その四
アリエッタが祭りの会場に来てから約一時間。
祭りはようやくメインイベントである雨乞いの儀式に移っていた。
これは、森の恵みで暮らしているエルフが自然に感謝し、また自然のために雨を降らせるというものだ。
人間が水不足で困窮したときに行うそれとは違い、魔法を使って本当に雨を降らせるというのだからエルフという種族がいかに魔法に長けているかという点に着目するべきだろう。
広場の中心のやぐらにはアリエッタが面会した長老が立っており、それを囲むような形でたくさんのエルフが魔法陣を描き、何やら呪文を唱えている。
その光景にアリエッタは“意外だ”という印象を受ける。
エルフの魔法というのは総じて自然の恵みを媒体とし、呪文や魔法陣というものをあまり使わない。そのため、彼らの魔法は気づかないうちに発動され、気づいたときにはすでに術中で手遅れなんてこともよくあると聞く。
そんな彼らが長々とした呪文を唱えているということは、この魔法がそれだけ高度なものなのだろうと推測できた。
「……いよいよだ。アリエッタ。傘の用意を」
横に立っていたシルクがアリエッタに傘を手渡す。
それを受け取ったアリエッタは傘を右手で持ち、視界を遮られないようにやや高く上げながら儀式の様子を観察する。
中央のやぐらを囲むエルフはどこからともなく楽器を取り出して演奏を始める。
中には鍋や皿といった到底楽器とは呼べないものを持っているエルフもいるが、おそらくそれぞれが好きなものを持ち込んだ結果なのだろう。
最後の一人が楽器を持つと、今度はエルフたちは足を止め、中央の櫓に向けて楽器を高々と上げる。
それを確認した長老が櫓の中心に戻り、打楽器を思い切りたたいて、“ドン”という音を鳴らした。
それを合図にするかのようにエルフたちは再び楽器の演奏をし始め、さらにその周りを囲むように現れたエルフたちがその周りをまわりながら踊り始める。
ポツン。と一粒の水がアリエッタの傘をたたいたのはちょうどそんな時だった。
一粒だった水はやがて、二粒、三粒と増えていき、やがて雨となる。
「……本当に降った……」
アリエッタはその風景を呆然と眺める。
まさか、本当に雨が降るだなんて思っていなかったからだ。
仮に人間が同じような祭りをしたとしても、あくまで五穀豊穣を祈るだとかそういったところが精いっぱいで、恵を物理的にもたらせることはできないだろう。
しかし、今目の前にいるエルフたちは“雨”という恵みを自らの力で呼び寄せてこの場に降らせている。それは、エルフにとって当たり前のことだったとしても人間であるアリエッタからすれば、半ば奇跡に近い光景だ。
雨が降り出すと、儀式をしていたエルフはもちろん、周りで様子を見ていたエルフたちからも歓声が上がり、水たまりの中で遊ぶ無邪気な子供たちのようにたがいに傘を投げ出して抱き合い始めた。
「よし。今年も成功したみたいだな」
そんな中、シルクはその様子を遠巻きに見つめていた。
別段、全員がこの騒ぎに加わっているわけではないのだが、アリエッタとしてはなぜ彼女はほかのエルフたちと少し距離を置いているのか気になる。
「……シルクはあれに加わらないの?」
そういった思いも裏に乗せて、質問を投げる。
「下手をして風邪をひいたら商売に響くからな。私は見物するだけにするよ」
「そう」
見物するといいながらどこかうずうずと動きたがっているシルクを見て、こんな時でもシルクは商売人なのだなという感想を持つ。
正直な話、ここで飛び出したところでそうそう風邪は引かないと思うのだが、そういった油断が商売人に取っては命とりなのだろう。というか、そもそも風邪を引いたぐらいで商売にそんなに響くのだろうか? という疑問も少なからずある。重度な風邪ならともかく、すこしぐらい喉がかれていても仕事はできるのではないかと思ってしまうのは、ただの旅人であるアリエッタゆえなのだろうか? それとも、シルク個人のこだわりであり、ほかの商売人はそこまで気にしていないのか……そこのあたりの感覚についてはアリエッタはいまいち理解しきれない。
いずれにしても、シルクは風邪をひきたくないという思いからあの輪に加わるつもりはないらしい。
そんな風にして適当な結論でシルクの態度の理由を片付け、アリエッタは改めてエルフたちの様子を観察する。
正直な話、冷静かつ冷酷だといわれているエルフたちのそんな姿はとても意外で、エルフへの認識を改められてしまいそうなものだ。
もしかしたら、シルクは自分の子の風景を見せてエルフへの認識を少しでも改めてほしかったのかもしれない。仮にそうだとすれば、今回の件は大成功だ。現にアリエッタの中でのエルフへの印象というのは少なからず変化を遂げている。
そうやって彼らが喜ぶ姿を見ながら、アリエッタもまた小さく笑みを浮かべていた。
*
エルフの雨祭りが行われていた会場のすぐ近くにある街道。
そこにアリエッタとシルクの姿があった。
あの祭りの後、アリエッタはこれ以上居座るのもよくないと考え、すぐにシルクを伴って会場から外に出た。
アリエッタは重たい荷物の重量が変わらないのを確認しつつ、ゆっくりとした歩調で歩みを進める。
「それにしても、その荷物の中身は教えてくれないのか?」
アリエッタと同様に大量の荷物を持ったシルクが質問を投げた。
それに対して、アリエッタは小さく笑みを浮かべながら返答をする。
「教えるわけないでしょ。ついてからのお楽しみっていうことにしておきましょう」
あくまで荷物の中身を教えたがらないアリエッタの態度に対して、シルクはどこかつまらなそうな表情を浮かべる。
だが、そんな彼女の態度など関係ないといわんばかりに歩調を少しずつ速めていく。
主な名目は祭りに参加したため発生した遅れを取り戻すというところなのだが、少なからずシルクから距離を置きたいという感情も混じっている。
別段、シルクの同行自体は問題ないのだが、どうしてよりによってこの荷物を持っているときなのだろうか?
アリエッタは内心で大きくため息をつきながら街道を南へと進んでいった。
この後、アリエッタとシルクの冒険が少々続くのだが、それはまた別の話。