その三
厳重な魔法で隠された祭りの会場のほぼ中央。
木で作られた櫓の上にいるのは長生きであるエルフたちの中において間違いなく長老といえるほど長生きしている老年のエルフたちとエルフ商会の商人であるシルク、そして人間にして旅人のアリエッタだ。
亜人追放令が出されているご時世に置いて、人間に隠れてひっそりと開催されているエルフの祭りに人間が顔を出しているという事態にたいして、さすがの長老たちも困惑の色を隠せていない。
「おい。シルクよ。ここに人間をつれてくるとはどういう了見だ?」
しばらくの間、沈黙を保っていた空間はエルフの長老の言葉によって破られる。
わずかながらとはいえ、はっきりとした怒気を感じられるその声にアリエッタは思わず後ずさりそうになるが、横に座るシルクは堂々とした態度を崩す気配はない。
「……長老。この者は多数の亜人と縁があり、今後エルフ商会の商域を拡大するにあたって有用な人物であると考えています。それゆえに交友を深める目的で私が招待した次第です」
「ほう。この者がわれらにとって有益だと? 人間がか?」
どう考えてもまずい状況だ。
アリエッタの細胞一つ一つがひしひしと危険信号を発信し、今すぐにでも逃げ出したくなるような状況だが、ここで逃げればより状況が悪くなるのもまた事実なのでじっとこの時間が早く終わるようにと願い続ける・
「ご不快でしたか?」
「ふん。我らが人間共にどのような目にあわされてきたのか知ってて言っておるのか?」
長老の不快感の原因はもっともたる理由だ。
亜人追放令。この世から亜人を追放しようという目的すら不明な理不尽な法律により、亜人は町から追いやられ、祭りすらもひっそりと開催せざるを得ない様な生活を強いられている。
この法律を作った人間は何をしたくてこのような法理をつ制定してしまったのだろうか? そうでなければ、こんな状況など生まれるはずもなかったというのに。
半ば現実逃避気味に心の中ではるか昔の人間に恨み言を吐きながらアリエッタはひたすら縮こまって時間が過ぎるのを待ち続ける。
「しかし、長老。人間がすべて悪いというのはいかがなものかと思いますが? それに我々は外貨獲得のために人間相手に商売をしています。でしたら、人間のアドバイザー……いえ、友人がいても悪くはないと思うのですが、いかがでしょうか?」
「人間の友人か。面白いことをいう……まぁしかし、そこまでいうのなら考えよう。一年間、シルクが監視に付き、問題ないことを証明することが条件じゃが」
いいながら、長老はシルクをにらむ。
「はっ。仰せの通りに」
シルクが頭を下げるのを確認した長老は続けて、アリエッタの方へと視線を向ける。
「人間……名は?」
「アリエッタです」
「そうか……では、アリエッタ。そなたもよいな?」
「はっはい!」
まさか声をかけられるとは思っていなかったアリエッタは相手が放つ威圧が由来の緊張感から声が上ずってしまう。
しかし、長老はそれで満足したのか一気に表情を緩めた。すると、それと呼応するように張り詰めるような雰囲気だった空気も一気に穏やかなものへと変わった。
「人間アリエッタ。エルフの祭りへようこそ。今宵はゆっくりと楽しんでいくと良い。シルク、監視を兼ねて案内を」
「はい。承知しました」
シルクは再び長老へ向けて頭を下げると、ゆったりとした動作で立ち上がる。
「アリエッタ。行きましょう」
そのままアリエッタに声をかけると、シルクは出口の方へ向けて歩き出し、それを見たアリエッタも慌てて立ち上がって、その背中を追いかけ始める。
「……シルク。さっきの話って……」
「まぁやむを得ないでしょうね。でも、全然問題ないわ。あなたとの旅はとっても楽しそうだし」
「えっあぁうん……それはありがとう」
シルクが不快だと思っていないことに安心しつつ、アリエッタは手に持っている荷物とその届け先について思案して、心の中でため息をつく。
今回の荷物運びの仕事、こうして寄り道をできるほどの時間的余裕はあるものの、本来なら今すぐにでも手放したいという衝動に駆られるような代物だ。
そんなものを持ちながら二人……しかも、亜人であるシルクと一緒などどう考えてもまずい状況だ。
「アリエッタ。先ほどはすいません。私から誘ったのにこのような事態になってしまって……」
「えっあぁいやいや、大丈夫だよ。それよりも、祭りの案内を頼んでもいい?」
先ほどまで堂々としていたシルクが見るからに落ち込んでいるのを見て、アリエッタは話題を急いで転換する。
「うん。そうだな! それじゃ行こうか!」
しかし、アリエッタが思っていたところとシルクの思っていたところというのは残念ながら少なくないずれがあったようで、アリエッタの許しが出た瞬間、シルクはいつも通りの態度に戻った。傍から見れば、これを狙ってわざと落ち込んだふりをしていたのではないかとすら思えるほどの変貌ぶりだ。
そんな彼女を見て、アリエッタは思わずため息をつく。
「……なんだ。元気じゃない」
シルクに届かない程度の声量でつぶやいたのち、アリエッタはシルクの方へと歩みを進める。
「よし! せっかくだから、まずは屋台から行くか。私がごちそうしてやる」
「それはどうも……せっかくだから、たくさん食べようかしら。ここ最近、まともなものを食べてないし」
「……まともなって……雑草でも食べていたのか?」
「……今のところはそこまでじゃないわよ」
シルクの中での自分のイメージに対して、致命的な欠陥があるように感じるが、それに関しては訂正しないでおこう。
実際、ある程度資金は出してもらっているとはいえ、万年金欠であることは間違いないし、仮に資金提供元からの資金が尽きれば、雑草を食べるなんてこともあり得るかもしれない。
そうなったときに、うそをついたと言われないようにあえて強く否定しないでおく。いや、そんな想定をしている時点で負けているのかもしれないが……
「さて、それじゃさっそくエルフの料理の紹介だ。まずは森で取れたイノシシの丸焼きだ。自分の好きなだけとって、その量に応じて料金を払うことになっている」
「あぁうん……そうなんだ……」
予想以上に豪快だ。
確かエルフは狩りをすると聞いたことがあるが、それにしてもイノシシを丸焼きで出してくるとは……前に見た獣人族の料理が丁寧に盛り付けられた雑草サラダであったあたり、必ずしも種族に対するイメージとその食生活というのは一致するものではないらしい。
「えっと……じゃあまずは少しいただこうかしら」
正直な話、イノシシは食べたことはない。
なので、アリエッタは一番小さな皿を手に取り、そこにやや控えめな量で肉を盛る。
「とりあえず、これで」
「そんなもんでいいのか?」
「あぁいや、ほら、ほかに料理があるだろうから最初から多くとっちゃってもな……って思って……」
さすがにイノシシの丸焼きにひいたとは言えない。
適当にお茶を濁しつつ、シルクが会計するのを見ながら周りの屋台を見てみる。
「よし。次に行くぞ」
そんな中、シルクに声をかけられたアリエッタはそのままシルクのいる方向へと歩みを進める。
そのあと、エルフのイメージと若干合わない様な豪快な料理が次から次へと現れたのだが、それはまた別の話。