全てを捨てた少年の再起
第1章 野球をやめた天才
学校の授業は本当に面白くないと思う
特に朝なんて最悪だ しかもよりによって古典
俺が一番嫌いな科目だ
「おーい、才谷、聞いとるかぁ?」
古典の先生で野球部顧問の古橋が尋ねた
俺はこの人が苦手だ
「聞いてますよ 続きをお願いします」
「なら、よかった よし、続きをやるぞ この短歌は…」
はぁ 溜息しか出ない 俺は外をぼんやり見始めた
学校の中庭にある木の葉はまだ落ちず、寂しそうに佇んでいた まるで今の俺のようだった
私立 浦和理分高等学校
俺が通っている埼玉県の学校だ 県内トップクラスの進学校で、東大に進学した先輩も何人かいらっしゃるらしい 俺には興味ないが…
俺はこの学校に出来る初の運動部――今まで勉学の邪魔になるとして設立されていなかった――野球部のスポーツ推薦を貰い入学した でも、それは失敗だと思う もう俺は野球をやりたいとも思わないし、グローブやバット、シューズにも手を触れたくない 野球は二面性があると思う 時に人に希望や感動を見せるが、時に人に絶望をみせる 俺は野球のせいで絶望を見た 野球の魅力に取り憑かれた過去の俺が馬鹿らしく思えた 野球のためにしたことが全て無駄だったと感じ始めた もう俺は野球をやらないし、見ないし、野球についての話もしない 俺はそう決めた たとえそれが色んな人を傷つける結果になってもそうしないと自分に腹が立つ 野球にはさよならだ…
再び外を見る でも、木しか見えなかった いや、他にも見えるのだが、木にしか目がいかない これが今の俺、そして未来の俺なのだと心に深く戒めた
「おーい才谷よ、そろそろ移動しようぜ」
俺と二遊間を組んでいた相棒の榊が俺に声をかけた
もう古典が終わったのだろうか?
「古典の授業はとっくに終わったぞ お前、また寝たんか? 本当に古典の授業は毎回寝てるなお前 なんで古典だけ寝るんや?古橋だからか?」
こいつは6歳の時まで大阪にいたからだろうか?
うるさいし、よく関西弁が混じってる
「まじかよ」俺は思わず呟いた
「まじまじ ほら、技工室に行こうぜ 次美術だろ?美術のばあさん遅刻にはうるさいからはよ行こうぜ」
榊が少しビビりながら俺を急かす どうしてここまでビビるのだろうか? 俺はアホらしくなってきた
「腹痛でトイレにこもってましたっていやぁなんとかなんだろ ほら行くぞ」
俺は榊とくだらない話をしている間に用意をすませ、教室を出た
「才谷よ、お前は本当に野球をやらないつもりなんか?」
移動中榊が聞いてきた 中学3年間二遊間を守ってきたからか、こいつは俺と話すとすぐこの話題になる
「当たり前だろ もうやらんな」
俺は榊のしつこさにうんざりして、素っ気なく答えた
「確かにお前はよ 中学時代から頭よかったよ古典以外はな 古典以外は だからあのプレイで色々察したこともあるんだろうが、野球を辞めるほどの必要があるのか?あんなん誰でもやりかねないだろ」
榊の言う通りだとは思う でも、俺はあのエラーで色々察した いや、察せざるを得なかった
「お前みたいに何も考えず守備についているわけじゃなかったんでね」
俺はまた素っ気なく答えた あぁ、本当にウザイ
「おま、容赦ないこと言うなぁホンマに 確かに俺は感覚で守ってる お前みたいに色々考えながら守備についているわけじゃないわ でもな、それでもあのエラーはしゃあないと思う そこまで考えなくてええんじゃないか?」
榊は励ましのつもりで言っているのだろうが今の俺には何にも響かなかった
「とにかく、俺は2度野球をやらない もう決めたことだ お前が何を言おう 古橋が何を言おうと俺はグローブをはめず、バットも持つことは無い もう諦めてくれ」
俺は宣言するかのように言った 何か言おうとしてる榊をおいて、俺は技工室に歩き始めた
「俺はいつでも待ってるからな!古橋が見捨ても俺だけはお前がいつか野球を再開する日を待つからな!
これだけは覚えておけよ!」
叫んだ榊をに手を振り、俺は跡を去った
キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン 終わりのチャイムがなった ようやくだるい一日が終わった これで俺は自由だ そう思うと快感である
だが、その気持ちは一瞬にして消えた
「才谷、古橋先生がお呼びだぞ」
担任の長岡が言う またかと呆れてしまう
あのおっさんもしつこい…