

「内容が内容だけに他に頼めるやつなんていないんだから、無茶を言うな」


 アランは苦笑いをすると、呆けている娘の肩を軽く叩いた。


「アランからの依頼品だが、私からの贈り物として受け取ってくれ」


 差し出された本を、マリアはギクシャクした動きで受け取った。


「あ、あの、ありがとう⋯⋯」


 消え入りそうな声で礼を言われ、サウロンは頬を緩めた。


「珍しい」


 思わずといった様子でアランが声を漏らす。


「何がだ?」

「兄上が笑うなんて。いつも何を考えているのかわからないぐらい無表情なのに」

「⋯⋯私だって笑う時は存在する」


 サウロンはひどく子どもっぽく頬を膨らませた。


「悪かったって⋯⋯」


 アランが軽く謝ると、本当に怒っていたわけではないのか、サウロンの表情はもとへと戻った。


「さて、じゃあ用件も済んだことだし、俺らは帰るな。またそのうち来る」


 言うが早いか、本を抱えたまま困ったように右往左往していたマリアを抱きかかえる。


「⋯⋯そなたはいつまで経っても自由気ままだな。少しぐらいゆっくりとしていけば良いものを」

「いや、あまりのんびりしているとあいつが来るだろ? 捕まると面倒くさいからな」


 サウロンは納得したように頷いた。


「失念していた。あやつのことだ。もういつ突撃して来てもおかしくはない。もしここに来たら誤魔化しておくから、早く逃げ⋯⋯」


 サウロンの言葉が最後まで言い切られることはなかった。


「ここに叔父様がお越しになられたと伺いましたわっ!」


 なぜならドアをふっ飛ばす勢いで開いた闖入者があったからだ。


「遅かったか⋯⋯」


 サウロンはそっと額を押さえた。

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