不況の一コマ
僕は大学を卒業するまでに就職することができなかった。
社会人になりそこねた年、昼からハローワークに行って求人を探し続けたが、まったく希望の条件や職種は見つからなかった。
その間、短期間のアルバイトをしていた。
小さなコンビニエンスストアだ。
当時は、今ほどコンビニの仕事は多様化しておらず仕事は楽なほうだ。
レジうち、陳列、店内の掃除くらい。
40がらみの気の優しそうなおばさんと二人でレジうちをしていたときのことだ。
「○○君、今学生? 」
「違いますけど」
「あら、大変、早く仕事を見つけないとね」
「そ、そうですね」
少々慌てて返事をした。
自分ではまだ卒業したてで、まだ慌てるような年齢ではないと思っていたのだが、おばさんの発言にはすでに俺が崖っぷちで、なぜバイトなどしているの? それどころじゃないでしょというニュアンスが感じられた。
そのときはおせっかいなおばさんだなあくらいに思っていた。
また違う日、今度は大学生くらいの女の子とレジで一緒になった。
見た目、お世辞でも可愛いとは言えない女の子だったが、やけに俺と距離をとっていて、無言、いかにも俺とレジをするのが嫌だという顔だった。
僕の顔はイケメンではないが、わりかし普通で、これほど露骨に忌避されたのは始めてだ。
バイトから帰った後、なんだか無性に腹がたった。
ブスが! 誰がおまえなんか相手にするか! 自意識過剰が!
だが、二回目にまた彼女とバイトをしている時、彼女が話しかけてきた。
僕はびくっとして、思わず体を硬くした。
「○○さん、大学でたのに、バイトしてるって本当? 」
「え、まあ」
「怠けてるんですか? なんで正社員にならないの? 」
「いや、なりたいんだけどね」
「もっとしっかりしなさいよ、いい大人なんだから、いつまでもアルバイトなんて恥ずかしいよ? 」
「で、ですよね」
彼女の一方的で不機嫌な口調に、何も言い返せなかった。
僕だって好きでバイトしているわけじゃないんだとなぜか言えなかった。
それも仕方ないのかもしれない。
この頃はまだ大学を卒業したら正社員になるのが当たり前と思われている時代だった。だが、実際は違っていた。今では氷河期時代と呼ばれる最悪の不況期だった。
その頃の俺にはむろん、そのことが分かりようがないので、自分の頑張りが足りないから、正社員になれないんだ。自分が全部悪い。そう思って塞ぎ込んでいた。
繋ぎにアルバイトをしているのがとてつもなく恥ずかしくて仕方がなかった。
その年しばらく就職活動をしたがみつからず、アルバイトをまたしていたが。
家にいると母に、「アルバイトなんかいつまでもしていないで正社員をしなさい! 」とよく怒られた。
だが、今思えば、このときはまだ頑張っているほうだった。人生のなかで一番活動していた時期だった。
「母ちゃん飯」
それから10年後の今、僕はアルバイトすらしていない、ヒキニートだ。
母よ、もうアルバイトはしてないぞ、これで良かったんだろ?